第5話 君の作ったお菓子が食べたい


図書室での騒動は、意外なところに影響をおよぼした。


そもそも、騒動に関わった令嬢たちは、どちらかというと爵位の低い家柄の令嬢がメインであった。もちろん、悪意などなく、ただ、憧れの王子様との出会いに普段の妄想が一気に爆発して、「みんなで行けばこわくない」とばかりにアホな行動を起こしてしまったといえる。


しかし、極秘扱いだった騒動が、数日後にはダダ漏れになっていた。王都にいる令嬢は自然と「あの場にいた令嬢」と「あの場にいなかった令嬢」に区分されることになり、いつしかそれは「王子にふさわしい婚約者の選定」だったのではといううわさがまことしやかに囁かれるようになった。


というのも、用もないのに王城をウロウロし、その上図書室まで押しかけるような行為は、公爵・侯爵令嬢クラスの気位の高いお姫さまでは考えられないことだからだ。「あの場にいなかった令嬢」は、必然的に「本物のお嬢様」が多くなり、王子の婚約者として不足のない令嬢が多く残ったというわけなのだ。


とはいえ、あの場にいた令嬢がすべて把握されたわけではない。あれこれとうわさが大きくなると、夜会やパーティーにどの令嬢が参加するのかが注目されるようになった。


つまり、あの騒動にいた令嬢が「謹慎」させられているのは公然の秘密。必然的に、現在、夜会などに出席している令嬢は無関係だったと証明できる。暇な貴族たちはこっそりとリストを作ったり、賭けの対象にしながら楽しみ始めていた。





あの日からソフィーは、毎日のように通っていた王城に行っていない。城の警備体制が確立するまでは、特別な用事がある人間以外の立ち入りを極端に制限しているのと、ベルンが王子としての仕事を本格的にはじめたということで、落ち着くまで待っていてほしい連絡があったのだ。


この機会とばかりにソフィーは大好きなお菓子作りに精をだした。普段は屋敷と王城の行き来で忙しく、隙間時間で出来るクッキーくらいしか作れなかったから、本格的な焼き菓子などに挑戦している。


この国は比較的緩い身分制度であるとはいえ、令嬢がお菓子職人になるなどは考えられない。ソフィーは、結婚なんて今の状況では考えられないけど、もし入れ替わりが成功して、どこぞの令息と結婚すれば、自由時間をお菓子の研究に使えるのでは、と考えていた。万が一、理解(とお金)のある旦那様なら、お店を持つくらいは許してもらえるかもしれない。


今は貴族やお金持ちしか味わうことの出来ないお菓子を、下町の平民でも気楽に楽しめるようにしたい。それがソフィーの夢なのだ。


「一度、フィーの作ったお菓子を食べてみたいなあ」


ベルンはよくそんなことをいっていたわね。


王子であるベルンは、指定された料理人以外の作った食べ物を口に入れることは禁止されていた。だから、ソフィーが作ったお菓子を食べてもらうことができない。穏やかでありながら自分の意思を通しがちなベルンだけど、「万が一、何かがあった時にフィーの責任問題になる」と諭されれば受け入れるしかなかったのだ。


ソフィーは、仲良しのベルンに自分のお菓子を食べてもらえないことは悲しかったけど、王城の図書室で借りた昔のお菓子の記録や異国のレシピを、難しい本を読むベルンの隣で眺めている時間は大好きだった。頭の中で味や食感を想像してニマニマしていると、


「よだれが出ているよ」


と言って、ベルンがソフィーの口を拭ってくれることもあった。男の子である「フィー」がお菓子が大好きで、お菓子作りが趣味だといっても全然バカにしない優しい人。


でも、、、もう、いろいろ限界かもしれない。


国王様はいつも「まだいいじゃないか」って言うけど、いつまでも優しいベルンを騙していることが心苦しかった。そもそもソフィーは「男の子」としては誤魔化せるけど、どう見ても「青年」には見えない。この先何年も男装を続けるには無理があるし、ベルンもソフィーも、そしてゼフィーだって将来を見据えて結婚相手を探す年齢でもある。


たとえ入れ替わりが無理だとしても、本当のことを打ち明ける時期だろう、、、


ベルン。


きっと、一生、私の作ったお菓子を食べてくれることなんてない。


そう考えると、思っていた以上に寂しくなった。


それに、、、ふとした瞬間、お姫様抱っこをされたことをよく思い出した。あの瞬間を思い出すだけで、ぎゃーっと叫びたくなるような、なんだかふわふわした気分になるのだ。 いけないいけない、惚けてぼーっとしてしまった。パッパッと手を振って、変な妄想を打ち消しながら、お菓子の焼き具合を見守った。



「ソフィー、女性として夜会に出席しなさい」


ある日、ちょっと困ったような顔をして父親が切り出した。


「え、どうして。入れ替わりが済むまでは、屋敷以外では女に戻らなくていいって」

「そうも言ってられなくなった。ソフィーがあの騒動の場にいなかったことを知らせるために夜会へ行かなくては」

「私は今回のあれには関係ないことになっているでしょ」

「うわさが独り歩きしているんだよ。『あの場にいなかった令嬢』であることを証明するために、まさに今、社交界デビューをして顔を知られるしかないんだよ」

「注目されているのはベルンの婚約者候補となる『いなかった令嬢』だけでしょ。子爵令嬢のわたしなんてお呼びじゃないし、誰も気にしないわ」


うーんとソフィーの父親は頭を抱えた。


「お前だって、分かっているだろう。そろそろ入れ替わりを成功させて、婚約者の一人でも探すギリギリの時期だと。しかも、『いなかった令嬢』であることを証明しないと、近頃では縁談も来ないらしい」


「それにね」


と、ソフィーの母親も言った。


「あの場に『いた令嬢』は子爵家や伯爵家が中心だったでしょ、だから、今、競争相手が少なくてお得なのよ」


とんでもないことになった。入れ替わりだってどうにかしなきゃと考えていたところに、女性として社交界デビューするなんて。婚約者を見つけるために、顔を売る必要もあるらしい。でも、避けて通れない道ではあるわね。


「まあ、家族と一緒なら出席してもいいわ。でも、できるだけ小さい夜会でお願いね。万が一、ベルンに会ったら、、、」

「僕、まだ入れ替わる心の準備なんて出来ていないよ!絶対にまだ会いたくない!」


とゼフィーも叫んだ。こうしてソフィーは初めての夜会に出席することになった。

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