第2話

 11月20日、午前6時、起床。

 季節が過ぎ去って、寒さで布団から出たがらない姉を布団から出すのが冬の大仕事だ。だけど、その日の姉は私が起こさなくとも起きていた。


 今日は、第一志望大学の推薦入試の試験日だ。


 今朝の朝食のジャムは、マーマレードのはずだ。けれど、姉が用意したのは、私たちの誕生日の時にしか用意しない、家にある3種全てのジャムを塗った、3色ジャムサンドだった。

 「――姉さん、今日はどうして3色ジャムサンドを?誕生日ではないですよ?」

 「だって今日は、大事な入試の日でしょ?だからね、ジャムも全部塗って、エネルギーも気力も満タンで、挑まなきゃ」

 姉は昨晩、ゲン担ぎだと言って、かつ丼を食べたはずだ。それでも姉は、いつもよりも一生懸命に3色サンドを作っているように見えた。

 その姿に、私は冷蔵庫の中から卵を3つ取り出して、ボウルに割り入れる。

 試験は午前が筆記、午後は面接だ。途中のお昼休憩には、お弁当を持参しなければならない。

 姉は、お弁当に卵焼きが入っていると、いい日な気がすると言っていた。

 

 だから私は、卵焼きを作って入れることにする。


 私も願掛けをしたくなったからだ。


○●----------------------------------------------------●○


 12月18日。午前6時、起床。

 寒さが次第に厳しさを増していたけれど、その日も姉は、私が起こさなくとも起きていた。


 今日は、私たちの誕生日。


 そして、推薦入試の結果発表の日だ。


 姉は朝から落ち着きがなく。トーストを焦がしたり、誕生日だと言うのに、3色ジャムサンドではなく、いちごジャムトーストを作ろうとしたりするし、ハムエッグが焼いたハムとスクランブルエッグになる有様だった。

 私は姉の代わりに、3色サンドを作って、テーブルでソワソワしている姉の前に置く。

 「姉さん。落ち着いてください。まだ発表の午前10時まで3時間もあります」

 「落ち着けないよ……だって、これで落ちていたら……」

 「――大丈夫ですよ。あの試験問題なら姉さんは余裕で解けています。今まで一緒に勉強してきた私が言うのだから、間違いありません。それに、面接の練習もたくさんしたじゃないですか」

 「でも……」

 「大丈夫です。もし落ちていたら、次は一般入試で頑張ればいいんです」

 「……もし、マイだけ落ちて、アイちゃんは受かっていても、アイちゃんはマイを助けてくれる?」

 「もちろんです」

 「……ありがとう。アイちゃん。よっし、なんだか食欲が出てきたぞー!今日はマイとアイちゃんの誕生日でもあるんだから、3色ジャムサンドを食べよう!」

 「はい。姉さん」

 私たちは、皿から3色ジャムサンドを手に取って頬張る。姉はいつも通り大きな口を開けてかぶりついては、パンの端からジャムを落としている。

 私も3色サンドを口にする。

 11歳の姉が確立させた3種のジャムのルーティン。けれど1年365日のうち、2日余ってしまう日がある。そのうちお正月のお雑煮以外を埋めるための、誕生日の3色ジャムサンド。

 7年間食べ続けた朝食を、私はゆっくり噛み締めて食べる。


○●----------------------------------------------------●○


 朝食を片付けて、手持ち無沙汰になった時間を勉強で埋めている間に、発表時刻の10時になる。

 私たちは、ノートパソコンの前に受験票を用意して、合否発表サイトを開く。

 「……アイちゃん。お先にどうぞ」

 「こういう時は年功序列です。姉さんからです」

 「双子なのに?」

 「双子なのに」

 「うぅ……じゃあ、せめて番号はアイちゃんが」

 姉の受験票を持つ手が震えている。こんなに震えていては、キーボードを打つだけで苦労しそうだ。

 私は姉から受験票を受け取り、姉の受験番号を入力する。

 「姉さん。確認ボタンを押します。いいですね?」

 姉は深呼吸をして、頷く。私はマウスのカーソルを確認ボタンの上に持って行って、クリックした。

 モニターに映し出された結果は、『合格』の2文字だ。

 「……やった」

 「はい。やりましたね。マイ姉さん」

 「マイ……マイ合格したんだ!」

 「だから言ったじゃないですか。マイ姉さんなら大丈夫だって」

 「うん……うん……っやったー!!」

 姉は少し涙目になりながら、両腕を高く上にあげて、喜びを表現する。その様子に、私も自然と笑みがこぼれた。

 「これで、やっと……ママに会える。いつでも、どんな時でも!」

 幼い頃から、姉はこれだけを目標にしてきた。いつも、どんな時でも、研究に忙しい母に会うために、母の側に居るために、そのために姉は頑張ってきたのだ。

 その頑張りが、今、報われた。目標が今、花開いた。

 これでもう――。

 「じゃあ次はアイちゃんの番だね!」

 「――姉さん。私は」

 その時だった。タイミングが良すぎるぐらいに、スマートフォンが鳴った。鳴ったのは、私のスマートフォンではなく、姉のスマートフォンだった。

 スマートフォンの画面には、「ママ」と表示が出たのが見えた。

 姉は慌ててスマートフォンを手に取って、電話に出た。

 「もしもし……ママ?……うん、そう。マイだよ……」

 母から姉への電話なんて、何年ぶりだろうか。姉から母へ電話することはあっても、母が姉へ電話することは、ないと言ってもいい。

 そうだ、前に母が姉へ電話してきた時は、今の高校に受かった時だった。

 母は合格祝いに、私たちを――。

 「アイちゃん!ママが今日、合格祝いに今夜レストランでお食事しましょうだって!」

 「――わかりました。では、支度をしましょう」

 「うん!あ、待って。ママ、アイちゃんにも代わるね!うん、待ってね。アイちゃん、ママだよ!」

 私は姉の手からスマートフォンを受け取って、耳に当てる。

 「――代わりました。アイです」

 電話口の母の声は、淡々と私に連絡事項を告げる。

 「時間と場所は、これからメールする。ドレスコードは気にしなくていい、現地に用意させる。ホテルのフロントで私の名前を出せば全てを整えてくれるはずだ」

 「――わかりました」

 「時間は与えたはずだ」

 「――えぇ、ありがとうございました。それでは」

 私は通話を終了させて、姉にスマートフォンを返す。

 「アイちゃん、ママなんだって?」

 「――合格おめでとう、と」

 私は微笑んで、姉に嘘を吐く。

 「そっか!」

 「それと、時間や場所はメールしてくれるそうです。とってもいいレストランだそうですから、服はお母様が用意してくださるそうですよ」

 「わぁ……すごいねぇ」

 姉の顔が喜びと期待でいっぱいになっている。この表情を、1分、1秒でも長く、奪いたくない。

 「――マイ姉さん」

 「何、アイちゃん?」

 「――お母様と会う前に、二人だけでお祝いしませんか?今まであまり外出して遊ぶ事がなかったので、今日くらい羽目を外して、楽しむんです」

 私の提案に、姉が破顔する。

 「うん!」


 私はその笑顔を記録に焼き付けた。


○●----------------------------------------------------●○


 私と姉は、母に会う前に二人きりで合格祝いをした。

 ゲームセンターでプリクラを撮ったり。

 2種類のクレープを分け合ったり。

 普段着ないような服を試着してみたり。

 姉が使っている抱き枕を買った水族館にも行った。

 それはわたしの記録の中でも、とても、とても楽しい一日だった。


○●----------------------------------------------------●○

 

 母の予約したレストランのあるホテルは、私たちの様な女子高生が足を踏み入れることが、場違いこの上ないところだった。

 少し小さくなって私の後ろに隠れている姉の手を引っ張って、私はホテルのフロントで母の名を告げる。

 しばらくエントランスのソファーで待つように告げられた私たちは、周りの視線を感じつつも座る。

 「……アイちゃん。なんか怖いね」

 「――姉さん。大学へ行ったら何をしたいですか?」

 「どうしたの?急に。面接の練習?」

 「お話していたら、少し気がまぎれるかと思いまして」

 「そっか、そうだね!マイはね、大学に行ったら、ママの研究のお手伝いをしたいの。そのために、たくさん勉強して、ママの研究室に入って、一番の助手を目指すよ!」

 「――姉さんは、小学生の時からそればっかりですね」

 「アイちゃんは?」

 「私、ですか?」

 「そう。アイちゃんは大学に行ったら何がしたい?」

 「私は――」

 私が、大学に行ったら。

 「――髪を切ってみたいです。短く」

 「おしゃれだね!それから?」

 「――それから?」

 「そう!大学生って時間がたくさんあるって聞くから、もっといろんなことがいっぱいできると思うの」

 「――そうですね。考えてみます」

 考えているうちに、ホテルの制服を着た女性が私たちの元へ近づいてきた。

 私たちは彼女に案内されるまま付いて行って、用意されたドレスに着替えて、軽く化粧をしてもらい、そして髪を整えてもらった。

 姉は、凝った編み込みのハーフアップで、私は、何もしてもらわない。


 そう、決めたから。


 綺麗にドレスアップされた私たちは、そのままレストランへ案内される。エレベーターに乗り込み、たどり着いた先は最上階。

 足を踏み入れたレストランにいる客はたった一人。

 私たちの母だけだった。


 真っ白なテーブルクロスのかけられた円卓に案内され、席に着くとコース料理が運ばれてくる。

 姉は席に着く前から、母と会話を始めていて、それはどんな料理が運ばれてきても、止まることはない。当然だ。姉は前回、母に会った高校の合格祝いからの3年間を話して聞かせているのだから。

 初めて高校の制服を着た時の事。1年生の時に行われた林間合宿の事。同級生たちの事。2年生の時に行った修学旅行。やっていた部活動の事。文化祭実行委員会で活動していたこと。特徴的だった世界史の先生のこと。いつも話が長い校長先生のこと。数学の先生の説明よりもアイの説明の方が分かりやすかったこと。


 アイと毎日早起きするようにして、アイの作ったお弁当を持って行って、アイと一緒に夕飯を作り、勉強して、今日、合格したのだと。そして今日、ここに来るまでに合格祝いでいろいろなところへ行ったと。


 母は、その話を聞いているような姿勢をしている。姉の話を聞きながらも、切り分けた食事を口の中へ運ぶ動作も止めず、時折、相づちも打つ。

 微笑みを絶やさずに、姉の話を、3年間の記録を聞き続ける。

 姉と母のやり取りは、デザートを食べ終わってからも続くと思われた。

 それは、食後のコーヒーが配膳された時に始まった。レストラン内のスタッフさえ、誰一人残さずに人払いのされた広い部屋で、コーヒーを一口飲んだ母がまず口開く。

 「改めて、合格おめでとうマイ」

 「ありがとう。ママ」

 次に声が向けられるのは、私だ。そして、向けられるものは姉と違う。

 真顔と淡々とした口調。

 「ご苦労だったアイ。仲良し双子ごっこは楽しかったようだが、もうお前の役目は終わりだ」

 「――せめて、高校卒業までお待ちいただけませんか。突然いなくなれば、周囲が混乱すると考えられます」

 「駄目だ。とっくの昔に資金援助は切れている。それでも今年の予算を無理に分捕った。お前が、自分自身をマイに必要だと計算を弾き出したからだ。だがこれ以上は、無理だ。例えお前が特別な実験対象だとしても」

 むしろ、実験対象だからこそ、これ以上を望めないのだ。それは、深く、深く、機能内で演算せずともわかっている。


 わかっていた事だ。


 一人、わからず。追いつけないものこの場がいるとすれば、それは。

 「ママ?アイちゃん?何の話をしているの?」

 姉の顔は、今まで見たことがないほど、強張っていた。無理もない。何も知らないのだから。

 けれど、何も知らなくとも、今この瞬間に流れる空気の異常には、姉といえども気がついたようだ。姉は、小刻みに震えている。

 「アイ。マイに話をしていないのか。時間はやったはずだ」

 「――受験生にショックを与えては、受験当日のコンディションに影響がでます」

 「それならここに来るまでに話しておけばよかっただろう。遊びまわるほどの暇があったのだろう」

 「それは――」

 時間はあった。その通りだ。

 けれど。

 「アイが言わないのなら、私が言うまでだ。マイ」

 弾かれたように、姉は母の顔を見る。

 「アイはお前の妹じゃない。私の開発したAIが搭載されたアンドロイドだ」

 母の言葉を姉は、とにかく理解したくないとばかりに首を振る。

 「何……言っているの?アイちゃんは、アイちゃんがロボットなわけないじゃない!だってご飯だって食べるし、お風呂だって一緒に入ってた。笑うし、マイとお話だって……」

 「取った食事で燃料を得ているんだよ。防水機能があるから風呂程度造作もない。笑うのも、会話もアイが演算機能から最適な解を弾き出した結果だ。それと、ロボットではない。アンドロイドだ」

 「でも、マイが小さい頃からアイちゃんは居た!アイちゃんはマイと一緒に育った!ロボットならそんなことっ」

 「だからロボットではなく、アンドロイドだ。名称を間違えるんじゃない。マイはアイが成長したと勘違いしているようだが、アイはマイの成長に合わせて常にカスタマイズされていただけだ。身に覚えはないか?アイが突然、長期間、側を離れていた時があっただろう」

 「あれは、アイちゃんは身体が弱いから入院を……」

 「違うな。お前が成長したから、アイの身体をマイに合わせるために、研究所でカスタマイズしていただけだ。だいたい、おかしいと思わなかったのか?入院した妹の見舞いの一つもさせてもらえないことに」

 「それは……お見舞いに行ってアイちゃんの入院が長引いたら困るでしょうって、木村さんが……」

 「あぁ、木村か。いい仕事をしたな。育休を取ると言わなければそのままマイの世話をして欲しかったものだ」


 姉が言葉を失って、俯く。震える声が、問う。


 「……ママは何のためにマイとアイちゃんを双子にしたの?」

 「研究費のためだ」

 「……研究費?」

 「世の中には、双子を研究している奴がいる。マイの生物学上の父親がそれだ。だが、双子はおいそれと生まれてはくれない。仮に生まれたとして、100%確実に、研究に協力してくれるとは限らない。だからあの男は自分の子どもに双子を望んだ。確実に、自分の研究に使える双子を。奴は大学構内の女性研究員に片っ端から声をかけた。余剰の研究費を工面してやるから、双子を生んでくれと。そして私はその中の一人になった。まぁ、何人いたかは知らないがな」

 母はそんなことどうでもいいと言わんばかりに言葉を吐く。

 「奴は双子が生まれれば研究費は弾むと言った。だが、双子が生まれる確率なんて低い。だから私は、双子が生まれなかった場合、とあるプロジェクトを開始しようと持ち出した。アンドロイドを利用して疑似的に双子を生み出す。疑似的な双子であっても、人間の双子と変わりないのか、実験してみようとな」

 「そんな……そんな小説みたいなこと」

 「現に成功しているじゃないか。マイはアイを双子の妹だと信じて疑わなかった。18年間もだ」

 姉は口をつぐむしかなかった。

 「おかげで私は数年研究費に困る事もなく、奴も珍しいデータを取れたと喜んでいたさ。だがそれも、奴に本物の双子が生まれたことで、打ち切られたがな」

 「打ち切り……?」

 「マイが12になった頃だな。その時点でアイは停止させるつもりだった。が、突然双子の妹がいなくなればマイが混乱する。12の子どもにアンドロイドの説明をして本当に理解されるのか。という議題が上がった。せめて中学校を卒業するまでは、という話が、結局今日までになった」

 「そんなこと、マイ聞いたことない」

 「アイが話していなかったからな」

 「勝手すぎるよ!ママは……ママはマイたちのことをなんだと思っているの?!」

 「マイの事は自分の娘だとちゃんと思っているよ。だからこれまでもマイが不自由ないよう養育したはずだ。名前だって付けただろ、マイわたしのと」

 「……っ!」

 「理解したか?お前が今まで一緒に育ってきたのは実の妹じゃない。アンドロイド、AIアイだ」

 姉の目から涙が零れる。考えられる主な解は、4通り。

 怒り。悲しみ。憎しみ。不安。


 それに対応する適切な解は。


 今、適切だとされる解は。


 解が、出せない。


 私が黙っている間に、母の準備は進んでいく。私を、研究所へ連れて行く準備。

 「マイ。今日はもう遅い。このホテルに部屋を取ってある。そこに泊って、明日家へ帰りなさい。高校を卒業するまでは、今の家に住んでいていい。その方が効率がいいだろう」

 「……アイちゃんは、どうするの」

 「アイはこのまま研究所へ連れ帰る。データを抜き取り次第、シャットダウンを実行して、研究所で保管する」

 「それって、アイちゃんが動かなくなるってこと?……どうして?どうしてアイちゃんは」

 「アイが動く限り、アイには維持費がかかる。年に一度はメンテナンスを行い、メモリのバックアップには多大な容量を必要とする。それらすべてを賄えるほど、私の研究費は潤沢じゃない」

 「ならマイが!」

 「学生のアルバイトで賄えるような金額でもない」

 「そんな……そんなことって……」

 姉はボロボロと涙を流す。けれど、どれだけ泣こうと、何もできないのだ。


 まだ子どもの姉にも。


 ただ動かされているだけの私にも。


 「マイ。研究所でアイを受け入れるために待っている人間がいる。アイを受け入れない限り彼らは家に帰れないし、休む事もできない。お別れの時間はやる。済ませろ」

 泣きじゃくる姉に、私は何を言うのが正解なのか、弾き出せなかった。

 弾き出せなかったが、口は動いた。

 「姉さん。ごめんなさい。ずっと黙っていて、ごめんなさい。騙すようなことになってしまって、怒っているでしょう?」

 「……怒るとか、騙されたとか、そんなことばかりじゃない」

 「ごめんなさい」

 「アイちゃんは、アイちゃんはどうして黙っていたの?」

 「――初めは、お母様――マスターの命令だったからです。けれど……次第に姉さんに言うべきではないと、自分で判断するようになりました」

 「そっか……アイちゃんは、自分がアンドロイドだって、いつか止まってマイとお別れするんだって、マイに言うのが“嫌”だったんだね」

 「嫌……」

 嫌悪という感情。適切ではないという解ではなく。

 

 自分が生み出した。

 

 「そう……だったのだと思います。私は、姉さんにこんなに泣いて欲しくありませんでした。いつか妹でなくなってしまうと伝えたくありませんでした……」

 私に涙腺は搭載されていない。けれど、もしあったら、私は姉さんと一緒に泣いただろうと。そう、思えた。

 「マイ、アイ」

 マスターが私たちを急かすように声をかける。私は、姉の涙を手で拭って、搭載されている表情筋で笑顔を作る。

 「姉さん。ホテルのロビーでの会話を覚えていますか?」

 「……大学に入ったら、何がしたいかって話?」

 「そうです。姉さんは、マスターの研究室に入ると言っていました。たくさん勉強して、助手になると。姉さんなら絶対にできます。一緒に過ごした私が言うのだから、絶対に大丈夫です。なんならそれ以上だって望めます。だからいつか姉さんが、立派な研究者になったら……私を起こしてください」

 「今だって、アイちゃんに起こしてもらっているのに?」

 「姉さんにしか頼めません。お願いします」

 姉は目をごしごしと擦って、大きな音を立てて鼻をすすると、頑張って笑顔を作って、小指を差し出す。

 「わかった。約束。マイ、アイちゃんのお姉ちゃんとして頑張るから!」

 私は姉の小指に自分の小指をそっと絡める。

 「えぇ、待っています」

 姉との繋がりを絶った私は、マスターに連れられてレストランの扉へ向かう。

 扉出てしまう前に、振り返って姉を見る。


 「おやすみなさい。マイわたしのお姉ちゃん」


○●----------------------------------------------------●○


 12月18日、午後10時、スリープモードへ移行。

 データのバックアップ完了まで36時間。

―――――

 アンドロイド・疑似双子プロジェクト個体。

 固有名称・アイ。

 12月20日、午後10時、シャットダウン完了。

―――――

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