第6話 君とダンスを

子爵家の屋敷にいる時の簡易的なものとは違い、夜会に出るためのドレスはやはり素敵だった。ソフィーとしての社交界デビューなので、白を基調としてあつらえたドレスは、シンプルなラインを淡いシフォンでふんわりと覆っており、気品があって清楚な印象を与える。顎のラインで揃えた髪は令嬢にしては短すぎるので、美しくアップにしたウィッグをかぶり、黒髪に映えるシルバーの髪飾りをつけている。軽く化粧を施し、母親から借りたアクセサリーを身につけると、大人の女性になったような気がして心がはずんだ。もちろんベルンからのネックレスもちゃんと付けている。


社交界のマナーは王城で習得済みだし、ダンスもベルンがかたくなにフィーとしか踊らなかったので、必然的に女性パートも踊れるようになっている。


よし。われながら女性になっているわ。


「あら、ゼフィーもこうしてみると紳士らしくなったわね」

「姉さんほど化けていないけどね」


ゼフィーはソフィーとの入れ替わりの備えて、普段は屋敷の敷地内にこもりっぱなしなので、堂々と外に出られるのが嬉しいらしい。パリッとお揃いのグリーンの夜会服を着こなしているのをみると「男の子」ではなくすでに「男」だ。やはり「フィー」としてベルンに性別を偽るのはもう限界なのだと感じる。


まあ、今は初めての夜会に集中しよう。


夜会の会場は王都の外れにある、ゼナ子爵家の邸宅だった。こぢんまりとはしているものの、なかなか盛況な会場のなかで、一家は大注目を浴びていた。


なにせ、ほとんど表に出てこないシタン家の双子がそろって参加しているのだ。もうそろそろ大人の仲間入りの年齢だというのに、甘く可愛らしい見た目でありつつ、利発そうな褐色の瞳とつややかな黒髪の双子。子息は子爵家の跡取りだし、令嬢は深窓の『いなかった』方の令嬢。シタン子爵家は政治的な影響力はないものの、清廉な家風と豊かな領地、結婚市場トップクラスの有望株なのだ。


「ああ、お父様、お母様、もう挨拶回りはいいでしょう?もう疲れちゃって。誰が誰だかわかんなくなっちゃうわ。ちょっと休憩します」

「なら、ゼフィーを連れていきなさい」

「大丈夫よ!ちょっと涼むだけ」



ソフィーは次から次へと挨拶に来る貴族たちの対応に疲れてしまった。初めての本格的なドレスや夜会用の靴もだんだんと苦しくなっている。とにかく熱気のこもる部屋から逃れ、新鮮な空気を吸いたくてバルコニーへ出た。ひんやりとした重厚な手すりにもたれ掛っていると、涼しい風が顔をさっとなでて気持ちいい。


「女性らしく愛想笑いをするのも大変ね。この顔、もとに戻るのかしら」


笑顔を貼り付けすぎてこわばっているほっぺを両手でグニグニつねっていると


「笑いたくないのなら、笑わなければいいのでは」


突然、聞き馴染みのある声が聞こえ、慌てて顔を上げた。

嘘でしょう!?

ソフィーの目の前には、ニッコリと微笑むベルン王子が立っていた。



突然ベランダに現れたベルンは、固まっているソフィーに対して、はっきりと


「はじめまして」


と言った。


「突然、声をかけてしまい驚かれたでしょう。申し訳ない。私はシェルベルンと申します。」


いや、知っている、知っている、よーく知っている。ソフィーは心の中で叫びながらもなんとか返事をする。


「初めてお目にかかります。王太子のシェルベルン様でいらっしゃいますね。弟がお世話になっております。私はシタン家長女ソフィーと申します。殿下にあらせられましてはご機嫌うる、、

「ああ、いいから。今日は公式参加でもないから、そんな挨拶はなしでいいよ。ここで何しているの?」

「夜会への参加は初めてでして、緊張してしまい、、、休憩をしておりました」


ソフィーはしどろもどろになりながら、なんとか言葉を紡いだ。


それにしても今日のベルンは素敵だ。いつも見慣れている天使のような顔も、黒い夜会服のせいか精悍に見える。サラサラの髪はきれいに整えられて、なんだか違う人のように見えた。香水を軽くつけているのか、漂ってくる爽やかな香りが「大人の男性」を意識させて直視できない。ソフィーがドギマギしていると、ベルンがゆっくりと近づいてきてソフィーの手を取った。


「・・・ケーキみたいにかわいい」

「はい?」

「ダンスをご一緒しても?」

「ダンスですか?実はこれから弟とダンスをする予定が、、、」

「ああ、ゼフィーはいいヤツですから喜んで私と変わってくれますよ。私と、一緒に踊ってくれないかな?」


暗いし、気のせいかもしれないが、ベルンの金色の瞳が不安そうに揺れていた。


ああ、いつものベルンだ。


ソフィーは何となく安心して微笑みながら言った。


「喜んで」


なんだか前にもこんなやり取りがあったわね、と思いながら、ベルンの腕にそっと手を添えて室内へと入った。


二人が室内に入ると、ざわめきが起こった。「あれはシェルベルン殿下?」「どうしてここへ?」「めずらしい」なんてささやきが大きくなる中、楽団が音楽を奏で始めた。


二人は今までどのくらいダンスの練習をしてきただろう。ベルンがフィーとしか踊らなかったので、男性パートと女性パートを交代しながら練習した。ベルンが女性パートのときはわざと女性のようにくねくねしたり、フィーが男性のときはふんぞり返った大男のフリをしたり、二人でくすくす笑いながら何度も練習した。ダンスの講師は笑い続ける二人にいつも怒っていた。


それが今、女性としてのソフィーと王子然としているベルンが踊っている。


練習の時のような講師のピアノ伴奏ではなく、ヴァイオリンやチェロなどを加えたカルテットが奏でる優雅で重厚な音のなかでの、ほんのわずかな夢のひととき。


くすくす笑うこともなく、ソフィーはベルンのリードに身を任せ、ベルンはまるで恋人のようにソフィーを支えながら、完璧に息の合ったダンスだった。それでいて長く視線を合わすことはなく、チラチラとお互いに相手を盗み見てはいるのだが。


美しい二人のダンスに、周りの貴族たちは自然と自分たちのダンスをやめ、ただの傍観者になっていた。うっとりとため息を漏らすご婦人も多く、ダンスの終わりは拍手が起きた。


シェルベルン王子はソフィーの手をとり


「ありがとう、楽しかった」


といいながら優しく口付けをした。

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