第8話 肝試し
小学校に夜が来る
あれだけ沢山の雨が降ったのに校庭に水溜まりは残っていなかった
水捌けが良いのか、不自然なほど
俺と優は校舎を周り校庭にテントを張ることにした
(俺が無理やり引き留める形になったが)
急な思い付きだったが車には常にキャンプ用品を積んでいるのが役に立った
焚き火台を出し、近くのスーパーで食材を調達してくる
今夜はバーベキュー
最初はやる気なさそうにしていた優だったが、焼きマシュマロを食べたいという理由でだんだんとテンションが上がっている様子
辺りを見渡し昔を懐かしむ
校庭はこんなに狭かっただろうかとか
プールをみて、水着があれば泳げたのに、そういえば裏の壁に落書きしたなとか
体育館、ドッヂボール懐かしいな球技は苦手だったから避けてばかりだったが
校舎には明かりはついていない…中の様子が気になる
「飯食ったら校舎の中で肝試しする?」
この一言でだんだんと上がっていた優のテンションは終わりを迎える
「なぜ?」
「いや、ほら夏っぽいし、楽しいかと」
「この世界に夏という概念は無いよ」
…察してくれ。
「あれ?まさか優さんお化けとか信じてるんですか?」
安い挑発だ、俺からすれば遊園地の着ぐるみや歩くマネキンの方がずっとホラーなのだが
「上等だ!コラ!お化けがいたら仲良く添い寝してやるよ!」
ビールを一気に飲み干しそう言い放つ優に俺はこれから姐さんと呼ぼうかと思うほどの漢らしさを感じていた
そんなこんなで飯を済ませ、嫌がる優と肝試しに行く事に
ただ単に嫌がる姿がちょっと可愛いなと思っただけではない、肝試しでもしながら優と話がしたかったのだ
優と金城さんの事
俺の記憶の事
聞きたい事は山のようにある、何度かそれとなく聞いてはいるのだが
「全て思い出したら教えてあげる」
の一点張り
俺もまだ優に遠慮をしている部分もある、打ち解けるきっかけになればとの考えだった
ランタン片手に夜の校舎の中へ
冷たい空気が淀んでいる
四階建ての校舎、一階左手には給食室、放送室、視聴覚室、職員室
右手に理科系、保健室、図書室、多目的室
階段は左右の突き当たりと中央に計3箇所
二階より上は教室の他にはコンピューター室や音楽室
とりあえず一階の角から進んで突き当たりにある階段を交互に昇り全ての部屋を見て回る事にした
「まずはどっちに進むか」
今いる場所は中央階段前、校庭に出る入口と昇降口から正門に出る入口に挟まれた渡り廊下に立っていた
「どっちでもいいよ」
先ほどまでの威勢はどこに行ったのか優が答える
「じゃあ、給食室から調べてみるか」
入口から離れると途中明かりは一切なく、遠くに見える突き当たりの階段にある天窓から一筋の月明かりが落ちるのみである
2人分の足音がコツンコツンと廊下に響く
お化け屋敷などあまり怖がるタイプの人間ではないが、こうした雰囲気は暗闇からいろいろな想像を膨らませ、足取りを重くさせる
ただ、その感覚は嫌いじゃない
「給食室はシャッターが閉まっているか」
シャッターには子供達が書いたのだろう楽しげな絵が書いてある
太陽の下麦わら帽子に虫採り網、辺り一面ヒマワリ畑
「じゃあ、ここからスタートして今来た道を戻りながら各部屋を回ってみよう」
優は酔いも完全に覚めてしまったのだろう、不安げな表情を浮かべ俺の服を掴んで離さない
まるで子供のようだ
特に何も起きる事なく
放送室、視聴覚室、職員室と順番に進んでいく
当然というか、この世界には生き物の類いは俺と優を除いて存在していないはずである
そんな中何かが起きるかもしれないと思う事がおかしな事なのだろう
そんな状況で、もし何かがあるとすれば、この世界独特の現象によるものになるのだろうか
「このまま進んでも、何も起きそうにないね、怖い話でもしようか」
明らかに優が怪訝そうな表情になる
だが人の嫌がる事が大好きな俺は構わず続ける
「怖い話っていうか、思い出した記憶なんだけど」
そう前置きして
昔の俺はさ、周りの大人から変な事を言う不思議な子供って思われてたんだと思う、今でもその自覚はあるけど
幽霊が見えるとか霊能力があるとか、そんな事言うつもりは無いけど、身の回りで不思議な事が沢山起こってて、その度にこんな事があったあんな事があったって言ってたんだけど、母親がいない事もあって周りの関心を引きたいんだろってコソコソ周囲から言われてたんだ
自分じゃ、ただ体験した事を言ってただけなんだけどな
例えば実家の壁から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたり、真っ白な壁に人の形をしたシミが浮かんできたり
トイレからお経が聞こえてきたり
誰もいない2階から子供の走り回る足音はしょっちゅう聞こえてきていた
それが俺の日常で、他の人の普通が小さい頃の俺には分からなかった
そこまで言って優を見る、言葉にならない青ざめた表情
中学三年になった頃だったと思う、この頃が不思議な力の絶頂期で同時に不思議な体験の終わりの時期でもあるんだけど
なんて説明すればいいのかわからないけど、あの頃の俺は確かに誰かに守られていた気がする
頭で考えてる事とは全く違う事を口が勝手に喋り出して、先生に怒られずに済んだり
後ろから車に轢かれそうになった時に体が勝手に動いて避けていた事もあった
もう1人自分がいる感覚っていうのか、ただ勝手に体が動いた後はいつも助かってたから、俺すげーくらいで特に気にしてなかった
そんな事を普段会話もしない父親に話した事がある
「そんな事ある訳ない」
冷たい口調だった
俺はおかしな事を言っていたんだって理解した
その父親の一言から一切不思議な体験をする事はなくなった
今思えばその父親の一言に救われてもいたのだろう
ただその時の俺は、父親の冷たい一言がショックで在るがまま、感じたままに生きてはいけないのだと深く傷ついたのを覚えている
優は相変わらず俺の服を掴んでいるが、歩き出した最初の方よりだいぶ緊張は解けたようだ
大人になってから母親と会う事があったんだけど、母親も霊感があったらしい、その事を父親が知っていたかはわからないけど、だんだんと母親に似てくる俺が嫌だったんだと思う、男を作って相談もなく消えてしまった母親の事を多分、未だに恨んでいるんだ
俺のように
不思議な体験
今の状況もかつて俺が持っていた不思議な力と関係があるのだろうか?
一階を調べ終わり二階を歩いていた、相変わらずとして特に何も起きそうにない
一年生の教室
この教室で俺と金城さんは出会った
黒板の前と一番最前列の席にマネキンが一体ずつ
真っ暗な教室に木製のマネキンが置かれているだけで一瞬足がすくむほどの雰囲気がある
優は特にマネキンに対して怖いとかは無いらしい
案外すんなりと近づいていく
流石に暗いままでは怖いので部屋の明かりをつける
よく見ると黒板の前に立っているマネキンは鍵盤ハーモニカを持っていた
どうやらこのマネキン達は俺の記憶がある所に現れるらしい
この場面は
俺が金城さんを好きになった瞬間だ
1人1人、前に出て鍵盤ハーモニカを吹く、そんな音楽の授業中だ
楽器の演奏は自信があったんだ
ただ彼女が一番前の席じゃなければ…
前に出て目があった瞬間覚えた音楽を忘れていた
頭の中は真っ白になり、演奏はボロボロだった
そんな俺をみて金城さんは身振り手振りで吹きかたを、どこの鍵盤を押せばいいのかを教えようとしてくれる
そんな一生懸命な彼女を見て俺は彼女を好きになっていた
一瞬の間があった
「何か後悔があったの?」
その質問の意図が一瞬解らず俺は答えられずにいた
「特に何かあった訳じゃない、ただあるとすれば、彼女の前でしっかり演奏出来なかった…とか?」
自分でも自覚していなかった後悔
マネキン達は俺が後悔している場所に現れるのだろうか
優は俺よりもこの世界を知っていて、俺の無くした記憶を取り戻そう、過去の後悔を無くそうと導いてくれる
「じゃあ、はい!」
鍵盤ハーモニカと楽譜を渡された
「…楽譜も読めないし、もう何年も楽器なんて触ってないんですが」
「大丈夫、私が教えてあげる」
不意に近づく距離
あの時と一緒だ
初恋の彼女と優、確かに一度は別人だと考えたはずなのに
「優…君はいったい誰なの?」
俺の口は自分でも考えていなかった事を口走っていた
何故あんな事を訊いてしまったのか
優は優で良いはずなのに
「だから、全部思い出せたら教えてあげるって」
少し困ったような、呆れたような表情
「君は本当に俺の初恋の人、金城優さんじゃないの?」
優が俯く
咄嗟に自分の口から出た言葉に後悔していた
しばらくの沈黙
「違うよ、私はカラッポだもん」
俯きながら優は言った
次の瞬間マネキン達がケタケタと笑い出し立ち上がり頭だけをこちらに回す
何が起きたのか分からなかった、わからないけどそのマネキン達が急に怖くなり、俺は優の腕を掴み走り出していた
カタカタケタケタというマネキンの歩きながら笑う声
教室から出て中央階段を目指す
どこに隠れていたのか、他の教室からもマネキン達が音と共にゆっくり走りながら追いかけてくる
階段を転がるように降りていく
「とりあえず一回外に出よう!」
俺は声を張り上げ掴んで一緒に走る優を振り返る
その視線の先に優はいなかった
掴んでいたのはマネキンの腕
刹那マネキンがケタケタと笑い出す
「うわっ!」
驚く事なんて大人になってからは無いと思っていた
気がつけば無数のマネキンに追われている
中央階段を降りた先には先ほど入ってきた入口がある
とりあえず外に出ようと入口を開けようとするが、ビクともしない
「優ー!優ー!!!」
叫ぶ
マネキン達がぞろぞろと中央階段から降りてきていた
「だめだ!」
正門に続く出口も開かない
優も見当たらない
咄嗟に給食室の方向に走り出していた
職員室、放送室の前の廊下をランタン片手に走り抜ける、暗いなんて言ってられない
走り抜けたすぐ横から扉が開き、マネキンがケタケタと這い出してくる
「…いったいどこに隠れてたんだ!」
「優ーー!!」
相変わらず返事がない
給食室のシャッターがランタンの光に照らされる
ヒマワリ畑の絵は真っ赤に染まっていた
心臓が止まるかと思うほどギョッとした
後ろからはマネキン達がケタケタケタケタと相変わらず笑いながらついてくる
逃げ道は再び階段を登るしか道はなかった
息を切らしながら、階段を駆け上がる、どこまで行けばいいのか
どうやらマネキンは階段を登るのは遅いらしい
4階まで来た時にはマネキンの笑い声は聞こえなくなっていた
目についた教室に逃げ込む
5年1組
マネキンはいないようだ
息を落ち着かせよう
そう思った矢先だった、廊下からカタカタという足音
俺は咄嗟に掃除ロッカーの中に隠れていた
どれくらい隠れていただろうか
音は聞こえないが、外の様子もわからない
優は大丈夫だろうか…
俺があんな事を訊いたから…
後悔と不安に押し潰されそうになる
これからどうすればいい、武器を持ってマネキンと戦うか?
俺だって一応剣道2段持ってるんだ、弱かったけど
それとも、どうにか外に…
いや、優を放っておけない、探さないと
そんな事を考えていた時だった
ガラララと扉の開く音
刹那心臓が締め上げられるような緊張
カタカタという足音
こうなったら戦うしかない
覚悟を決めた瞬間ロッカーの扉が開く
満面の笑みを浮かべた優が立っていた
後に優に聞いた話では、この時の俺の表情は絶望に震える子犬のようで、最高に笑えたそうです
「えっ…?な…」
言葉が出なかった
「怖かった?」
「き」
「も」
「だ」
「め」
「し」
これ以上無いほどの彼女の笑顔だった
「優ー!優ー!って叫ぶ表情最高だったね~♪」
優の横にはすっかり大人しくなったマネキン
「この子達に協力してもらって、肝試し盛り上げてもらったんだよ」
協力してもらえるものなのか…
怒りも感じなかった、ただただ虚無感…
最後に優は
「人の嫌がる事はしちゃダメだぞ♪」
と言っていた
その後魂の抜けかけた俺を引き連れ、鍵盤ハーモニカを練習する事になる
曲は「ドレミの歌」
優の教え方が上手かったのか、俺はあっさりと曲をマスターしていた
マネキン達は優に会釈をして帰っていった
どうやら俺は優という人物を勘違いしていたらしい、俺の初恋の彼女がこんな恐怖の肝試しを仕掛けてくる訳がなかった
間違いなく、あんな事が出来るのは俺以上に性格が悪くないと出来ないだろう
今日から俺は優の正体を無理に知ろうとしたり、嫌がる女性を肝試しに連れていったり、ましてや怖がらせるような話をする事は無いと思う
それほどのホラー体験だった
こんなに驚いたのはいつ以来だろう?いやこんなに驚いた体験は産まれてから1度もない
ただ終わった後だから言える事だが、楽しかった、次は優を泣かせ…やっぱり辞めておこう
まだ死にたくない
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