第3話:悪魔の囁き

 仕事から帰ってきた父親に新しいデータを作らせ、マリの初期ステータスと比較をしてみた。結果は歴然だ、誰が見たってマリの方が強い。このゲームは、データを作成した人物の身体能力も操作キャラクターのステータスに反映するようだった。

 そして、一度作成されたキャラクターは、別人がゲームをプレイしても作成者と影響し合うようである。私のデータで父親に戦闘を行わせてみると、マリが攻撃を受ける度に不快な感覚があった。そして、宿屋に入ればまた疲労感が消えていく。プレイヤーとキャラクターというより、作成者とキャラクターのステータスが影響し合う、と表現した方が正しそうだ。

 それが分かってから数日間は、このゲームを使って色々なことを試した。現実では眠らずにゲーム内の回復だけを頼りに休息を取ることは可能か、答えは否。三日程度なら難なく徹夜出来るが、眠らずに済むだけで睡眠欲は消えないのでむしろ気持ちが悪い。眠くないのに寝たいなんて思うことがあるとは思わなかった。

 レベルアップで現実の身体能力に影響が出るのか、答えは是だ。ゲーム内の攻撃力が上がると、現実の握力も目に見えて上がっていた。恐らく、足の速さなんかにも影響が出ているだろう。魔法力のステータスがどんな影響を及ぼしているのかは分からないが、頭の出来に反映されていることを祈りたい。あと、父親がレベル5で魔法を習得したのに、レベル50のマリが一向に魔法を習得しないのは何故だ。これも、作成者の素質に左右されるのだろうか。

 それと、もう一つ分かったことがある。このゲームは初期ステータスこそブレがあるものの、一回のレベルアップで上昇するステータスの数値はある程度の幅で固定されている。つまり、初期ステータスによって最大値は差がつくが、初期ステータスが低いから育ちにくい、ということもないということだ。

「同一人物が二つ目のセーブデータを作ることは出来ず、宿屋でセーブをせずにゲームを終了してもステータスの変動だけは保存されている……か。本当に何者だったんだ、あの女は」

 こんな超常グッズを作れる奴がただの人間だとは思えない。神は居る、とか言っていたか。しかし、彼女がどこかの神様を信仰している敬虔な信徒だとは思えなかった。あれはむしろ、その逆だ。私とは違う形で神を否定する存在、まるで……悪魔信仰者のような雰囲気だった。

「……まさか、ね」

 悪魔のゲーム、それが事実ならばこれは恐ろしい代物だろう。だが、今のところ私にそれらしい悪影響は出ていない。あくまで説明書に書かれている内容の範疇だ。まだゲーム内で死亡したことはないが、この感じだとやはり、致命的な悪影響が出るというのではなさそうである。

「あ、そうだ。今日は木曜日か……病院行かなくちゃ」

 ふとカレンダーを見て用を思い出した私は、ゲーム機を机の上に放り出して外出の準備を始めた。退屈な学校は平気でサボってしまうが、こればっかりは毎週欠かせない。

 部屋着から服を着替え、手荷物を整え、部屋の電気を消す。そして玄関まで向かおうと足を踏み出し、そこで一瞬私は足を止めた。

 ──それはまさしく悪魔の囁き。だが、悪魔が必ずしも人間の敵とは限らない。

 私は踵を返して真っ暗な部屋に戻ると、机の上からゲーム機を拾い上げて玄関へ向かった。

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