第5話:我儘

 出来上がった操作キャラクター「カズキ」のステータスは、想像していた通り、これでもかというほど低いものだった。マリのステータスと比べたら、どれだけレベルを上げれば追いつけるか分からないほどだ。チュートリアルの戦闘でさえ苦戦を強いられ、先行きの不安を感じずにはいられない。

 だが、彼を助けたければもう方法は残されていないのだ。一度だけ、お見舞いのときに鉢合わせた和輝さんの母親から病名を聞いたことがある。不治の病だ、現代の技術では治せない。それでも、この悪魔のゲームなら対抗できるかもしれないのだ。

 もちろん、リスクはある。元が健康体の私ならともかく、既に病床に伏している和輝さんでは、操作キャラクターが死亡したときの悪影響が危険な領域に達するかもしれない。そんな手段を本人に無断で使おうとしているのだから、私も極悪人だ。

 それでも、私はこの方法を選んだ。全ては私の我儘だ。彼の絵をもう一度見たい、いや、彼が楽しそうに絵を描いている姿を、もう一度見たい。そんな私の、自分勝手な欲望でしかない。和輝さんが知ったら、私を極悪人だと罵るだろうか。いいや、あの人のことだ、笑って許してしまうのだろう、そんな私も。

 現在、カズキのレベルは5。あれっきり使われていない父親のセーブデータと比べても、カズキのステータスがどれだけ低いかは火を見るよりも明らかだった。しかし、絶対にやり遂げてみせる。一度もゲームオーバーにならず、レベルを上げ続け、現実の彼にその影響を与える。そうして、彼の体を蝕む忌々しい病に打ち勝ってみせるのだ。

 マリのデータと違い、レベル上げの作業は簡単ではなかった。一戦行うごとにヒットポイントは限界ギリギリまで減り、レベルが上がると次のレベルへ上がるまでに必要な経験値も多くなるが、より多くの経験値を得る為にはそれだけ強い敵へ挑む必要がある。どんな敵も三発殴れば倒せるくらいに強かったマリとは、あまりにも難易度に差があった。

 だがそれは、現実世界の彼がそれだけ病弱だという証左。マリとカズキの差を感じるほど、私はどんどんカズキのレベル上げにのめり込んでいった。

 敵を倒した金で装備を整え、万が一にも負けないよう回復アイテムも買い込む。戦う度に町へ戻り宿屋で回復し、万全の状態で次の戦いへ挑む。ある程度までレベルが上がったら次の町へ向かい、より強く、より経験値の多い敵に挑む。いつしかレベルはマリを越え、80に届いた。ステータスはそれでもマリの初期ステータスに届かないが、序盤の敵に苦戦していた頃に比べればいくらか強くなっていた。

「一週間かけてこれか……でもまあ、私にしてはよくやったんじゃないか」

 宿屋でデータをセーブし、ゲームの電源を切る。自分のデータでプレイするのと違い、宿屋で休んでも現実の疲れは取れず、今はやけに肩が凝っていた。かと言って、この疲れを取るためだけに自分のデータを起動するのも面倒だ。少し休憩しよう、そう思って壁掛け時計に目を向けた私は、その横のかけてあるカレンダーを見て、今日が木曜日であることを思い出した。

「……あ、お見舞い」

 カズキのレベル上げに夢中ですっかり忘れていた。私は飛び起きるように立ち上がると、先週もそうしたように、服を着替えて荷物をまとめ、部屋を出た。もしもあのゲームが私の目論見通りに機能していれば、彼の容態は良くなっているはずだ。それを、この目で確かめる必要があった。

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