第7話 王子が寵愛する少年

会場内が異様にざわついているが、ベルンは気にせず真っ赤になったソフィーをエスコートし、シタン子爵のもとへ向かう。


周りから「ベルン殿下、ご挨拶を、」と呼び止められるのだが、「今日は非公式なので、失礼」といって足を止めることもなかった。



「シタン子爵、ご令嬢をお借りしました」


ベルンはあっけにとられているソフィーの家族に挨拶をした。


「これは殿下、お珍しいところで」

「ちょっとだけ時間が出来からね。久しぶりにフィーにも会いたかったし」


にっこり。


「お、お、お久しぶり!ベルン、元気だった?」


カクカクした動きをしながらも、なんとか声をだしたゼフィーだったが、そんな彼の耳元に、ベルンは囁いた。


「こんにちは、ゼフィー。大いに期待しているよ」

「な、何のことだっけ?」

「そんなことも分からないのかい」


固まっているベルンをほったらかしにして、今度はソフィーの方へ向かって


「ソフィー嬢、またお会いしましょう」


と言って微笑えむ。最後にソフィーの両親に向かい、


「では、失礼します」


と軽く頭を下げ、さっそうと会場を後にしたのだった。





”シェルベルン王子は、シタン子爵家令嬢と踊るだけで帰ってしまった”


いまや、夜会会場はいろいろな憶測で大きく揺れていた。その中心にいるはずのシタン子爵一家だけが、ポカーンと突っ立っていた。


「とにかく帰ろう」


子爵がポツリというと、何かいいたげな主催者ゼナ子爵にそそくさと別れを告げて、すぐに一家は会場を後にした。馬車の中に入ると、みんなが堰を切ったように喋りだした。話題はおおむね次のようになる。


・ベルンはソフィーと踊っただけですぐに帰ったのはなぜか


・あれはソフィーを気に入ったアピールなのか


・ゼフィーに謎のささやきをしてきてびびった


・王子はソフィーが言っているほど天使には見えない(ゼフィー談、ソフィーに猛反論されて沈黙)



でも、シタン家は、結局ベルン王子が何をしたいのかさっぱり分からないということで落ち着いた。つまり、何の結論も出なかった。




馬車が屋敷の近くに差し掛かったところで、ゼフィーがぽつりと言った。


「どうせ結婚するなら、友人の姉だと楽だと思ったんじゃないかな、、、ないか」


「ないない~~~」


一家が同意したところで、屋敷に着いた。



*


さて、騒動から30日後、あの図書館に「いた令嬢」(最近では、やっちまった令嬢ともいう)たちの謹慎が解けはじめた。ぽつりぽつりとお茶会などに参加する令嬢もいる。騒動の直後、大方の予想では


”社交界で総スカンを食らうのではないか”、


”社会的に抹殺されるのではないか”


などの意見が飛び交っていた。

ところが、そういった予想を裏切って、やっちまった令嬢たちは大注目の的になって、あっちこっちに引っ張りだこになっていった。


「絶対に内緒にするから、あの時のことを詳しく教えてくれない?」


もちろん、令嬢たちはあの件をしゃべるのは固く禁じられている。主に王子の性格とか言動とか。


しかし、きつい叱責を受け、不安と絶望でいっぱいの30日間を過ごしたあと、こうして自分に注目が集まることに浮足立ってしまい、ついポロリと口走ることがあったとしても。

それはしょうがないことなのかもしれない。


ある令嬢が、「私は後ろの方で見ていただけなんだけど」と前置きしたあと、


「ここだけの話、凄いものを見ちゃったのよ」


と、はなしだした。





『シェルベルン王子には寵愛する少年がいる』


その噂が広まるのはあっという間だった。


”まあ『やっちまった令嬢』のたわごとなんだけどね”

”ある少年を情熱的に横抱きにしたらしいわよ”

”なんでも、すでに王子の部屋で暮らしているらしい”


どんどん噂に尾ひれがつく中で、最新ニュースが飛び込む。


”王子がゼナ子爵の夜会で、さる令嬢と楽しそうに踊ったそうよ”

”なんでも、彼女と踊っただけですぐに帰ったらしい”

”聞いたか?あの令嬢の弟が「寵愛の少年」らしいぞ”

”去り際に耳元に何事か囁いて、令息が真っ赤になったそうな”


”わかったぞ!王子のお相手って、シタン子爵の双子だ!”



そんな噂話になっているとも知らず、あの夜会以降、シタン子爵家では「入れ替わるのは今しかないんじゃないか」という家族会議が度々行われていた。


ゼフィーの勉強については、ベルン達と同じような教育が王城からの派遣教師によって常々行われていたし、普段フィーが関わる人や部屋の位置などもすでにソフィーによって教えこまれていた。


「私は、正直に王子に告げるべきだと思うわ。王子は意地っ張りなところがあるものの、穏やかで優しいし、事情を説明すれば笑って許してくれるような気がするの」

「しかし、なぜか国王が『まだ良い』と頑なでなあ、それでズルズルとここまで来てしまったんだが」

「僕は、王子が笑って許してくれるような人には思えないけど、、、」

「もう、ゼフィーは人を見る目がないんだから。あんなに身も心も天使のような人はいないわ」

「はあああ、どっちが見る目がないんだか、、、、」

「まあ、いざ入れ替わりとなったら、身長やら体つきの違和感もあるだろうけど、成長期でもあるし、『この1カ月ほどでこんなに変化したんだ』とかなんとかで押し通すしかないだろう」

「いやあ、あの人絶対分かっていると思うな」

「知らないふりをしてくれているってこと?そんなことをする理由があるかしら?」


こうして今日も結論は出ない。





しかし、時は確実に過ぎていき、とうとう王城から連絡が来た。


”ベルン”ではなく、国王の名前でシタン子爵一家が招待されている。おそらく「入れ替わり」の打ち合わせでもするのだろう。きちんとソフィーとゼフィーの名前が書いてあることから、ありのままの姿でということだ。入れ替わりが現実味を帯びてきた。


『ベルンにはもう会えないのかもしれない』


少なくとも、友人のフィーとしては近くに行けないだろう。

分かっていたけど、何となく遠い未来のような気がしていた。


これを受け入れなければ。


ソフィーは1人ベッドの中で、ベルンからもらったネックレスを握りしめて泣いた。

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