剥製のマンショ quatre

 客を見送った青年は無表情の仮面を脱ぎ捨て、主を睨み付けた。


「腕がもげるかと思いましたよ」

「たいそうな物言いだね」


 クリスは肩をすくめて従者の苦言を受け流した。怨めしそうに半眼を向けられても素知らぬ顔だ。


「中身が何かいたのでしょう?」

「逆に訊くけど、わからなかったの?」

わらの詰め物オンパヤージュと言う認識でしたが、そうとは限らないというわけですね。勉強になりましたとも、ええ」


 青年は足音荒く部屋に戻り、食器は丁寧な手捌きで片付けていく。クリスから気品にかけるよ、とわざと大袈裟に注意され、わなわなと震えた。


「事情を話さない主もどうかと思いますよ」

「察せない従者もどうかと思うよ」


 立て板に水のクリスは青年に睨まれても機嫌が良かった。買い取ったばかりの骨董品を端から順に眺めていく。中には模倣品も混ざってはいるが、大切に使われている形跡があった。


「早くさばかないと骨董店ではなく、物置になります」


 青年は模倣品を愛しそうに撫でる主に忠告する。

 悪意さえ無ければ、模造品も文化だと言っていたのは当のクリスだ。鑑定士としては失格かもしれないが、愛にはいろいろな形がある。

 クリスは鹿の角でできた魔除けを撫でながら、歌うように応える。


「ちゃんと考えてあるよ。今回、世話になったリュビトレスク博士には礼として剥製オンパヤージュを見繕うつもり。あとはオンションモトール侯爵にも宝石を何点か。この呪いのタペストリーはエセ紳士に贈ってやろう」

「変質者にも物をくれてやるのですか」

「上客にここを紹介してくれたのは、アレだからね」

「変な客を連れてきたら、即刻、その場で、消滅させましょう」

「アレでも使えるときは使えるんだけどね。まぁ、いざと言うときは頼むよ」


 クリスの乾いた笑みにリュカは心得たと礼を取り、別室に食器を片付けに行った。

 残されたクリスは手紙をしたためるために椅子に座る。紙を取ろうとして、ペーパーウェイトに目を止めた。

 黄銅の平たい板には蔓模様と数枚の羽が彫られ、取手代わりの鳥が立つ。見た目は一番価値のある貴金属に似せてあるが、本物ではない。

 反対もしかり、外見と中身が違うものなんて、この世に溢れかえっている。

 肘を付き小さな体躯を椅子に預けた店主は、指の腹で落ちた羽の輝きをなぞった。

 今回の依頼品は何かと問われただけで、中身のことまでは求められていない。

 不粋でも世話焼きでもないクリスに言わせれば、剥製に価値があることなんて一目瞭然だ。善良な鑑定士として猫ばばしないだけの配慮を持ち、剥製を愛でる者として暴かれないように善処しただけ。

 父が詰め込んだ物があると、それとなく示したつもりだ。不審な行動やわずかにこぼしたほのめかしにも気付かないのであれば、自己責任の域になる。例え、、こちらに利が無ければ手助けしてやる義理はない。


L'amour des親の parents descend et ne remonte pas子知らずとは言うけれど――彼は、死ぬまで気付かないかもね」


 独りごちたクリスはペンを取る。

 父の想いなんて知ったことではなかった。

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