第9話 朝の会話

肝試しから一夜明け


俺は車の中で起床していた

優は校庭に張ったテントで一泊

昨夜、優から

「怖かったら一緒に寝てあげようか」プププ

などと冗談ぽく言われたが、はっきり言って一緒に寝る方が何をされるか分かったものじゃないので、丁重にお断りさせて頂いた


人の消えた世界の朝は空気が澄みきっていて気持ちがいい

キャンプ道具を片付ける前にテントの中の優に声をかける

意外にも既に起きていたようだ


お湯を沸かし、パンを焼きバターを塗る、一緒に目玉焼きとベーコンを焼いた

紅茶を淹れる、優にコーヒーを勧めるが優もコーヒーは苦手らしい

椅子に座り簡単な朝食

田舎の小学校という事もあり、周囲には手入れのされていない畑、雑木林が見える

お世辞にも良い景色の中オシャレな朝食とは言い難い

次にキャンプする事があれば湖の畔か川のせせらぎを聴きながらキャンプをしてみたい

朝食も終わり一息つく


「昨日マネキンに手伝ってもらったって言ってたけど、意志疎通なんて出来るものなのか?」

昨夜のバタバタの中聞く事の出来なかった疑問を優に問いかける

「あの子達はイタズラ好きだからね、きっと誰かさんの子供の頃もイタズラ好きだったんだろうね」

優に疑いの目を向けられる

否定は出来なかった…

「じゃあ、アイツらは何なんだ?この世界独特の生き物か何かなのか?」

単純な疑問だった

「うーん…鏡かな」

「鏡?」


「人の心を写す鏡」

「???」

ドラクエのマネマネ的なヤツなのだろうか

俺の過去の記憶を写す鏡…なんとなくはそんな感じだとは思っていたが

「なるほど…なんとなく分かった?ような」

腑に落ちない返答ではあったが、優は自信満々といった表情だ、深く追及はしない事にした

「優はこの世界について随分詳しいみたいだけど、どれくらい前にここに来たの?」

「えっ?私はずっとここにいるよ!20年以上かな?」

驚いた表情をしながら答えるが、驚いたのは俺の方だ

「20年以上!?」

「うん、生まれてからずっとだから…えーと25年…?かな」誕生日知らんけどと付け加えながら指折り数える


てっきり俺は優も元いた世界から来たと思っていたが

「25年…だと…?」

俺が小学校に通っていた頃から、優はこの世界にいた?

俺がいた世界とこの世界の時間の流れが一緒とは限らないが、そういう事だろう

「その間ずっと1人で?親は?」

疑問が止まらない

「1人じゃないよ!あの子達だっているし!親は…いないけど」

少し怒ったように答える

「ごめん」

親の事は無神経だったと思う、俺は口数が少なくなってしまった

そんな様子を見てだろう、優が逆に質問をしてくる

「私からすれば、外の世界がわからないけど、外の世界ってどんな感じなの?どうやって戻るつもりなの?」

外の世界という言い方に若干の違和感を感じた、優も戻る方法はわからないという事にショックを受けつつも、それはそうだろなという思い

「外の世界もそんなに変わらないよ、ただ人とか動物がいるだけで…」

「動物!いいなー見てみたいな!やっぱり猫とかかわいい?どんな触り心地?」

(見た事は無いのに猫とか知ってるんだな)

「あぁ、家で飼ってた猫でチョコって言うんだけど、そいつが凄く人懐っこくて…」

「知ってるよ!君が教えてくれたもん」

優は目を爛々と輝かせて俺の話を聴く

記憶を失う前の俺はずいぶんお喋りだったらしい、優はいろんな俺の事を知っている

千恵美の事を知っていると言っていたのも、おそらく俺から訊いたのだろう

沢山の事を話した、外の世界では仕事が大変だとか、料理は一瞬で出てこないとか、優はどうやって日本語を覚えたの?と訊けば、日本なんだし当たり前でしょ?など噛み合っていない会話もした、優は少し天然なのかな…と思いつつも

本当の意味でお互い打ち解ける事が出来た気がする


「外の世界に戻る方法か…とりあえず忘れてる記憶を取り戻しながら考えてみるよ、なんとかなるだろ」

優の事も多少知る事が出来て、前向きになる事が出来た、いや楽観的というべきか

「もしだよ、もし戻れなくて千恵美ちゃんに会えなかったら…」

優の言葉のトーンが低くなる

20年以上この世界にいたのだ、寂しかっただろう

孤独だっただろう

その先の言葉は容易に想像できた

たった半月程度1人だっただけで、俺は孤独だった、耐えられなかった、今だって優がいるだけで、どれだけ俺の心が救われているか

俺は外の世界に戻ると決意した、それが優にとって1人置いて行かれるという事だと、今になってようやく気がついた、俺は優の心を酷く傷付けていただろう

咄嗟の返事に困った

「あー…なんとなくだけど、戻れる自信だけはあるんだよな、もう2度と千恵美に会えないなんて思えなくて、だからさ…外の世界に行く方法が見つかったら…優も一緒に行こうよ!」

無責任な言葉だったと思う、戻る方法も何もわからないこの状況では

「…うん」

優は小さく頷き、少しの笑顔を見せた

無責任でも今はいい、それが希望になるなら

そう自分に言い聞かせた


荷物をまとめ、次の俺の記憶を探しに行く

場所は俺の実家

俺の記憶を探す上で絶対に外す事の出来ない場所だろう

優も納得してくれた

ただ、先にお風呂に入りたいとの要望

昨日は肝試しの後はすぐ眠ってしまったから、風呂には入っていない、俺もお風呂は入りたかったのでスーパー銭湯に向かう事にした

記憶が戻ったら、外の世界に戻る前に優と温泉に行けたらいいなと、ふと思う

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