黒咲深白の異能

桜居春香

聞こえる

 ホームビデオというものが嫌いだった。正確には、映像の中で私が喋っている、その声を聞くのが嫌いだった。

「今、そいつ殺せるよ」

 いつからそうなのかは思い出せないが、少なくとも思い出せないくらい昔から、私にだけ聞こえる声。文字通り「今この瞬間に自分が殺せる人間」を頼んでもいないのに教えてくるその声は、まさしく、録画された映像で聞く私の声とそっくりだった。

 ただの幻聴ならともかく、内容が内容なので誰にも相談できなかった。無論、この声に従ったことは一度もない。鬱陶しいことには違いないが、慣れてしまえば無視を決め込むだけで済む。結局のところ自分から解決に動くわけでもなく、この「異能」と呼ぶにも中途半端な声と付き合いながら、遂に私はこの春、16歳の誕生日を迎えたのだった。


「今、そいつ殺せるよ」

 当然ながら、自分が殺されると常に思いながら生きている人間など居ない。つまりこの声が教えてくる「殺せる人間」とは、自分の近くに居るほぼ全ての人物のことだった。

 学校に行けば同級生が、道を歩けば通行人が、家に帰れば家族が、この声によって「殺せる人間」に数えられる。それもそうだ、刃物の一つでもあれば、不意を突いて殺すだけなら誰が相手でも、それこそ誰にでも出来る。多くの人がそうしないのは、その後のことを考えるからだろう。私もそうだ、「出来ること」は「許されること」とイコールじゃない。だから私は、この声が私の声で喋ることが不愉快だった。

 幸い、この声は一度私に「殺せる人間」を伝えると、しばらくは静かになる。もし四六時中こいつが騒ぎ続けるようなら、私は誰を殺すよりも先に、自分自身を殺していただろう。その点では、まだ無視出来る程度のもので良かったと考えるべきか。

 ただやはり、人との関わりが増えるほど声が聞こえる頻度も増える。だから私は、極力他人との関わりを減らし、1人で居ることを望んでいた。無愛想に接して、周囲から「つまらない奴」だと思われれば、同級生から積極的に関わられることは少なくなる。友達と呼べる相手は居ないが、それも仕方のないことだと割り切っていた。

「黒咲さん」

 だから私は、そのとき自分がどう反応すべきか分からなかったのだ。同級生から「相談」を持ちかけられることなど、今までに一度も経験のない出来事だったから。

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