第4話 優との出会い

何から書いていけばいいか



現実世界に帰る、千恵美に会う為

そう決断してこの家を後にしたはずなのに


俺は心のどこかでずっと迷っていた、この世界で生きていくか、現実世界に戻る方法を模索するか


いや最初から気がついていた

気がつかないフリをしていた

現実世界に戻る方法を、そのヒントは最初から持っていたのだから



この世界と俺を結んだ特異点


始まりの場所のホテルだ

必ずその場所に現実世界に帰るヒントなり答えがあると


俺は車に乗りホテルを目指した

空は赤く、木々は枯れ道路は風が運んだ砂が積もり、文明の灯りが悲しく反射する

改めて辺りを見渡すと不気味な世界に胸がざわつく

こんな世界になるまで、行動する事が出来なかった自分に苛立つ


気を紛らわす為、車内にCDで音楽を流す、人の歌声は録音から消えてしまっている

下手くそな歌声で自らを鼓舞した


車で10分、徒歩だと1時間位歩いた気がするが、あっという間だ、最初歩いた時は夜だった事もあり辺りを観察していなかったが、このホテルの外観はお世辞にも、綺麗とはいい難い、田舎の森の中にポツンと佇むラブホテル、塗装は所々剥がれ、真っ直ぐに垂れた水垢が建物自体の古さを物語っていた

廃墟と見紛うほどだ


本当にこの中に帰る為のヒントがあるのだろうか一抹の不安が過る


玄関の押し扉を開き、建物の中の様子を伺う

外観からは想像出来ないほど綺麗にされていたが、空調が動いていないのか、少しカビくさい

持っていたタオルを口に当て恐る恐る前に進む

ゆっくりと始まりの部屋の扉を開けた


ベッドには1人の女性が腰掛け、こちらを驚くでもなくただ見つめてきた


驚いていたのは俺だけだった、二週間ぶり以上に会う人間だ、咄嗟に声が出なかった


何故人が?―どこかで会ったような―まさか人がいるとは―綺麗な人だな―なんて声を―まさか幽霊?幻覚?


刹那脳裏に想いが駆け巡り、思考が停止



依然女性は反応も問いかけもなくただ見つめあう


沈黙が流れた


いや一瞬だったようにも感じる


ただでさえ人と会話をするのは苦手なのだ

ましてや綺麗な女性と会話をする事など我が人生とは無縁と断言していい


何か話さなくては


この、人と会話を始める瞬間が嫌いだ、電話も嫌いなら、街中でティッシュを渡してきそうな人に自分の進行方向だから仕方なく近づいていく瞬間も嫌いなのに、せめて相手から話し始めてくれれば…


沈黙は依然として続く


見つめあう二人


俺は意味もなくニヤリと笑ってしまった


あ、アカンもう現実世界帰りたくないかも…

これ後で後悔するヤツや…そんな事を考えていた


そして実際今、後悔しながら日記を書いている


「は、はじめまして~」

無難な挨拶の…筈だった…


「覚えて無いの?」


(!!!ごめんなさぁーい、やっぱり前に会った事あった人だったんだ、そんな気がしてたんだよ)


「あっ!もしかして二週間位前に介抱してくれました…?よね…?」


「…うん、その前から知ってるけど」


(人の名前と顔が一致しないんです!覚えられないんです!土下座)

(待て、思い出せ!確かにどこかで見覚えはあるんだ…必ずどこかにヒントがあるはず!本当に綺麗な人だ、ポニーテールも似あっている、優しそうな顔立ち…どことなく小学校時代に好きだった女の子に似ているような…)


「金城優…さん?」

口をついて初恋の人の名前が出てしまった

何故彼女の名前が出てしまったのだろうか、小学6年から20年以上会っていないのに


彼女は少し笑って

「それ、もしかして初恋の人?思い出したら教えてあげる」と全て見透かされているかのように言った

続けて

「だったら思い出すまで優でいいよ――――君」

俺の名前を呼ばれたのは理解出来た

刹那頭痛が走る

「ッ!!」

大人げなくも膝から崩れ頭を抱える


何故今まで疑問に思わなかったのだろう


俺の名前を俺自身が覚えていない事を


この世界がおかしいんじゃなく、俺自身が狂っているかもしれないと



気がつくと俺はベッドの上だった

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