第1話(後編):騎士は禁止令を出される
どうやらこの世界には、物欲センサーがあるらしい。
欲しいと思ったときは手に入らず、今は欲しくないと思ったときに限って望みの物が近づいてくる。
そして俺にとって一番欲しいものは、もちろんギーザである。
「アシュレイ、ここ最近なんか変……」
そんな言葉をギーザが口にしたのは、未だかつて無い至近距離でのことだった。
何せ今俺は押し倒されている。それも彼女の香りがするベッドの上でだ。
にもかかわらず手も足も出せないなんて、地獄である。
「へ、変って……!?」
「その反応が変。私が近づいたら大喜びしそうなのに、なんか嫌そうだし」
そう言って俺の胸の上に顎をのせるギーザはあまりに可愛い。
そしてもちろん俺は喜びたかった。
数日前にギリアムに釘を刺されていなかったら、俺の方が彼女を押し倒していたかもしれない。
「少し前までは、私が若干引くくらい求愛行動が激しかったのに」
「ひ、引いてたのか……?」
「だって朝起きるとキスで起こしてくるし、朝食もわざわざ作って運んでくるし、歩くときはすぐ手を繋ぐし、お風呂入った後は髪を乾かそうとするし、私が寝るまでずっと隣で寝顔見てるし……」
「こ、恋人なら普通では?」
「自分の顔面偏差値考えてよ! そんな顔で甘いこと言ったりされたりすると、破壊力高すぎるんだから自重して!」
だからデートも一度断っちゃったんだからと、拗ねる顔が可愛くて心臓が止まりかける。
「かと思ったら、プロポーズ失敗して以来妙に距離あるし」
「そ、それは風邪をうつさないようにと思って……」
「でももう治ったんでしょ? なのにここ数日、いきなり部屋にも来なくなってちょっと寂しかった」
「あああ、ごめん……! 寂しくさせて本当にごめん……!」
たしかに、いきなり態度を変えたら誰だって不安になるだろう。
至らなかった自分にうんざりしつつ、拗ねるギーザの頭をそっと撫でる。
「最初のはやり過ぎだけど、ほどほどに側にいたいって思うのは我が儘?」
「いや、全然我が儘じゃない! 距離を取ってたのも、俺のこらえ性がないのが原因というか、自制できるか不安だったというか……」
「自制?」
首をかしげるギーザに、俺はギリアムから釘を刺された事を話す。
「さすがにお父様とアシュレイのデートは見たくないなぁと思って覗きに行かなかったけど、そんな事になってたのね」
「キスも駄目だと言われたら、もうどうして良いかわからなくなった」
「アシュレイ、キス魔だもんね」
「……申し訳ない」
「いや、まあキスは嫌じゃないから良いけど」
「とか言われると、またキスしそうになるだろ」
でも出来ないしと身もだえていると、不意にギーザがぐっと身を乗り出してくる。
そのままそっと唇を奪われ、俺は間の抜けた顔で固まる。
それを「受け顔ねぇ」と笑うギーザに、俺は正直パニックである。
「き、キス……キスは駄目だって……」
「黙ってればわかんないわよ」
「けど、結婚するまでは清くいろってギリアムが……」
「守ってる人いないわよそんなの。っていうか、若い女の子たちやりまくりだし」
「や、やりまく……り?」
「アシュレイは私しか見てないから気づいてないと思うけど、護衛の騎士たちが来てから女学院の風紀が乱れまくってるの。みんなイチャイチャしてるし、海外のティーンエイジャー並みに色んなところで色々やってるし」
「ぜ、全然気づいてなかった……」
確かにギーザしか見ておらず、他の生徒たちのことは眼中になかった俺である。
「元々、貞操観念薄い国だもの。避妊具も発達してるから、若い子はやりたい放題ね」
「お、乙女ゲームは全年齢向けだったのに……」
「そういうシーンはカットしてたってだけよ。なんだったら、カインとセシリアだって……」
「ま、待ってくれ……! その報告は、聞きたくない!」
家族のあれこれを聞いているような気持ちで複雑だというと、ギーザが笑った。
「たぶん、お父様も同じ気持ちなんじゃないかしら。それに立場上やれとは言えないし、節度を保てって意味だと思うわ」
「じゃあキスくらいは……しても良いんだろうか」
「キスだけ?」
首をかしげながら尋ねられ、俺は危うく暴走しかけるところだった。
「……そ、それ以上も……したくないと言えば嘘になるが……」
「じゃあ私にちゃんと欲情できるのね」
「できるに決まってるだろう!」
「グイグイ来そうな顔してキス以上のことはしないから、ちょっと心配だったの」
「一応、そういうことは結婚してからだと考えていたんだ。まさか二年もかかるとは思ってなかったから……」
俺の言葉に、ギーザはほっとした顔になる。
それから彼女は、そこで今更のように恥じらいだす。
「あ、でもね……、今すぐとかは……駄目だからね」
「も、もちろん君が望んでくれたときでいい」
「の、望みは……あるんだけど……あの……」
そこでギーザが顔を背けながら、俺のシャツをぎゅっと握りしめる。
「前世でも処女のまま死んじゃったし、経験も無いから色々と不安なの。アシュレイなら優しくしてくれそうって、わかってるんだけど……」
殺し文句としか思えない言葉を重ね、恥じらう顔があまりに可愛い。
もはやギーザは俺専用の破壊兵器である。危うく、魂が飛びかけるところだった。
「不安なら焦らなくていい。あと安心してくれ、俺も今は童貞だから経験不足なのは一緒だ」
途端に、ギーザが愛らしい目を見開く。
「ど、童貞って嘘でしょ?!」
「ギーザ一筋だったんだから、当たり前だろう」
「でも記憶が戻る前は? 彼女くらいいたでしょう?」
「仕事一筋だったし、それになんかこう、女性を見ても反応しなかったんだよな」
「それって男に……」
「違うからな!!」
気持ち強めに否定はしたが、昔は病気を疑うほど女に興味が無かったため、疑惑を持たれていた時期はある。
今思えば、俺は本能的にギーザだけを求めていたのだろう。
だからきっと、彼女と出会うまで心も身体も全く反応しなかったに違いない。
「でも安心してくれ。多分ちゃんと出来る……と思う」
「ど、童貞とは思えぬ台詞ね」
「運良く、体つきは前世と良く似ているからな。ただまあ初めてだし失敗したらすまん」
そう言って笑うと、ギーザが小さく吹き出した。
「失敗とかあり得なさそうなのに」
「いや、実際俺は緊張しすぎるとしくじるからな」
「指輪も落としたしね」
「き、傷口を抉らないでくれ」
「楽しかったし、気にしなくて良いのに」
「気にするだろう! でもちゃんと金策して、また指輪は買うから!」
そう言って拳を握ると、ギーザが「あっ」と声を上げる。
「そう言えばね、金策用のダンジョンに通じる仕掛け扉を見つけたの」
「もしや、学園の地下にある?」
「そうそれ!! あそこって敵も出ないパズルステージだったし、きっと安全だから一緒に行きましょうよ」
「いやしかし、プロポーズの指輪を買うための金策なら俺が……」
「でもアシュレイ、パズルギミック不得意だったじゃない」
確かに前世でゲームを遊んだとき、パズルや謎解きパートは全部、ギーザに頼っていた。
「むしろ今から行く? 時間もあるし、サクッと金策しましょうよ」
「いいのか?」
「うん。あとね……」
そこでギーザが俺の手を取る。
「金策が上手くいったら、ちょっとだけでいいから分け前を貰える?」
「もちろんだが、もし欲しいものあるなら俺が……」
「欲しいのは私のじゃなくて、アシュレイにつけてほしいものなの。だから、私が自分で買いに行きたくて」
そう言うと彼女は俺の手を持ち上げ、左手の薬指をつつく。
「私ね、ずっと前からおそろいのアクセつけるのに憧れてて」
「つまり、ペアリング……的な?」
「リングが嫌ならブレスレットとかでも良いんだけど、おそろいが欲しいの。前世の時に揃ってつけられたのは点滴くらいだったから」
だめかな? とねだるギーザに、俺の理性が飛びかける。
こんな可愛いことを言い出すなんて、やはり彼女は天使か。天使に違いない。絶対に天使だ。
「良いに決まってるだろう。俺も欲しい」
途端に嬉しそうな顔をするギーザが可愛すぎて、俺は彼女の唇を奪う。
「キス、禁止じゃなかった?」
「ギリアムには内緒で頼む」
言うなりもう一度口づけると、ギーザからもささやかなキスを返してくれる。
「内緒にすること、いっぱいできちゃいそうね」
「なんだか、君を不良にしてしまったようで若干申し訳ない気持ちになるな」
「不良どころか私たち悪役だし」
「そうだった」
「それに親に隠れてキスするとか、ちょっと憧れてたから嬉しい」
なんだか青春っぽいと笑うギーザを、俺はぎゅっと抱きしめる。
「青春の相手が、俺みたいなおっさんでごめんな」
「あなただから良いのよ」
「……あんまり嬉しいことを言われると、またキスしたくなる」
「その前に、金策しなきゃでしょ?」
「じゃあ財宝が一個手に入ったら、一回キスすることにしよう」
俺の提案に「なにそれ」とギーザは笑った。
どうやら冗談だと思ったようだが、もちろん俺は本気である。
その後、運良くダンジョンでは物欲センサーは発動しなかった。
おかげで俺たちは数え切れないほどキスを重ねることになり、そのせいでギーザに「もう無理っ!」と可愛く拗ねられ、俺の理性が更に飛びかけたのは言うまでもない。
悪役令嬢と二度目の恋を! 28号(八巻にのは) @28gogo
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