第20話 知れ(1)
柘植は強制的に移動させられたことに驚きながらもすぐに対応しようとして、気が付いた。
(電源が入らない……)
スマホの画面が黒一色のまま、どこを触っても変わらない。そもそも、このスマホに電源ボタンはない。
(確かニニィは『なくしてもすぐに出てくる』と言っていた。故障の場合も適用されるのか? ……どちらにしても今は直らないだろう。異常事態だ)
柘植は考えながらも普段通り洗面所に向かい――電気が点かない。
(まさか……)
台所から入る薄明かりの中、浴室に湯を張ろうと給湯ボタンを押すが、反応しない。
(……)
トイレのレバーを動かすも、水が流れない。柘植のこめかみに冷たい汗が流れる。
(まずいが……今は先に……)
彼は自分自身を何とか落ち着かせながらリビングへ向かった。至急考えなくてはならないいくつものことを何とか堰き止め、吊るしてあった着替え一式を手に取った。そして、意識して普段通りに足を動かし、再び洗面所で着替え始めた。
(瑞葉には、風呂に入れなくても用意した服に着替えるように言ってある。盗聴器、盗撮カメラは一度見逃したらどこにでも存在しうることになる……)
柘植は着替えを終えると浴室に脱衣籠を運び、扉を閉めた。そして、素早く台所へと戻り冷蔵庫を開けた。
(止まっている……。ということは……)
柘植は水の入ったペットボトルを冷蔵庫から出してその上に置いた。扉を閉めて開けると……ボトルは補充されていない。
(やはりか……。まずい……、まずい……!)
柘植の呼吸が短く、早くなる。戸棚からペレットを出して、閉める。開けても、追加されていない。
「落ち着け」
柘植はできるだけ冷静に聞こえるような声で自分自身に向かって命令した。
「落ち着け」
目を閉じて、呼吸を大きく、ゆっくりと、心臓の鼓動を元に戻すように……。
彼は水とペレットを慎重に全て抱えると、寝室へ向かった。
「大丈夫だ」
最悪の事態を考えないようにして鍵を開ける。
その薄暗い部屋には所狭しと置かれた段ボールの山があった。
(目下、これでしのげる)
彼はペレットと水をテーブルの上に置き、いつものようにベッドの下に手を入れると裏が見えるように持ち上げた。
(明かりは……)
そして、その下に用意しておいた電池式のランプを灯した。寝室に不気味な影がいくつもできた。
柘植はペットボトルの蓋を開けてこぼさないように半分飲んだ。それからペレットの袋を開けてそのまま口に流し込んだ。
(水も食料も蓄えてある。薬も、他のものも揃えてある)
段ボールの中身は万が一のために備えていたそうした類のものであった。柘植は過去の経験から知っている。食べ物がないと、飲み物がないと、死ぬと。
(このゲームはどうなっている? 部屋の機能もスマホも停止している。明日の投票はあるのか? あるのなら、それまでにシステムが回復しなかったら、全滅だ)
誰も広間に集合できないのだから、ゲームオーバーになる。
(それは、避けようがない)
(もし、ないとしたら、次は……半分が死ぬまで待って、ゲームクリアか……)
柘植は段ボールの山をじっと見つめる。何日分と正確に計算をしてはいないが、少なくとも他の参加者が死ぬまで持つだけは用意してある。
(人は絶食すると20から70日で死ぬ。それだけの間、生き延びるのは可能だ)
(瑞葉にも蓄えるように言ってあるから餓死はしないだろう。……瑞葉が死んだら私も死んでしまう)
餓死以外の理由で死ぬことは若くても珍しいことではない。しかしそれは無視できる確率だろうと柘植は考える。
(逆に私が死んでも瑞葉が死ぬことはないが、第六感か何かで察しそうな気がするな)
オカルトじみた考えであるが、柘植はこの数日でそれがあってもおかしくないと思うようになっていた。
(瑞葉は今、大丈夫か? ちゃんと食べているか?)
柘植は瑞葉が独り暗いところでじっとしているのを想像してしまった。
(しっかりしているとは言え、小学……生だ、多分)
それから、柘植が瑞葉の年齢を推測したときに、瑞葉が『もっと上だと思います』と珍しく拗ねたことを思い出した。
(心配して助けられるならいくらでもする。思考を切り替えろ)
(最悪なのは、どれも最悪には変わらないが、このまま放置されてしまうことだ。いずれ餓死する。救助は来ないだろうが、最後までわずかな期待をして生き延びた果てがそれだったら……)
柘植は大きく身震いした。
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