第7話 小学校

翌日

前日の疲れが残っていたのだろう、俺も優も寝過ごしていた

遊園地近くのホテル、リゾート地という事もあり普段なら決して泊まる事は考えられない程の高級ホテルに一泊

普段ならボロアパートの寝慣れた布団までイソイソと帰っていたハズだ

それが気軽に高級ホテルに泊まるなんて、余程疲れていたんだろう、この世界ならではの贅沢と言っていい、ただ根が貧乏性の俺はこういった環境の変化を素直に満喫出来ずにいた

基本的に俺は神経質なのだ、枕が変われば当然眠れないし、お風呂は広い方が気持ちいいが、無駄に広い部屋はソワソワとして落ち着かない


食事もビュッフェ形式で用意されていたが、とても2人で食べきれる量ではなかった

食べなかった、あの料理はいったいどうなってしまうのだろうか…今さら考えた所で今に始まった事ではないのだが

そんなこんなで昨日は疲れていたのになかなか寝つくことが出来ず、お酒の力を借りてしまった


優もそうだったのかはわからないが、相当このホテルのベッドが気に入ったのか?なかなか起きれずにいる様子だった


しかし、こんな世界で何か慌ただしく動くのもやはり、勿体無いのだろう、元の世界に戻る事が出来れば、また慌ただしい退屈な日常が待っているはずなのだから

今はただ、非日常を楽しむべきなんだろう


結局ホテルを出たのは午後2時過ぎだったと思う

雨が降っていた

車に乗り込み

「で、罰ゲームはどこまで行けば?」

「うん、私案内するからその通りに進んで」

だらけ疲れたような声で優が案内していく


辺りの草木はすっかり元通り生え変わっていた

つい一昨日の砂漠のような光景はなんだったのだろうか、草木が枯れるのも一瞬なら生えるのも一瞬

この世界の循環のスピードには驚くばかりだ


「この歌手誰だったけ」

「aiko」

「あーいい曲だよね」

こんなやり取りも車の中で恒例になりそうだ


雨が強くなってくる

傘を積んでいて良かった

優の案内で一時間程進んだだろうか、だんだんと知っている道に進んでいた

進む程に大きくなる鼓動

俺の地元、産まれ育った街

着いた先は母校、小学校だった

何故優は俺の小学校を知っているのだろうか、どこまで知っているのだろうか

まさか…

不安と期待

雨の小学校、苦い想い出が一瞬で駆け巡る


「何で俺の小学校?」

答えは分かっていたと思う、意地の悪い質問

「昨日忘れてる事思い出すって、千恵美ちゃんに会うんでしょ…だったら君の事最初から教えてよ」

「教える……」

「君は覚えてるはずだよ、きっかけが必要なだけ…だから、ゆっくりでいいから」

消え入りそうな、か細い声だった、その声の裏から悩み、覚悟の表情が見え隠れする

その優の不安を覚悟を無駄にしたくなくて俺は歩を進ませていた


2人傘を広げ、正門を跨ぐ

昇降口

小さな二段の階段

足が止まる


階段の先には雨宿りをするように背の低いマネキンが校舎の入り口を隔てて左右に一体ずつ並んでいた

顔の無いマネキンがこちらをまっすぐ見つめてくる

すぐに理解出来た

このマネキンは俺だ

俺の小学校の記憶はこの一瞬が全てだったと言っていい

他の楽しかった思い出など、長い時間に薄められぼんやりと消えていくなら

この瞬間だけは写真のように脳裏に焼き付いている


小学一年生

俺と金城さんは同じクラスだった

うるさく騒いでお調子者の俺

学年の中でも一番可愛く優しかった金城さん

俺は金城さんが好きだった

好きになった理由は簡単な物だった、ちょっと優しくされたから

小学一年生なんてこんなもんだろう

要は恋に恋するチョロいガキだった

そんな俺はクラスではバカみたいに騒いでいたけど、彼女の前では緊張と恋に奥手な性格も相まって一言も話しかけられずにいた


その日もこんな雨の日だった

帰りの時間

急な、どしゃ降りで傘を忘れた彼女がこのマネキンのように立っていた

俺は傘を学校に常にほったらかしにするような子供だったから本当は傘を持っていたんだけど、傘を忘れた振りをして、入り口を挟んで一緒に並んでた


本当なら傘を貸してやるとかすれば良かったんだけど、その時の俺は声をかける勇気がなかったんだ


ただ何か会話がしたくて

少しでも一緒にいたくて


そんな時、彼女が「何か」声をかけてくれたんだ

「――――――」

その言葉を俺は緊張からか、雨の音のせいか聞き取る事が出来なかった

「えっ…」

「――――――」

「えっ…?」

彼女はちょっと呆れたような笑みをこぼして会話は終わっていた

もう一歩彼女に近づく勇気があったら


この時聞き返す事が出来たら


何か変わったのだろうか…


雨が上がる時間を待っていたのは10分くらいだったと思う、あっという間の時間、ずっとこの時間で小学生の俺は止まっている


その後の俺は小学校6年間、片思いをし続け金城さんに声をかける事も無く無為に時間を過ごしていく

そんな金城さんは小学校6年生の夏、転校してしまう


どこに転校していったのか、調べる方法はいくらでもあったのだろう

ただ俺は見たくないんだ、知りたくない


彼女が幸せそうにしている姿を


これが俺の小学生だった頃の記憶


優は静かに俺の話を聴いていた

そしておもむろにマネキンに近づいて頭を撫ではじめた


雨が強くなる

俺の方を振り向く優

「―――――」

あの時の金城さんと優が重なる、胸が高鳴る

もしかして優は…

自然と一歩が踏み出せていた

「今なんて言ったの?」


「ヒミツ」

「でも…良かったね、今の一歩分あの頃より成長したみたいで」


誰に分かるハズもない、俺だけが感じていた氷のように冷たく固まっていた時間は優のそのたった一言で動き出していた


雨が弱まり夕暮れ時

マネキンは2人並んでカタカタと音をたてながら歩いていく

その背中をただ見送った


「分かってたんだ、誰しも苦い青春の記憶のひとつやふたつ持ってる事くらい」

それでもみんな今を生きている

こんな事忘れて逃げていい訳がない

この記憶も大事な自分なんだから


思い出す度締め付けられていた想い出は今日が最後になるだろう

優、君のおかげで

「ありがとう」

小さく呟く

「えっ?なになに!今ボソッっと!」


「ヒミツ!」

「今日は学校の校庭でテント張って寝ようか」


「えーホテルがいいなぁ」


「大丈夫大丈夫!最新のアウトドアグッズなめたらアカンよ!」


「じゃあ罰ゲームとして――」

「―――――」


「―――」

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