第四者・月火団(げっかだん)

壁に激突すると思い、目を瞑るが何も衝撃がないので恐る恐る目を開ける。するとそこは銀行のオフィスではなく和風の御屋敷があった。屋敷を囲むように雑木林が佇んでいる。


「 あ、あれ?ビルは?」


「着いたぞ、降りろ」


周りをキョロキョロと見渡しているとアイラは弥稜の方の扉を開け弥稜を蹴っ飛ばした。


「ぐえー」


蹴っ飛ばされて地面に顔からダイブする弥稜。


「さ、行くわよ」


二人に連れられ御屋敷の中を歩く、門には鎧を着た人がいたが顔が無かった…。


二人がスタスタと進んでいくので置いてかれないように小走りでついて行く。


所々受付のようなところや自動販売機が並べられたオフィス

、キャリアケースを持った人、本を宙に浮かせ運ぶ人、書類を抱えた人が慌てた様子でアンティークのようなエレベーターに乗り降りしている。


先程から顔の無い人や明らかに人間では無い奴とすれ違うが二人は何食わぬ表情で歩く。

しばらく進んでいくと高価な扉にぶつかる。


「ここだ」


扉の前に立ち、ノックするアイラ。その扉の上には総帥室と書かれていた。


「帰ったぞ!途中フェントの連中に邪魔されたが巻いてきた!」


声を張り上げながら部屋に入るアイラにつられ入室する。室内は華美な装飾はなくレッドカーペットに木造の壁。中央にはテーブルとソファーがある。その奥でエグゼクティブテーブルに付く水色髪長髪、貴公子のような格好をした男性と横には、和服を着て白髪を簪で止めた美しい女性。そして涙目の師匠がいた。


「師匠!」


弥稜の呼び声に気がつくとエリナは半泣きの状態で抱きついてきた。


「ごめんなさい、あなたを危険な目に合せてしまって師匠失格ね」


泣きながら話すエリナを優しく抱きしめながら問いを投げかける弥稜。


「師匠…でもなんでここに?」


「そこからは私が話をしよう!」


二人の会話を遮るように発せられた声の方に目を向けると総帥と書かれたテーブルの椅子に座っている男性が立ち上がり二人の前に出るとテーブルに腰をかける。


「まずは自己紹介といこうじゃないか、私は『月火団(げっかだん)総帥』の『氷室零士(ひむろえいじ)』だ!そして、こちらは『司令塔参謀長』の『柏陽莉世(はくようりせ)』だ」


紹介された和服の女性は笑みを浮かべると軽い会釈をする。


「自己紹介はこれくらいにしてと、それで君は何が知りたい?弥稜君」


若干前のめりになりながら話す氷室に引き気味で問いを投げる弥稜。


「それじゃ…なんで師匠がいるんですか?」


「エリナくんは一時的ではあるが月火団に入っているからだ」


「そのさっきから言ってる月火団とかフェントってなんですか?」


皆、彼の発言に一瞬驚く。しばらく重たい空気が流れる。弥稜の言葉にエリナが汗を流していると氷室が口を開く。


「月火団とは魔術士で結成された組織のことだ、フェントに対抗するためのね。私はそこの責任者をしている。フェントとはフェルディナント連合評議会のことだ。簡単に言えば、日本以外の魔術士で構成された組織の事だ」


「魔術士ってなんですか?」


「はぁ〜エリナくん、まさかとは思うが弥稜君に魔術を教えたことは?」


首を傾げる弥稜の表情を見て氷室はエリナに問いただす。


「…ありません、ずっとCQCを教えてました」


エリナの言葉に頭を抱えため息を着く氷室。


「いくら、存在を消すためとはいって何も教えないとは…弥稜君済まない、訳がわからなかっただろう」


「い、いえ」


「十六年前、師範代にも告げずに突如消えたと思ったら突然現れて弥稜君を学校に行かせたいだの戸籍よこせだの家よこせだの、私たちがどれだけ振り回されたと思っている。昔からの容量の悪さは治っていないようだね」


「すんません…」


氷室の説教を受け小さくなるエリナ。氷室はすぐさま話を切りかける。


「まぁそれは後にして、弥稜くん。君は最近妙な夢を見るそうだね」


「あ、はい師匠に相談したらアニメの見すぎだと言われました」


ジト目で見つめてくる氷室にエリナは冷や汗をかきながら明後日の方向を見る。


「結論から言おう、その夢は夢ではない君の中で起こっていることなんだ」


「夢じゃない?どゆことですか?」


「うーん、実際に見た方が早いだろう、入って来てください」


氷室の合図と同時に扉が開き、俺とは少し違うが後ろ髪が白髪、前が黒髪の拘束されている囚人服の青年と彼を抱えて、鹿を思わせる枝状に別れた角が頭上から二本生え、銀髪長髪で白い和服に黒い外衣を身にまとい胸元を大きく開け鳩尾まで見える大きな女性が入ってきた。

体長は2メートルはあるだろうか。

角の生えた女性は青年を地面に投げつけるように置くとエリナを鋭い形相で睨みつける。


「エリナァ…」


「師匠…お久しbr」


ドゴオオオオオンッ!


次の瞬間、答えようとしたエリナがその女性に顔面を殴られ目にも留まらぬ速さで壁にめり込んだ。激しい轟音がし、壁に亀裂が入る。白目を向き血反吐を吐くエリナ。


「…かハッ!」


「師匠おおおお!!!」


突然殴られ壁をめり込みあられもない姿で気絶しているエリナを見て大声をあげる弥稜。


「師を置いて何処(いずこ)へ消えたかと思ったらひょっこり現れおって儂がどれだけ心配したからわかっちょるんか!」


その女性はめちゃくちゃ訛ってて色んな方言が混ざっている。


「師範代、とりあえず落ち着いてください。ここは今は私の部屋なんですから」


「すまんのぅ小坊主、ちとカッとなってしまったわい」


「ですから、昔の呼び名はやめてください今は総帥ですから」


「お主もまだ半人前よ小坊主」


二人の仲裁に入ろうとするも全く話の聞かない女性に苦笑いをする氷室。


「師匠になんてことするんですか!」


弥稜は女性の前に立つと怒りをぶちまける。その瞬間、弥稜以外の人間が彼の行動に青ざめた様な気がした。


「ん?お前さんはもしや弥稜か?」


どうやら彼女も弥稜のことを知っているようだ。


「なんでみんな俺の名を知ってるんだよ、プライバシー保護どうなんってんの…」


青年が弥稜と分かると角の生えた女性は突然抱きついた。


「そうかそうか!大きくなったな弥稜!あん時はまだ赤子だったのにのぅ儂にもとうとう孫弟子か!」


柔らかい、2つのクッションが弥稜の顔を包み込む。


「ちょ!さっきから誰なんですか!あなたは」


「む、儂を知らんのか!エリナァこやつに何を教えていた!」


「だから…格闘術を教えまst」


バゴオオオォーン!


またもやぶっ飛ばされて今度は壁を貫通する。土煙でエリナの姿が見えなくなるが壁の向こうでは女性たちの悲鳴が聞こえる。


「お主がいながらなんというていたらく!もう一度鍛え直す必要がありそうやなエリナよ」


肩をポキポキと音を鳴らしながら近ずいて行く角の生えた女性。


「このォ怪力メス蜥蜴(とかげ)が…」


よろよろと足を引きずりながら煙から出てくるエリナ。


「あ"?」


エリナの反抗的な態度に角の生えた女性の額に血管が浮かび上がる。


「やめてください!師匠が死んでしまいます!」


角の生えた女性の前に両手を広げ立ち塞がる弥稜。


「むむ!孫弟子(まごでし)を使うとは卑怯な!エリナ覚えちょれ!後でたっぷりしごいちゃる」


「だいたい、孫弟子って言っても俺は貴方の弟子になった覚えはありません!というか誰なんですか!」


角の生えた女性の聞きぼえのない言葉を弥稜はきっぱりと否定する。


「弥稜、お主知らんのか?」


「な、何がですか?」


「エリナはかつて儂の弟子じゃったんだぞ?そこの小坊主とアイラ、ミラもな。だからお主も儂の弟子じゃ」


「…ぇぇええええ!?師匠が弟子…?師匠の師匠?」


突然のカミングアウトに慌てふためき目を白黒する弥稜。


「あと、儂の名は妃龍(ひりゅう)じゃおぼえちょけ」


「コホン、師範代、後で壁弁償してくださいね。話戻すけど妙圓薗聖人(みょうえんぞのまさひと)、少しでも変な動きをしたらどうなるかわかるな?」


妃龍に釘を指し床に転がっている青年に声をかける氷室。


「くひひひひ、僕をこんな目にしといてよく言うよ、零士ぃ。魔法が使えれば今すぐにでもお前を殺してやるのによぉぉ」


力の無い声で不吉な笑みを浮かべながら話す青年。


「それは結構。では、弥稜君、こちらへ」


氷室は立ち上がると、青年の横に立ち彼の体を凍らせる。


「怯えることはない、こいつは今動けないから」


恐る恐る妙圓薗と言われる青年に近ずく弥稜。


「妙圓薗、お前の言った通り、その咒封を一時的に解放することは可能なんだな?」


「くひひひひ、だからそう言ってんじゃないか、但しあくまでネジを緩めるようなものだから戻す時も閉めるための魔力が必要だよ?」


氷室が確認をするが笑っている青年の瞳には光がない。


「問題ない、私で十分だ、弥稜君こいつに触れてくれ。大丈夫だ何かあったら私が絞める」


弥稜が彼の肩にそっと触れると地面に幾何学模様が浮かび上がる。


「異界魔法、代理詠唱『解放、オーディン』!」


呪文のようなものを発する妙圓薗。すると弥稜の心臓のあたりが光ったと思ったら紅い火と変わり、目の前に飛び出した。火はやがて炎へと変わり人の形になった。


「余を十六年間もこのガキに封印しよって覚悟はできておるんだろうな、エリナ、妙圓薗ぉ!」


そこには紅いオフショルダードレスのような服装をした銀髪の女性がいた。胸元には黒印のようなものがあり。豊かな双丘がその神々しさを自己主張している。


「なんだこいつは…」


体の質量を失う感覚に襲われ倒れ込む弥稜を氷室が支えこむ。


「見なさい、弥稜君、彼女がその悪夢の原因さ」


するとその女性はこちらに近ずいて来ると思われたが方向を転換し片手で妙圓薗の首根っこをつかみ持ち上げる。


「くひひ、なんだい?まさか神とあろうものがただの人間に切れるのかい?」


「黙れ、劣等種。今ここで汝を滅す事も容易い」


女性はかなり頭に来ているのか空いているもう片方の手で妙圓薗の顔に殴りかかろうとした。その刹那。


「そこまでだオーディン!」


氷室の足元から氷の棘のようなものが無数に飛び出して二人の間に氷の壁を作る。


「時間がない、率直に言う弥稜君に手を貸すつもりはないのか?」


「ふん!あるわけなかろう!誰に物申している?余に話を聞いて欲しければこうべを垂れ跪くがよい」


オーディンの一声で部屋の空気が震える。だが弥稜は彼女の声をどこかで聞いたことがある様な気がする。


「彼は命を狙われている、彼と君が引き裂かれることになったら、君たちは制約によって死ぬんだぞ、そのことも承知での発言か!」


「え?」


氷室が今、とんでもない重要な発言をした気がしたのを弥稜は聞き逃さなかった。


「黙れ!猿公風情が!誰の許しを得て余に話しかけるか、こんなガキに余が制約されたなど一族の恥じゃ!」


オーディンと呼ばれている女性も一歩も引かないようだ。


「交渉決裂か、妙圓薗戻せ」


「強制咒封、『共命(ぐめい)』、オーディン」


氷室が妙圓薗に命令すると先程とは別の呪文を詠唱する。するとオーディンの体が炎となり再び俺の体に入っていく。

その間、オーディンが俺の事をずっと睨みつけながら吸い込まれていった気がした。しばらくして体の質量が戻った感じがする。


「しかし、こまったなぁ彼女が素直にきいてくれれば解決だったのだが」


「氷室さん、今のは…」


椅子に座り頭を抱え悶絶している氷室に弥稜が聞く。


「オーディンじゃ」


「いや、オーディンってなんですか?」


横にいる妃龍が口を挟むが弥稜はその言葉を全く知らずそのまま返してしまう。


「…エリナァ?」


弥稜の状況を理解し笑みを浮かべながら拳に力を入れ、エリナに迫る妃龍。


「師匠!違うんです!話を聞いてください!」


「師範代、落ち着いてください。弥稜君は何も知らない一般人だと思ってゼロから話ましょう」


焦りながら後ずさりするエリナに助け舟を出す氷室。


「…」


妃龍は拳を降ろすと無言でソファーにふんぞりかえる。


「それで弥稜君、君は神を信じてるかい?」


「え?いや、信じるも何も…神なんて宗教上の架空の存在ですよね?」


「はあぁ率直に言おう、神は実在する!さっき見た彼女も神の一人だ、突然君の体から出ただろう?つまり、君の中に今、神がいるということだ」


「ちょっちょっと待ってください、そんな急に言われても何が何だか…」


「かとぅ頭よのぅ、いいから現実を受け止めい」


「えぇ…世界観も何も分からないのに…」


「それもそうだろう。では少し話をしよう、君は『原始聖戦(ゼルヴァン)』またの名を神々の黄昏を知っているかい?」


知らない単語を言われ首を横に振る弥稜。


「古から各神話の神々が己の威と武を化現するために人間と誓約し、代行で戦わせる聖戦のことだ。だが今となっては一国の兵器となってしまったがね。また、神や神獣と誓約した人間を我々は人神(ジンカン)と呼び。誓約した神を誓神(せつがみ)と呼ぶ」


「うーん、何となくわかりましたけど…まだ世界観が分からないというか…」


「無理もないわ、何も知らなかったのに神の存在を言われても」


「けっ!エリナ本当はいつ頃教えるつもりだったんだ?」


弥稜に同情するミラとエリナに問うアイラ。


「オーディンが邪魔しなければ一生…」


「それは無理やねぇエリナはん」


エリナの言葉が徐々に小さくなっていくと突然口を開き弥稜に近ずいてくる柏陽莉世。


「仮にもこの子は魔術士の子供、一般人が人神になるのとは違う、それにしてもお前はんは、ほんまにあいつに似とるなぁ。若い頃の写鏡みたいやぁ」


懐かしそうに弥稜の頬に両手でそっと触れる莉世。その顔の美しさに思わず見とれてしまう。


「そこまでにしてください、莉世先輩」


二人の間に割り込り莉世を引き剥がすエリナ。


「参謀長。戻りなさい、そして弥稜君、君はさっきの殺し屋たち以外からも命を狙われている。もちろんエリナ君も同じだ」


「なんでですか!何もしてないのに、なんで…」


机に腰をかける氷室に声を上げ抗議する弥稜。


「それは君の中にいるオーディンのせいなんだよ」


「さっきの神のせいですか?」


「うむ、元々オーディンはオーグレーン家の誓神だったんだよ」


「オーグレーンって」


ようやく聞き覚えのある単語が出てきた。


「うん、つまりエリナ君の家系だ、君の前はエリナ君がオーディンのジンカンだったんだよ」


「じゃあどうして今は俺の中に?」


「うーん、まぁその話は君の師匠から聞きなさい、エリナくんいいね?」


黙って頷くエリナに弥稜は疑問の念を抱く。


「では、入ってきなさい」


すると扉から彩野高校の制服を着て日本刀を腰に付けた見覚えのある紅がかった黒髪の女子生徒が入ってきた。

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