第6話 遊園地
ホテルから2人で出て車に乗り込む
「で、行きたい場所って?」
「遊園地」
「へっ…?」
何故、この状況で遊園地に行きたいのか彼女の意図を計りかね妙な気の抜けた声が出てしまった
「わかんないの?デートよデート!」
こんな場面を千恵美に見られていたら、修羅場とは行かないまでも、多少のケンカは避けられそうにない…
千恵美は俺が浮気をする度胸も器用さも持ち合わせていない事を知っている
それどころか俺には千恵美に対して恩がある、いやお互いにか、お互いが、どちらか一方が欠けてしまっていたら今現在まで生きてはいないだろうと確信するほどの恩
それが互いに楔を打ち込み、互いを生かしている
故に嫉妬の目を向けられる事はあっても、致命的な修羅場にならない自信はあった
信頼している、などと薄っぺらな事を言うつもりはない、これは呪いだ
俺と千恵美の夢
「どんな結末を迎えようとも一緒に死ぬ」
そう2人で決めている
「千葉県某遊園地か、高速使って30分くらいかな…」
「よし!20分で行こう!レッツゴー!」
「遅れたら罰ゲームだよ?」
「…!!」
かなり飛ばしていた、俺は罰ゲームという物が特に嫌いなのだ、あれは一見公平そうに見えるがそうではない、その実一方的かつ、暴力的に他者を貶める、いわば一種のいじめの延長線上に位置する…
「はい10分経過~」
「うおぉ~~~~!!!」
信号などは最初から無視していたが20分は厳しそうだ
「ねぇねぇ、このCDのバンド誰だっけ?」
(えーと……)
「BUMP OF CHICKEN!!」
「あっ!もしかしてアレUFOじゃない?」
「マジで!?」
姑息な妨害にあいつつも俺は走り続けた
車から降りた時のタイムは25分55秒
間に合わなかった
「近くまではついてたんだよ?ただ入り口が分からなくて、もたついちゃっただけで…ね」
「うーんアウトー」グッ!
「やっぱり判定甘くしても入場ゲートくぐるまではタイム内だよね」グッ!
「判定厳しすぎませんかね…絶対に間に合わないヤツや…」
俺の事を気遣ってくれてたのだろう、堅苦しいのは苦手だ、こんな些細な事でも多少打ち解けられたと思った
そんなこんなで千葉県某有名テーマパークについたのでした
「しかし、いろんな意味で危険な匂いがプンプンするなぁ」
入場ゲートを前に俺は呟く
俺の意思は無視してさっさとゲートをくぐり手招きする優
「はやくはやくー」
ゲートをくぐるとお馴染みのマスコットキャラクター達がお出迎えしてくれた
大きく手を振ったり、ジャンプしたり
(着ぐるみの中はどうなっているんだ…)
その事しか考えられなかった
楽しそうにマスコットキャラに触ってみたりとはしゃぐ優
「ね、ねぇ…その中は…どうなってるの?」
「えっ?中?何が?」
どうやら優は本当に意味が分かってないらしい
「ほら、着ぐるみの中の人…」ボソッ
「中の人なんていないよ」
声のトーンを変え冷たい目で冷たく吐き捨てる
同時にキャラクター達もピタリと動きを止める
二つの意味で怖かったが優はどちらの意味で言ったのだろう
俺はそれから先、その事に触れる事は出来なかった
俺もキャラクター達と握手をしてみたが、でかいスポンジかスライムのような感触で確かに中に人はいないのだろうと思う
あの着ぐるみを脱がしたらどうなるのか非常に気になるが、同時に絶対に見てはいけないのだろうと、見たら最後俺は優にもキャラクター達にも殺されるかもしれない
「凄いねー貸し切りだよー?」
先ほどの冷たいトーンは消え、キャラクター達に案内されるままに歩きだす
「あ、あぁ…いやー久しぶりだなぁ、最後にきたのは千恵美と来て以来…」
優の横顔がふと暗くなった気がして言葉を濁す
「千恵美ちゃんと仲良かったもんね」
優は千恵美の事を
俺の事をどこまで知っているのだろうか
この時、優の笑顔が俺には作り物のように見えて、口元まで出かけた沸き上がる沢山の疑問を胸の奥に押し戻す
そんな俺から出てきた言葉は自分でも意外な一言だった
「よし、今日は思い切り遊ぶか!」
俺の一言に呼応し優が、うんと首を縦に振る
その後絶叫系アトラクションを中心に5時間ほど連れ回され、俺の体力は限界を迎えた
人がいないと、必然アトラクションの待ち時間も無い、子供の頃はアトラクションの行列は退屈な時間で長く感じたものだが
大人になると待ち時間は貴重な休憩の時間だと認識を改めざるを得ない
30を過ぎてからは体力の衰えを感じ始めてはいたが、まさかここまでとは
ベンチに腰掛け空を仰ぐ
優はそんな俺を見かねて飲み物を買って来ると走って行ってしまった
(優は元気だなぁ…初恋の金城さんと間違えてしまったが、まだ20歳前後だろう…こんなおっさんの同級生と間違えられるなんて、失礼な事を言ってしまったかもしれない)
空が青から綺麗な夕暮れに染まる…
こんな天気の日はいつも憂鬱だった気がする
ふと気になって財布から運転免許を取り出す
俺の名前も写真も、ぼやけてしまっていた
自分はもう誰でも無いのかと少し気持ちが楽になった気がした
少し落ちついて今の自分の状況を考えてみる
元の世界に帰るヒントを求めてホテルに行った
ホテルには優がいた
俺の記憶はなくなっていた
俺の記憶は優が知っている
俺の記憶が戻れば、何故この世界に迷いこんだのかも、もしかしたら帰る方法も思い出すかもしれない
だが俺は本当に記憶を取り戻したいのか
元の世界に帰りたかったのもただ孤独だったからなんじゃないか…?
何故、優と俺はあんなホテルに一緒に居たんだ?
まさか…俺が千恵美以外の女性と…いやいやないない…
だめだ、別の事を考えよう
(今日一緒に優と過ごしてみて、優と金城さんはやっぱり別人なんだろう、俺は心のどこかで優が金城さんならいいなと少し期待していたのかもしれない、そんなハズは無いのに)
いつからだろう、他人の眩しさに嫉妬するようになったのは
明るく優しい人間、前途有望、才気ある若者、苦しい事も辛い事も知らずに生きてきた人間
そんな人を見る度に俺の心は黒く汚れていった
この世界に来る前の俺なら優を見て嫉妬に駆られ、冷たい態度を取っていたのだろうか
今なら俺と同じ立場になってしまった優に共感や同情を覚え、対等に接する事ができる気がするが
こんな状況にならないと俺は変わる事が出来なかったのかと同時に自己嫌悪になる
「お待ちどー様ー!」
相変わらず明るい口調で飲み物を渡される
今ならその明るい口調にも救われている自分に少し苦笑いをしてしまう
「ありがとう」
一息つき優が話し始める
俺はうんうんと適当な相づちをしながら会話が流れていく
優がたまに笑ってみたり、ちょっと怒ってみたりと感情の緩急
俺は笑えていただろうか、仏頂面していなかっただろうか、俺の感謝の気持ちは優に伝わっていただろうか
他愛の無い会話の終わり
しばらくの沈黙
「…何か聞きたい事があるんじゃないの?」
優も切り出すタイミングを計っていたんだと思う
「…あぁ」
俺は臆病だと思った
「名前の事とか」
今日1日一緒にいて優は俺の事を名前で呼ぶ事はなかった
気を使っていたんだと思う
「俺の名前は別に思い出さなくていい…かな」
優にとって意外な一言だったのかもしれない
「名前忘れちゃってさ、ちょっと安心してる自分もいるんだよ」
無理に笑い言葉を絞り出す
「俺、自分の名前嫌いなんだよ、キラキラネームとかじゃないと思うけど」
(こんなに大変だっただろうか)
「親につけてもらった大切な名前なんて言うけどさ」
(相手に自分の考えてる事を理解してもらおうと言葉を紡ぐ事が)
「俺は小さい頃から母親はいないし、父親とは数える位しか喋った事ないし」
優はたどたどしく喋る俺を静かに見守っていた
「だからさ、名前呼ばれると親の事思い出しちゃって…」
(俺の事なんて全て理解出来る訳がない)
言葉が続かなかった
「私もさ…君の前の姿見てたら…思い出した方がいいなんて、考えられなくて…」
「だから、ごめん…私もどうしたらいいかわかんないよ…」
謝らせてしまった、本当に謝らなければならないのは俺なのに
「もう何も思い出さなくてもいいんだよ?この世界で一緒に暮らそう?」
その言葉が俺には悪魔囁きのように、罪悪感で胸を締め付ける
駄目だ…千恵美の元に帰るんだ
本当に帰れるかも分からないのに…?
答えが見つからない
なんて返事をしたらいいのかなんて…
「…そうだ、お腹減ったよな!朝からポップコーンとチュロスしか食べてないしな!」
本当に臆病だと思った、結論を先送りにして
「…そうだね、何か食べよっか」
パンフレット片手に歩きだしていた
「この食べ放題の店行ってみたい」
「じゃあ、どっちが沢山食べれるか罰ゲーム取り消しをかけて勝負」
「私女なんですけど」ずるーい
「男女平等!」
大食い対決は俺の完敗だった…
若者の胃袋には勝てなかった…
その後疲れきっていた俺の事を考えてか、お土産を見ていく
ふと立ち寄ったお店でなんとなく並ぶ商品をゆっくり歩きながら見ていく
子供の頃はキレイなガラス細工や美味しそうなお菓子に目を奪われていたが、大人になったのか、物欲が無いのか何を見ても心踊る物が見当たらない
その中でふと足が止まる
ショーケースの中に並ぶ指輪
前にこの遊園地に来た時に千恵美に安物だったが指輪をプレゼントした事がある、3千円位のシルバーの指輪だ、俺も千恵美も常に金欠だったのでその時はかなり奮発して買った記憶がある
その当時は結婚したてで、結論指輪もプレゼントしていなかった、もちろん結婚旅行に行く時間もなければ、お金もなかった
そんな時たまには一緒に出掛けようと一緒に来た遊園地
お互い後で振り返った時に形で残る物が欲しかったのだろう
結局そのシルバーの指輪は千恵美のものぐさな性格の為に失くしてしまうのだが…
沢山の指輪が並ぶ中にあの指輪と同じ物はあるだろうか
しばらく眺めるが、当時買った時の記憶はあるが、指輪がどんなデザインだったかが思い出せない
「ん?指輪?」
そんな俺に気付いて優が声をかける
「あ、いやいいんだ別に…」
「なるほど…奥さんを思い出していた…と」
本当に良い勘をしている
それとも俺が分かりやすい性格をしているのだろうか
「じゃあ私が奥さん役やるから、その時の事を考えてみよう」
「嫌、いいよ別に…」
俺は俺と千恵美の記憶に踏み込まれたくなかったのだろう、冷たい態度を取ってしまった
その時だった、マスコットキャラ達がパレードを始めて動き出していた
「あぁー!パレード始まっちゃった!先に行ってるね!」
あっけない会話の終わり
指輪にもう一度目をやり、千恵美に似合いそうな指輪を1つ取り出しポケットに入れる
その当時のとは違うだろうが、同じデザインだったとしてもやはり違う指輪なのだ、思い出せないなら新しい想い出にして持ち歩こう
この世界から戻った時に千恵美にプレゼントをする
その為の指輪
形として持っていないとすぐに揺らいでしまう弱い心の為の指輪
お店から出ると、夜空には花火が上がり、きらびやかなパレードの列
そのパレードと平行するように歩く優
優がはしゃぎながら大きく手を振る
ゆっくりと歩き近づく俺
終わりが近づいていた
「そうだ、最後にあれ乗らない?」
「スペースシャトル?」
「急いで急いで」
優が俺の手を引き走って向かう
高校生位なら青春のワンシーンになりそうな光景だが、1日遊び、疲れ果てているおっさんを引きずって走る姿は拷問に近い物がある
2人乗りのスペースシャトルの乗り物
前に優、後ろに俺
ヴゥーーーと大きな始動音と共に動き出し周りながら高度を上げていく
1番高い所に来た時、花火に手が届きそうな気がして
自然と手を伸ばしていた
風を切る感覚が心地よい
ふと見下ろせばパレードが飴細工のように輝きながらうねり行進していく
「こうやって、終わりの時間に乗るの好きだったんだ!」
優が風に負けないようにと声を張り上げる
「俺も!」
自然と声が大きくなる
こんな状況でも優が千恵美だったらと
昔一緒に来た千恵美がフラッシュバックする
(あぁ、簡単な事だったんだ、気持ちは固まったよ…もう迷わない)
「俺は千恵美が好きだー!もう一度会いたい!その為なら嫌な記憶でもなんでも思い出してやる!」
腹の底から叫んだのなんていつぶりだろう
「えー?きこえーなーい?」
顔は見えなかったけど、多分泣いていたんだと思う、泣き笑いながら優は前を見ていた
「嘘つけ!このやろ!絶対聞こえてるだろ!」
記憶を取り戻したなら俺は彼女に酷い事を言ったと謝る事になるかもしれない
それでも、今のこの気持ちに嘘はつきたくない
帰り道
車で優を近くのホテルに下ろす事に
どうやら優はこの世界ではホテルを転々として暮らしているらしい
「そういえば罰ゲームまだだったよね」
「はい…」
「じゃあ、明日も私の行きたい場所に付き合って」
「行きたい場所って…」
「それは明日のお楽しみ♪おやすみじゃあねー」
長い1日だった気がする
とにかく疲れた
「俺もホテル泊まろ…」
でも、久しぶりに笑った気がした
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