第5話:騎士は悪魔の正体を知る
わかりきっていたことだが、俺を出迎えたギーザの機嫌は、最悪だった。
「護衛の部屋は隣、必要があれば呼ぶけどそれ以外は絶対部屋に入ってこないで」
「わかった!!!!!」
冷たくあしらわれたが、こうして声をかけてもらえるだけで嬉しくて、俺のテンションはどこまでも上がっていく。
「部屋に入るなって言ってるのに、嬉しそうね……」
「隣の部屋にいられるだけで、十分幸せだから」
毎日、ギーザの気配や物音を聞きながら暮らせるのかと思うと、それだけもの凄く幸せなのだ。
それに外に出るときは護衛と一緒にいるのが義務づけられているし、毎日顔だって合わせられる。
「それにしても、制服姿……かわいいなぁ……」
学校と寮での規則をあれこれ説明してくれるギーザを見つめながら、俺はついだらしない顔になる。
ギーザの制服姿はスチルで何度も見ていたけれど、実物の彼女は更に可愛い。中に俺の嫁の魂が入っているのだから当たり前だが、美しく清廉な表情や振る舞いに俺の胸は乙女のように高鳴ってしまう。
「ああかわいい……。なんだこれ、可愛い……。スカートヒラヒラだ……かわいい……」
「アシュレイ、さっきから心の声が漏れてる」
指摘され、俺は慌てて口をつぐむ。
そんな俺に呆れた眼差しを向けながら、ギーザは彼女の寮室へと俺を案内してくれた。
国王の覚えもめでたいリーベルン公爵家のご令嬢だけあり、彼女に与えられた部屋は調度品も豪華で広い。天蓋付きのベッドはどう見てもキングサイズだし、暖炉の側に置かれたソファは大柄な男が横になれるほどの大きさだ。
窓辺に置かれた書き物机もしっかりした作りで、彼女の好きな桔梗の花が飾られている。
「人の部屋、じろじろ見ないでくれる?」
「すまない、ここで君が暮らしているのかと思うと興奮して……!」
「ほんと馬鹿なんだから……」
あきれ果てた声をこぼしてから、ギーザがそこでじっと俺を見上げる。
彼女の視界に入れてもらえたことが嬉しくてにこにこしていると、ギーザがため息を重ねた。
「せっかく婚約を解消したのに、側にいたら意味ないじゃない……」
ため息と共にこぼれた言葉に、浮き足立っていた俺の心はしぼんでいく。
「ご、ごめん、どうせなら他の攻略キャラが護衛の方が嬉しいよな」
「殊勝なこと言ってるけど、どうせこうなるように仕向けたのはアシュレイなんでしょう?」
「それは……」
「否定しても無駄よ。へったくそな魔法陣と頭の悪いメモを見た瞬間、絶対アシュレイだって思ったの」
「た、確かに俺がやった。でもそれは俺がここに来たいからじゃない!」
ギーザの不幸フラグと一緒に恋愛ゲームの開始フラグまで折ってしまったから、それを立て直しに来ただけだと俺は必死に主張した。
「イケメンたちを集めるためにやったことだし、君のハーレムライフは絶対に邪魔しない」
そもそもギリアムに推薦されなければ来るつもりもなかったのだと、俺はギーザに断言する。
「……もちろん、あわよくば君と一緒にいたいと思った事は否定しない。でもそれは君がこの学園で楽しむ姿を見たい気持ちからだし……」
前世で俺は『悪魔と愛の銃弾』のイケメンたちに萌え死ぬ嫁の顔に何度も恋をした。
だから彼女の推しキャラになれなくても、もう一度あの顔が見たかった。
そうしたら悪魔になりかけていることも受け入れられる気がしたから、俺はギリアムの提案に乗ったのだ。
「本当に邪魔はしないから」
「じゃあ、私は攻略キャラの誰かと好きなだけイチャイチャしていいのね?」
「……い、いい」
「声、震えてるけど」
「だいじょうぶ……」
「大丈夫ッって顔じゃないでしょ、涙と鼻水ひどいわよ?」
「い、今目からこぼれてるのは……汗……だから……」
とにかく大丈夫だと笑おうとしたが、決意とは裏腹に上手く笑顔を作れない。
するとそこでギーザが困ったように微笑み、持っていたハンカチで俺の涙を拭ってくれる。
「あなたは、本当に私が大好きなのね」
「ごめん……本当に……」
「こちらこそ、その気持ちに応えられなくてごめんなさい」
断言されて心が痛んだが、それよりも僅かに沈んだギーザの声が気になって、俺はブンブンと首を大きく横に振る。
「いいんだ。前世の時から俺が君の推しに勝てないのは分かってたから」
それでも、隣にいられて幸せだったのだ。そしてそれは今も変わらない。
「君の側にいられれば、俺はそれでいい。むしろ君が幸せになれるように頑張るし、君が望むなら、イケメンとの恋愛フラグだって俺が全部立てる!」
だからここにいさせて欲しいというと、彼女は呆れたような困ったような顔で笑う。
「せっかくなら自分とヒロインのフラグを立てれば良いのに」
「立てないよ。俺がフラグを立てたいヒロインは、いつだって君だけだ」
そう言って笑うと、ギーザは慌てた様子で俺から顔を背ける。
「攻略キャラだからって、無駄に甘い声で甘い台詞言うの禁止」
「別に、君を口説こうと思って言ったわけじゃない」
「だから余計に困るのよ」
そう言うと、ギーザは俺の涙を拭ってくれたハンカチを俺の口に突っ込む。
途端に彼女の香りが鼻腔をくすぐり、クラクラくる。
そのままハンカチを口に突っ込まれて恍惚としていると、「変な性癖に目覚めないで」とギーザにツッコまれた。
「ともかく、私の護衛でいるなら甘い台詞禁止」
「わ、わかった」
「あと、この前のハンカチ騒動みたいのはもう起こさないでよ? ふりとは言え、悪魔がらみのことはしないで」
やけに真剣な顔で言われ、俺は慌てて頷こうとした。
だがそこで、俺はあることを思い出す。
「そうだ、悪魔関連のことでひとつ言っておくことがあるんだけど」
「……もしかして、また身体がおかしくなったの? もしかして、翼が生えたりとかした?」
青ざめるギーザに、俺は慌てて首を横に振る。
「もう既におかしいけど、翼はないし悪化もしてないよ。赤い目も、こっちだけだし」
眼帯をつつきながら言うと、ギーザはほっとする。
「でもあの、実は連れてきたものがあって」
「連れてきたもの?」
「本当は嫌だったんだけど、遠くに置いておくよりお前が連れてる方が安心だってギリアムとマルに言われて仕方なく……」
我ながら煮え切らない説明をしながら、俺は鞄の中から一匹の黒い猫を取り出す。
その猫についてどう説明した物かと悩んでいた瞬間、ギーザの顔をがぱああああっと輝いた。
「レイニャン!!!!!!!!!!!!!!!!」
言うと同時に猫を取り上げ、ギーザが頬ずりする。
猫はてっきり嫌がるかと思ったが、意外なことにまんざらでもない顔で「なー」と鳴いていた。
「あ、あんまり触らない方が良いぞ。そいつは……」
「悪魔なんでしょ? 知ってるわよそれくらい」
なおも頬ずりをやめないギーザに、俺は驚く。
「そいつの正体を知ってるのか?」
「この子、愛と死の銃弾サードシーズンの攻略キャラよ。サードシーズンのラスボスの部下だったんだけど、寝返ってヒロインと恋に落ちるの」
「こ、こいつが!?」
「サードシーズンって正直ストーリーもキャラもイマイチだったんだけど、レインがラスボスに触手でいじめられてる漫画がバズって売り上げが増えたのよね」
サードシーズンについては嫁があまりプレイしていなかったのでよく知らないが、確かにレインによく似た男がヌルヌルの触手に縛られながら喘いでいるイラストは見たことがあるきがする。
「そうか、お前触手プレイのヤツか」
『しょくしゅぷれいって何ですか!?!?』
しみじみと言った直後、黒猫の口から戸惑いの声がこぼれる。
途端にギーザがきゃーと歓声を上げ、黒猫ことレインに頬ずりを再開した。
「そうそう、この声で喘ぐのよ!」
『な、何なんですかこの子は! 私が悪魔であると知りながら恐れないなんて、何だか怖い!!』
「恐れるわけないわよ。あなたアシュレイに続く総受けキャラだし」
『い、言っている意味がわからないし、何だか怖い! この子怖い! 主さま、だっこならあなたがしてください!』
「きゃああああ!! 抱っこ赤ちゃんプレイ! プクシブで見たヤツ!!!」
『ううう、なぜだ……。なぜだか、この子の言葉を聞いていると居たたまれない気持ちになる!!』
情けない顔でにゃーにゃーなきながら、レインはギーザの腕を逃れ俺の肩に飛び乗ってくる。
それを見てニヤニヤしているギーザを見た限り、悪魔を連れてきたことに対しての懸念はないらしい。
「うふふ、おかずが増えた」
そういって笑うギーザの幸せそうな顔を見て、俺は少しだけほっとしていた。
ギーザは男女の恋愛模様より男同士の恋愛が好きなタイプだ。だからこの学園でも、自分の恋よりイケメンたちのやりとりを見てきゃっきゃうふふするに違いない。
となれば、しばらくは恋人が出来る心配はないだろう。
もちろん魅力的な彼女を異性は放っておかないし、いずれは誰かと恋仲になってしまうかもしれないが、少なくとも今日明日のことではない。
だとしたら、もうしばらくは俺が彼女の最も親しい男でいられる。
「でもアシュレイとレインだったらどっちが受けかしら……」
などと悩み始めたギーザにちょっぴり不安を覚えたりはするが、彼女が誰かに夢中になる姿を見るよりは、頭の中でレインにほられる方がマシだと俺は割と本気で思っていた。
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