蒼玉のイミタシオン quatre

「リュカ、来て」


 唐突な呼びかけにリュカは食器を片付ける手を止めた。声をした方へ顔を向ければ、主が書斎机で新聞を読み更けている。


「クリス様、また虚構ばかりの新聞を読まれているのですか」


 リュカの苦言にクリスは聞く耳を持たなかった。紙面を机に広げ、やっと、わかったよ、と声を上げる。

 リュカは小言を言いたいのを我慢して、指差す先を覗きこんだ。


 ――鉱山王 一家断絶――


「また、こんな露骨な煽り文句を」

「いいから、読んで」


 ――某日、『鉱山王』ヴァンクトリーヌ伯爵が監獄送りとなった。世界の半数の鉱山を有すると謡われた男も己の欲と身から出た錆に足をすくわれたようだ。稚拙なカラーストーンを本物だと偽り、貴族は愚か、王族にも虚偽を売り付けた。強欲で傲慢で狡猾な男の罪は密告者により暴かれ、裁かれる。爵位剥奪、一族離散となり、ヴァンクトリーヌ伯爵は終焉を迎える。先日結ばれた令嬢と公子との婚約も破棄された。彼の元で悪事を働いていたピエリック工房も取り潰しとなる。刑が執行されれば、麗しき紛い物イミタシオンも世に出ることがないだろう――


「また、のでしょう」


 新聞を読み終えたリュカの第一声はひどく冷ややかだった。

 クリスは肩をすくめ、素知らぬ顔で言い返す。


「言いがかりはよしてほしいな」

「そうでなければ、あの指輪だけで、あの職人を見付るなんてできるわけないでしょう」


 リュカは瞳に居座る感情を取り下げなかった。聞き分けのない主に反省を促すのも、自分の宿命だと思っている。

 観念したクリスは仕様がないだろう、見えてしまうのだから、と口を尖らす。

 従者は大袈裟にため息をついて見せ、やれやれと首を降る。


「厄介事が耐えませんね」

「それは嫌みかい?」

「クリス様は物好きですから」

「それ、そっくりそのまま君に返すよ」


 うろんげな瞳を向けられてもリュカは何処吹く風で冷笑している。その新緑の瞳に映るのは机に置かれた蒼玉サファイア。つい先日、名も知らない令嬢から預かった代物とはかけ離れた本物の逸品だ。


「彼女は騙されていたのでしょうか」

「本人もサファイアじゃないって気付いていたと思うよ」


 従者の問いにクリスも皮肉げに笑い、サファイアを持ち上げた。

 リュカは面白くなさそうにクリスの横顔を見返す。


「気付いていて、あえてサファイアと言う必要があるのでしょうか?」

「必要がなくても嘘はつける。それが人間ってやつさ」


 軽い口調に似合わない皮肉に言い返す者はいなかった。



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