第8話 君が君であれば

その日、シタン子爵一家が王城に到着すると、すぐに国王夫妻と宰相がいる応接室に通された。横に並んで座っている双子にもお茶を入れると、侍女たちは音もなく退室する。今から重要な話が始まることが予想された。


まず、国王はいった。


「いや、長い間、ソフィー嬢には大変な思いをさせてしまった。毎日のように男装してベルンに付き合わせてしまって申し訳ないと常々思っておった。でも、ベルンがフィーと笑いあっているのがうれしくてなあ。それで、、、


そこまで言ったときに、突然扉が開いて、シェルベルン王子が現れた。まさか会えるとは思っていなかったソフィーは食い入るように入り口付近に立っているベルンを見た。


「フィー!久しぶり!会いたかったよ、さあ行こう」

「落ち着けベルン、まだ話が終わっていない」

「僕が話すからいいよ、とりあえず、、、」


と言って双子を交互に見た。


「まあ、二人もと来てくれないかな」



シェルベルン王子は一言もしゃべることなく自室の方へ向かっている。双子は時々顔を見合わせながら、王子を追いかて足を早めた。王子の部屋があるこの廊下は、ソフィーにとっては通いなれた場所、ゼフィーにとっては図面で何度も説明を受けた場所、であるが、どうも様子がおかしい。


王子の部屋の、すぐ右側の部屋の扉が大きく開け放たれていたが、そこはつい最近まで勉強部屋だったはず。教授を迎えて講義を受けたり、勉強に必要な書籍や道具でいっぱいだった。それがいま、すべて取り払われ、がらんどうのようになっている。


ベルンはその部屋の前でたちどまると、緊張している双子のうち、ソフィーの手をそっと取って、その何もない部屋に入った。わけも分からずゼフィーも後について入る。


壁紙さえ取り除かれた部屋は、ちょっとした音が大きく反響した。



「ここにね、キッチンを作ろうと思うんだ」


空っぽの部屋の真ん中に立ち、ベルンはソフィーの顔を見ながらポツリと言った。


「ここでね、お菓子を作ったらいいと思うんだ」


ソフィーは動けない。ベルンは何をいっているのか。


「僕のね、、、奥さんが作った料理なら」


ベルンはソフィーの手をギュッと握りながら続けた。


「僕は、奥さんの作ったお菓子なら食べていいんだって。僕のために、作ってくれないかな、フィー」


ソフィーはなんとか声をだした。


「ベルン、あなた、知って、、、」

「うん。知っていることは多いよ。

でも、フィーがフィーであれば僕は何だっていいんだ。てか、フィー以外はどうでもいいかな」


ソフィーは頬に熱いものを感じてから自分が泣いていることを知った。ベルンは不安そうな顔をしながらも、手を握っていない方の手でソフィーの涙を拭った。


「わたしね、」

「うん」

「もう、あなたに会えないのかと」

「うん」

「嘘をついていたことを謝りたくて」

「フィーのせいじゃない」

「作ったお菓子を食べてほしかったなあって」

「僕も食べたかったよ」

「そして寂しかった」

「、、、本当?」

「うん、会いたかった」

「僕も、すごく会いたかった」


そう言うと、ベルンはそっとソフィーを抱きしめた。ソフィーはベルンの首に顔をくっつけたままエグエグいって、涙が止まりそうにない。


ソフィーをあやすように背中をポンポンと軽く叩きながらーーーベルンは少し顔を上げ視線をゼフィーに合わせた。



ゼフィーは目の前で起きていることに呆然となっていた。姉と王子が抱き合っている姿なんて、弟としてどう見たらいいんだ。これ止めるべき?いや、僕のこと忘れられている?どうしたらいい?


その時、姉を抱きしめているベルンと目が合った。先程までの、ソフィーに切々と話しかけている男の顔ではない。”おまえ分かっているだろう”とでもいいたげな顔をして、人差し指で開いている扉を指した。


ゼフィーはビクッとしながらすぐに扉を閉めた。しかしベルンはさらに魔王のような顔で睨みながら、ビシッとゼフィーを指差して、また扉を指差した。


”お前が・出ていけ”


ああ、はいはいはい、そうですよね〜。


ベルンはすぐさま部屋から出て扉を閉めた。部屋の外には、ベルンの近衛兵が立っていて、ゼフィーをちょっと見てからすぐに目をそらした。

お互い扉を間に挟んで静かに立っていたが、いつまでたっても扉は開かない。



「僕はどうしたらいいんですかね」


とうとうベルンが近衛兵をみることなく聞いた。


「私には分かりかねますが、、、ベルン様は少々、、、我儘、いや、苛烈、いやいや、お厳しい方なので、、、お待ちいただく方が良いかと」

「ですよね、フィーはすごく優しいって言っていたけど、分かっていませんよね」

「いえ、本当にフィー様の前だけは、穏やかなんですよ」

「というか、僕らのことってみんな知っていたようですね」

「ええっと。フィー様は一生懸命隠してはいたのですが、毎日お会いしていると何となく、、、でも、本当に一部の者だけです。それはもう、ベルン様が厳しくいろいろと管理しておりますから」

「ですよね、あのおっとりした姉が男の子なんかにうまく化けられるはずない」

「いえ、遠くから見ているぶんには、、、そうですね、あなたにやっぱり似ていますね。」

「もしかして、あの王子、最初から分かっていたんじゃ、、、」

「私はそう思います、あの過保護ぶりは普通じゃありませんからね」

「7才のときだよね、あぶねーやつじゃん!!」


ゼフィーは長い溜息をついた。何のために一家で悩んでいたんだ。

恐らく、自分がここに呼ばれたのは、王子がソフィーと一緒にいたいがために、ゼフィーを便利に使うためだろう。ベルンにこき使われる自分の将来が想像できた。


ね、お姉さま言ったでしょう、ベルン王子は天使じゃないって。



ゼフィーと近衛兵が意図せずベルン王子の悪口合戦に突入しかけたころ、扉が開いて上機嫌のベルンと真っ赤な顔をしたソフィーが出てきた。


「ゼフィーくん!君は今日から僕の弟だよ」

「今日からなわけないでしょう」


ゼフィーは、あんなにビビっていたベルン相手に激しいツッコミを入れる。彼の中のベルン像が、危険人物というよりは、ただの変態になってしまったことも原因かもしれない。


「なんで?結婚したも同然なんだから、もう弟であり、僕の側近でもあるんだよ」

「ベルン!ゼフィーを側近にしてくれるのね!私も安心だわ」

「姉さま、いろいろとおかしいと思わないの?てか、側近ってっ」

「僕のどこがおかしいのかな?側近くん。まず、手始めに仕事を与えよう」

「な、何言って、、

「今ね、貴族たちの間で、僕と君ができちゃっているといううわさがあるんだよ」

「は??きもっ」

「それをね、僕が熱愛しているのは君のお姉さまで、君はただの友人だって、あいつらに分からせてほしいんだよね」

「どうやって?!」

「それを考えるのが側近くんだよ、でも、僕はフィーさえいればどんなうわさがあっても気にならないんだ。ただ、君の結婚に差し障るのではないかと思ってね、、」

「ベルン!そこまで考えてくれて本当にありがとう」

「もう、本当にいい加減にして、、、、」

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