第6話:騎士は女学院で朝を迎える
女学院の朝は、遅い――。
蝶よ花よと育てられたお金もちの令嬢たちは軒並み朝が弱く、授業が始まるのは午前10時から。食堂は6時から開いているが、朝を抜く者も多く、朝食を取る者たちも大体9時頃にならないとやってこない。
その後10時から12時までが午前授業。長いお昼休みとシエスタをはさみ、午後の授業は14時から16時まで。ここの授業は1回1時間なので、実質一日4時間授業という恐ろしい緩さである。
ちなみに授業後は部活動があるが、大抵の部は本来の活動をせず、おしゃべりとお茶の時間に費やされるらしい。
「ほんと、夢のようなカリキュラムだな……」
元日本人の血か、朝の7時にうっかり起きてしまった俺は、食堂で朝食を取りながら思わずこぼす。
その横では、同じく早起きのギーザが頷きながらパンをかじっていた。
「ゲームでもほとんど勉強のシーンなかったし、イケメンとイチャイチャしすぎじゃないと思ったけど、これだけ緩くてやることがないと男にべったりになるのも分かるわよね」
「そういえば、宿題とか課題はあるのか?」
「あるけど、提出してる子はほとんどいないわ。先生たち、まったく怒らないし」
確かにここの教師は皆穏やかで優しい人ばかりだ。生徒指導の怖い先生的な存在もいない。
そのせいで、生徒たちは割と夜まで構内をウロウロしているし、どこかの寮室で深夜のパーティーが行われている時もあるとギーザは話していた。
お嬢様ばかりなので、アメリカのティーンのようにお酒を飲み過ぎて羽目を外しすぎると言うことはないが、それでも深夜過ぎまで少女たちがキャッキャしている声がすると、おじさんは少し心配になる。
「男も増えたし、性の乱れが心配だな」
「おっさん臭い感想ね」
「だって、年頃の男女が秘密の花園できゃっきゃうふふだぞ」
「安心して、ゲームはR指定なしだったわ」
「いやでも、年頃の男女がこんな狭い空間に集められたら何か起こるだろ」
「そういえば、ゲームでは殺人事件がよく起きてたわね」
ギーザの言葉に、俺はゲームの内容を思い出して不安になる。
「いやでも、その原因は全部お父様だったし大丈夫かしら」
「あいつはもう、悪魔との関わりはないしな」
「そのぶん、あなたにフラグが立ちまくりだけど……」
「安心しろ、俺は誰も殺さないしレインも無害だ」
「そうね、二人とも総受けだしね」
事件と総受けの関連性はよく分からないが、ギーザに無害だと思われていることに少しほっとする。
今の俺は悪魔に近い存在だし、その点を怖がられたらどうしようかという不安は常にあった。けれど今のところ、ギーザの目に恐れはない。というか色々な意味で眼中にない。
「でも逆に、事件が起きなくて大丈夫なのかしら。私はともかくヒロインである妹の恋が実るには、フラグがいるでしょう?」
「そう言えば、俺はまだ君の妹に会ったことがないな」
「そっか、ゲームではあなたが彼女の護衛だけれど、そうじゃないから……」
「出会いのイベントが起きてないな」
別にあえて起こそうとは思わないし、そもそもアシュレイとヒロインは昔なじみという設定なのでイベント自体もさほどドラマチックではない。
『久しぶり! 君の護衛は俺だよ、よろしく!』的な何の盛り上がりもないイベント1個で終わりである。まあ寝ていたせいで昔なじみ設定がない為、もしかしたらゲーム内とは別のタイプのイベントになるかもしれないが。
「イベント、起こした方が良いのかな……」
そのとき、ギーザがどこか浮かない顔でぽつりとこぼす。
「もしかしたら、セシリアはあなたを好きになるかもしれないし」
「でも俺は好きにならない」
「でもほら、ヒロインマジックってあるでしょう? カインだって、あの子にぞっこんだし」
「なら、なおさらないよ。カインは若いしハンサムだし声が石田さんだぞ」
「でもあなたは大人だし格好いいし、私が絡まなければ真面目で優しくていい人だし」
不意打ちで褒められ、俺はおもわずもじもじしてしまう。
だが嬉しい言葉はそこまでだった。ギーザははっと我にかえると「今のは一般論だから」とつれない一言を付け加える。
「やっぱり、会っておいた方がいいわ。私、あの子には幸せになって欲しいし」
「悪役令嬢らしからぬ言葉だな」
「だってセシリアは本当に可愛いの! とにかく可愛いの! 可愛くてしんどいレベルなの!」
親馬鹿ならぬ姉馬鹿を炸裂させるギーザがむしろ可愛くて、俺は思わず微笑んでしまう。
「セシリアの恋を成就させるためなら、私は悪役令嬢にだってなれるわ」
「いや、それはやめてくれ。せっかく破滅フラグを折ったんだから、君には普通に幸せになって欲しい」
「でも立つべきフラグが立たないせいで、セシリアの恋が停滞したらこまるわ」
「そのときは平和的なイベントを起こそう。世の中の恋人たちは、悪役令嬢にいじめられたり殺人事件が起きなくても普通に恋をして結婚するだろう」
「確かに、それもそうね」
「だから普通の、恋愛イベントを起こせば何とかなるさ。そもそも、イベントが必要かどうかも分からないだろう」
今の時点で、既にカインとセシリアは仲良くなっているようだし、ルートに入っているという可能性もある。
「カインがうまくやっていれば、俺たちが悩むこともないだろうしな」
「でも大丈夫かしら、カインって正直セシリアより……」
などと喋っているとき、突然食堂の扉が勢いよく開かれる。
朝早くから珍しいなと思っていると、やってきたのは話題の男カインである。
彼は食堂に入ってくるなり俺たちを見つけて目を輝かせる。その様子を見た俺は、まさかよりにも寄ってギーザに気があるのではと警戒した。
「アシュレイ!!」
だがヤツが口にしたのは、俺の名である。
そのまま側へと駆け寄ってきたカインは、ギーザではなく俺の隣に座った。ちゃっかり隣にいた、黒猫姿のレインをどかして。
「お前はセシリア様の護衛だろ。一人でこんなところにいて良いのか?」
「彼女は寝ているし、今はそんなことはどうでもいい! お前、どうして俺の所に来ないんだ!!」
「いく必要があったか?」
「お前がギーザの護衛なら、セシリアの護衛をする俺とは相棒のような物だろう? だから昨日お前が来るときいて、いつ顔を見せに来てくれるかと待っていたのに!」
確かに、ゲームでもカインとアシュレイはいつも二人で行動していた。だがゲームでは、どちらかと言えばアシュレイの方がカインを構っているような印象だった。
けれど現実は、真逆である。
「久々にお前に会えると思って、俺がどんなに楽しみにしていたか分かっているのか?」
「すまん、そんなに待ち望まれていたとは思わず……」
「お前はいつもそうだ。元々は俺の護衛だったのに、いつしかギーザギーザとそればかりで……」
子供っぽい拗ねた顔をうかべ、カインはギーザを軽く睨む。
そんなカインに、ギーザは悪徳令嬢らしい小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「気持ちは分かるけど、あなたはそろそろアシュレイ離れをした方が良いのではない? 彼が寝ていた十五年の間、婚約者のセシリアに会うと言う口実で、暇さえあれば彼の顔を見にきていたでしょう」
「それは、アシュレイが心配で……」
「なら起きた今はもう安心でしょう? 彼は無駄に元気ですし、心配無用です」
「元気になったのなら、また前のように一緒に過ごしたい」
「今のあなたはセシリアの護衛でしょう。ならばアシュレイではなく、セシリアと共に過ごすべきです」
ギーザの言葉に、カインはぐぬぬと唇を噛む。
「それかせめて、アシュレイに会いに来るときはセシリアもつれていらっしゃい。 その方がフラグも立つわ」
「ふらぐ……?」
「ともかくほら、そろそろセシリアが起きる頃でしょう? さっさと帰りなさい」
扇子まで取り出して、ギーザはアシュレイをしっしと追い払う。
同じ仕草で友人たちの輪からセシリアを追いだすスチルを見ていたので、何だか妙な気分である。
「いつか、お前からアシュレイを奪ってやるからな!」
「やれるものならどうぞ」
ツンとすましたギーザを一睨みしたあと、カインは大きな足音を立てながら食堂を出て行く。
王子らしからぬ振る舞いをたしなめるべきか、淑女らしからぬギーザの振る舞いにツッコむべきか悩むが結局結論は出なかった。
「……これで、少しは理解した?」
そんな時、ギーザが俺をじっとみつめる。
「り、理解って……?」
「カインの恋愛矢印の向かう先よ。どう見ても、セシリアよりあなたに向いてるでしょう?」
「そ、それはすこし腐った見方過ぎないか?」
「でもあの子の好感度が一番高いの、私やセシリアじゃなくて絶対あなたよ」
「それは、否定できないが……」
「ということで、カインをマトモにしてあげて。そしてそのためにも、私には必要以上に構わないで」
「カインのことはどうにかする! だからギーザに構うことを許してくれ!」
「今の反応を見てわからない? 私が側にいると、あの子余計に拗ねて意地になってあなたにべったりになるわよ」
ギーザの言葉に、俺は頭を抱える。
ああくそ、どうしてカインはBL小説から出稼ぎにきたようなキャラになってしまったんだ……。俺のせいか、俺が構ってやらなかったのがいけないのか……。
などとぐったりしている間に、食事を終えたギーザが席を立とうとする。
それを追いかけようとしたが、きつく睨まれてしまった。
「必要以上に側に来ないで。カインがまともにならず、もしセシリアにゲームのような恋愛イベントが起きなかったら、私あなたと絶交するわよ?」
絶交と言われた衝撃で、俺は思わず椅子から転げ落ちた。
悪魔まで呼び出して側にいる口実を手に入れたのに、ここで嫌われるなんて冗談じゃない。
「……い、イベントは死ぬ気で起こす」
「なら結構」
連れない言葉だけを置いて、部屋に戻っていくギーザ。それを追いかけエスコートしたかったけれど、今は泣く泣く諦めることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます