自炊料理は斯くも楽しい

狐野牡丹

悲しみのガパオライス

 この季節の目覚まし時計は、スマートフォンのアラームでも鳥の声でもなくうんざりするような暑さだ。じっとりとした熱がタオルケットの中に這入り、寝ぼけ眼で薄布を剥がせば代わりに全身の不快指数がぐんぐん上がっていく。

 そうして重い瞼を持ち上げ、まずはタイマーで規則正しく仕事を放棄した冷房を睨みつける。


 やれ熱中症だエアコンをつけろ、やれ節電だエアコンを消せ、と世間がやんややんや騒いでも酷暑は何一つ変わらない。1億5000万キロメートルの距離を挟んでなお、太陽はこの星を温め続ける。

 人間がぐったりしているのを横目に、適温になったヘビは涼しい顔で眠っている。番を探して鳴き交わすセミも、陽の光を浴びて背を伸ばす庭のミニトマトも、我々よりよっぽど夏を満喫している。羨ましいことだ。


 赤や黄色のよく熟した実をザルに放り込んでいく。選ぶのにあまり時間はかけられない。横着して日焼け止めを塗らなかった手足がこんがりとローストされてしまうからだ。

 夏の終わりのオーブンから出てきたような色合いの私を想像し、すぐに脳から削除する。手間のかからないオーブン料理は好きだが、お菓子の家の魔女になるのはお断りだ。

 暑さを相殺するつもりで庭全体に水を撒くも、むしろ湿度とともに体感温度が上がるだけだった。気が滅入る前に楽しいことを考える。例えば、朝食は何にしようか、とか。

 冷凍庫には食パンもご飯もある。休日だから手の込んだ料理を作ってもいい。とはいえこの暑さだからあまりコッテリした品は胃が拒否するだろう。この歳にして既に内臓は焼肉食べ放題やたっぷりの生クリームを嫌がる。そんな弱々しい胃腸の夏バテ防止にタンパク質とビタミンも摂取しておきたい。

 さて、何を作るにせよ家にある食材次第だ。蛇口をひねりながら、水に濡れた丸い葉を目にし思い立った。そうだ、ガパオライスを作ろう。


 収穫を抱えてキッチンへと帰れば、ダイニングから流れてきた冷風が全身を包む。文明の利器万歳、地球温暖化なんて知ったことか。

 大量に摘んできたバジルの葉をよく洗う。多すぎたかもしれないが、夕食でカプレーゼにして消費すれば良かろう。あれはつまみにも副菜にもなる簡単素敵なメニューだ。

 決壊寸前に食材が詰め込まれた冷凍庫を漁り、どうにかひき肉を引きずり出す。しかし予想に反してパッケージには「ブタ」の文字が書かれていた。

 通常ガパオライスには鶏のひき肉を使用する。だが今この冷凍庫にあるのは豚ひき肉のみ。朝からこのためだけに肉を買いに行くのも馬鹿らしい。よし、豚のガパオライスにしよう。あとから調べたところ、本場のタイには鶏や豚、魚介のガパオライスもあるらしい。つまりこの選択は正解だったということだ。เย้わーい


 電子レンジでひき肉を80グラムほど解凍する間に玉ねぎをみじん切り。4分の1もあれば十分だろう。

 料理をするようになってそこそこ経つが、未だにこの刺激臭には慣れない。今日くらいの量なら冷蔵庫から出してすぐ、温くなる前に手早く終わらせればまだ良い。これが丸々1玉や2玉のみじん切りになると悲惨だ。切り終わっても顔の穴という穴から液体を垂れ流し続ける羽目になる。おまけに換気を忘れると部屋中が硫化アリルで満たされる。もはや一種のテロ行為だ。嫌いな相手の自室で玉ねぎを切ってやろう。


 野菜室の隅から萎び掛けの赤パプリカと黄パプリカを発掘した。それぞれ4分の1ずつ、大体1センチ四方になるよう切っていく。

 幼い頃からどうも距離感を測るのが苦手で、1センチが実際にどれくらいなのかいまいち理解出来ていない。レシピ本に長さが出てくる度に定規とにらめっこしている。まあ今回は自分しか食べないのだし、適当で問題ない。


 それっぽく切れたら電子レンジからひき肉を取り出す。ある程度解凍されたことを確認してから、フライパンにサラダ油をひく。温まったらひき肉を投入。木べらで潰さないように軽く広げる。ついでに開けっ放しの電子レンジには、凍ったご飯を入れておく。こうやって並行して作業を進める時が、料理において最も難しく、楽しい部分だ。

 肉の色が変わり出したあたりで玉ねぎをフライパンへと流し込む。火が通るまでの時間で、バジルを5枚ほどざく切りに。こういう風味付けになる物は少し多いかなと思うくらいが、案外適量だったりする。

 概ね炒まったらパプリカを追加する。なお、「炒まる」という表現は文法的には間違っていないが、日常的な日本語とは言えない。しかしなぜか料理本や料理番組では時折目にする独特の表現だ。「火が通ったら」と言い換えるべきだったが、反省のためにそのままにしておく。


 適当な器に合わせ調味料を作る。酒多め、オイスターソース多め、砂糖少し、醤油ちょっぴり。

 大さじ小さじを使えとか、ガパオライスなのにナンプラーを使わないのかとか、読者の皆様も多々思うところがあるだろう。だが、きちんと他の器で合わせているという点をまず褒めてほしい。普段の私だったらボトルからフライパンにじゃぼじゃぼと感覚で直入れしていた。自炊料理なんて自分が満足できる範囲で大雑把に作ってしまえば良い。分量をきちんと量るのはお菓子かパンを作る時、あるいは料理初心者だけだ。

 そんな初心者が読者にいたら困るのできちんとした量も書いておこう。酒とオイスターソースが大さじ1、砂糖は小さじ2、醤油は小さじ1だ。これも感覚になるが、オイスターソースが入る分醤油は1だと多いかもしれない。味を見て適宜調整してほしい。

 ナンプラーだが、そんなものは一般のご家庭にはない。いや、あるかもしれないが冷蔵庫の肥やしになっているご家庭が大半だろう。事実私ももう二度と使わないような調味料をたくさん飼育している。中華唐揚げに使った五香粉、ピクルスのために買ったジュニパーベリー、もはや何に使ったのかすらわからない蟹酢……。だからニッチな調味料やスパイスはもう買わないことに決めたのだ。汎用性の高い物のみを買い、代用する。

 その点オイスターソースは良い。野菜炒めに醤油の代わりに入れるだけで旨味がぐんと増す。中華料理ならかなりの頻度で召喚されるし、消費も容易だ。

 なお秋田県民であればナンプラーの代わりにしょっつるがそこそこ使える。秋田を第二の故郷にして久しい兄からの情報だ。どちらも魚醤である点は同じで、違いは香りだそうな。


 合わせ調味料を回しかけ、ざっくり混ぜて火を止める。すぐにバジルを足し、余熱でしんなりさせている間にご飯を盛る。上に具材を載せて完成……と言いたいところだが、まだひと手間必要だ。

 先程のフライパンを再度熱し、卵を割入れて目玉焼きを作る。硬さはお好みだが、私は半熟が好きだ。それも黄身がほぼ生で、白身には透明な部分が残っているような半熟。

 卵を焼き始めて約30秒で、私は過ちに気がついた。このままだと目玉焼きがフライパンにくっつき、剥がせなくなる。ひき肉を炒めた油がまだ残っているし大丈夫だろうと考えたのが仇となった。目玉焼きは熱いフライパンに油無しで入れるとすぐにくっついてしまうのだ。

 慌てて木べらで底から離そうとするも、後の祭り、ハンプティダンプティ。割れた卵は元に戻らない。泣く泣く黄身の破れた目玉焼きを載せる。そこまでが上手く行っていたぶん、失敗を見せつけられて落ち込んでしまう。

 自分の機嫌を取るためにバジルの葉を追加で2枚ほど飾ってみた。けれどもそれは目玉焼き以外の完成度を高めるのみで、悲惨な光景はギャップによりむしろ悪化した。


 蚤の市だかの露店で買った木匙で、ヤケクソに掻き混ぜる。行儀が悪いが、食べるのはどうせ私一人だ。このやるせなさも悲しみも、他人と分かち合えず、ガパオライスにぶつけるしかない。

 口に入れれば当然のようにそれは美味だった。噛めば溢れる肉汁と野菜の旨み、とろけるような黄身と白米が混ざり合う。ご飯より多めに具材を炒めておいたおかげで、丼物特有のペース配分にも困らない。

 この嬉しさや楽しみを自分一人で独占できる。悲しみも楽しみも、どちらも自炊料理の特権。それをたっぷり味わった夏の朝だった。

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