第2話:とてもすごくよく健康体

 普段はあまりゲームをしないのだが、折角もらったのだからと箱から取り出してみたのがその日の晩のこと。言われた通りに、まずは説明書に目を通そうと広げてみると、そこにはゲームのルールや遊び方のほかに、いくつかの注意事項が記されていた。

「※注意:このゲームは、プレイヤーの健康状態と操作キャラクターのステータスが相互に影響します。体調不良の際は、プレイを控えましょう。また、操作キャラクターが死亡した場合、プレイヤーの健康状態に悪影響が発生する場合がありますが、影響は回復可能であり、生命に危険を及ぼすものではありません」

 何度読んでも書いてある意味が分からない。ゲームと現実の健康状態が影響し合う、そんなことがあるものか。と、思いたいのは山々だったが、ミストレスという女のことを考えるとどうにも一概に否定しきれないのも事実だった。そんなものを作りかねない、そう思わせる何かを彼女は持っていたのだ。

 少なくとも、このゲームをプレイしたせいで死ぬとか、そういうホラー漫画みたいな展開にはならないらしい。説明書の記述が正しければそのはずである。ならば、実際にプレイしてみて確かめるのが一番手っ取り早いだろう。そう考えた私は、満充電のランプが点灯するまでバッテリーを充電し、ゲーム機の電源を入れてみた。

『強くなりたい! 寄せるぞ期待! とてもすごくよく健康体!』

「なんだこのタイトルコール」

 冗談かと思ったが、外箱に書いてある頭の悪そうな文章はゲームの題名だったらしい。あんなに日本語をペラペラ話していた割に、ネーミングセンスがおかしくないだろうか。なんてことも思ったが、多分細かいツッコミどころを一々気にしていたらキリがないだろう。私はタイトル画面のメニューから「はじめから」を選び、ゲームを開始した。

 どうやらこのゲームは、いわゆるRPGというやつらしい。一分程度のムービーが終わると、どことなく私に似た容姿の「マリ」というキャラクターが画面に映し出され、操作説明が始まった。特にストーリーというものはないようで、「敵を倒し、経験値と金を稼ぎ、操作キャラクターを強くさせる」ことが目的のようだ。正直、面白そうかと言われると、あまり面白そうではない。だが、説明書に書かれていた「健康状態と相互に影響する」という記述は気になる。私はゲームそのものの面白さに不安を抱きつつも、プレイを続けることにした。

「初戦闘……チュートリアルってやつか。まあ、緒戦だし殴っておけば勝てるだろう」

 操作説明のメッセージに従い、表示されたいくつかのコマンドから「こうげき」を選ぶ。すると、画面の中のマリは狸のような敵キャラクターに殴りかかり、一撃で倒してみせた。

『レベルアップ! マリはレベルが1あがり、レベル2になった!』

「レベル1でワンパンなのか。……いや、もしかして」

 レベルアップのメッセージと一緒に表示されたステータスを見て、私はふと自分の手に視線を向ける。もしや、現実世界の私が普段から喧嘩ばかりしているから、ゲームの中のマリも最初から強いということなのだろうか。だとしたら、少なくとももう一人、比較対象が欲しいところだ。

「……あとで確かめてみるか」

 とりあえず、今はある程度までゲームを進めてみよう。最初の戦闘が終わると、操作説明が完了したことを告げるメッセージが表示され、そこからは完全に操作が自由になった。私はこの手のゲームに詳しくないが、恐らく金が手に入るということはそれを使う店もどこかにあるということなのだろう。だとすれば町がどこかにあるはずだ。まずはそこを目指して、道中でレベル上げをするのが効率的ではないだろうか。

 ある程度フィールド歩く度に現れるモンスターを、これといった小細工もなくひたすら殴り倒し、じわじわとレベルを上げていく。ステータスの上がり幅はさほど大きく見えないが、恐らくこれはマリの初期ステータスが高いせいでそう見えるのだろう。ほとんどの敵がワンパンで倒せてしまうのは、負ける心配が無い代わりに少し退屈だ。どうせなら、負けたくはないが接戦を繰り広げてみたい。ゲームを進めればそういう強敵も出てくるのだろうか、そう考えると少しはやる気も出てくる。

 そうやって戦闘を繰り返すこと数分。初めて町に辿り着いた私は、ゲームというものに慣れていないせいか無性に疲れを感じ、今日はこの辺で切り上げておこう、などと考えていた。別に一日でガツガツ進める必要などないのだ。多少は私もこのゲームを面白いと感じてきたところだったし、明日もまた続きをやればいい。

 どうやらこのゲームは、宿屋で操作キャラクターを寝かせると、戦闘で減ったヒットポイントなどを回復した上でデータのセーブが出来るらしい。ちょうど所持金も集まっているし、宿屋でセーブをしたら今日はプレイを終えよう。そう考えた私は、マリを操作して宿屋へと向かい、受付のキャラクターに話しかけた。

『マリのステータスが全回復した』

 その途端、私は急に疲労感が失せていくのを感じた。気のせいかと思ったが、断じて気のせいではない。明らかに体が軽くなっている感覚があった。

「まさか、さっきまでの疲れはマリのヒットポイントが減っていたから……? いや、それとも、マリが回復したから現実の疲労感が消えたのか……?」

 どちらが正解は分からないし、もしかすると両方正解かもしれない。だが、全回復のメッセージが表示されるのと同時に現実の体が影響を受けたのは確実だ。

 間違いなく、このゲームは現実の私とリンクしていた。

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