第19話 知るな(3)

 今日は誰が死ぬのか、表向きは誰も見当がついていない。しかし実のところは違う。必死で昨日と同じように怯えている振りをしている関口は竹島が横について気を保っている。濱崎は無表情を装ってにやけを隠しながら、野口たちの近くに座っている。他の参加者も安全とは限らない。裏で何が起こっているのかすべてを把握することは不可能である。もしかしたら味方は裏切っていて、もしかしたらどこかのグループが自分に票を集めていて……。考え出したらキリがない。


 「10日目の『透明な殺人鬼ゲーム』が始まります。参加者は全員です。10分後に投票が行われます。始めてください」

 部屋が薄暗くなりニニィが開始の合図をやけに丁寧に告げると、天井近くにあったモニターが瞬く間に消えた。


 真っ先に口を開いたのは――影山だ。

 「さて、色々とあったが」

 他の参加者は……野口が中腰になったところで止まっている。話し始める前に立ち上がろうとして出遅れた。そんな彼を気にも留めずに影山は続ける。

 「結局、俺たちの話し合いで決まったことは『人の嫌がることをしない』。これだけだ。それで――」

 「ちょっと待ちなよ」

 影山の進行を止めたのは野口だった。いつの間にか立ち上がってにやけている。周囲の視線が一気に彼へ向かう。特に威力を放っているのは鋭く睨み付ける影山のものだ。


 影山は何も言わないで野口を捉え続けている。人の話を遮るなとも、他人同士なのだから丁寧語を使えとも言わない。その圧に野口はわずかに背中を逸らせた。しかし、だからと言って引き下がることはなかった。

 「最初に話し出した人がずっと話すのは不公平じゃない?」

 全体に向かって、特にとっさに話すのが苦手だが自分の意見を披露したい人に向けて、野口は話していく。

 「ほら、話すのが苦手な人だっているし。そういう人の話だって聞かないとさ」


 ここにいる90人が一斉に話を始めたらどうなるか。全く収拾がつかないだろう。その仕切り役を影山や他の誰かが自発的に行っているわけである。それは当然自分たちのグループが有利になるように話を誘導するためでもあるが。

 つまり、君島が冷静に考えている通り――。

 (司会役と話者を混同している)


 それでも自信を持ってそれらしく話していれば一々突っ込まれない。今、影山が反論しない理由と同じである。

 (ここで反論したら弱者を蔑ろにしているというレッテルを貼られる)


 「だからさ、始めに発表したい人が立候補するんだ。で、その人たちが順番に話をするってのは? ほら、少数意見も尊重しないと」

 野口は綺麗事を並べ立てる。新たな大発見でもした気分で。何となくそれが正しいような空気を漂わせる。

 しかし、第一、意見を言う機会は誰にでも与えられている。全員話し合いの席にいるのだから。ただし――。

 (それをしたところで今まで前に出なかった人が手を挙げるとは思わない)


 10分。それを有効に使うには彼らの意見を代表する言わば間接民主主義のようなシステムが求められる。その信任は守りの票を入れることであり、つまりリーダーが代表者として話を進めていくのが無難である。ただし、根本のところを忘れてはならない。別に話し合いをしろとニニィは言っていないし、ルールにも書かれていないのである。ついでに、話し合いたいのならいくらでも集まってすればよいだけである。


 「でさ、今日は誰か話したい人は――」

 野口を先走るのを止めたのは――水鳥だ。

 「まずは、それを採用するか多数決で決めるのが先ですよね?」


 「じゃあ、どうする? 賛成の人、手を挙げてくれる?」

 野口がニタつきを抑えながら問いかけた。


 すぐに手を挙げた人は……少ない。野口の味方とごく一部だ。リーダーの動向を窺っている、あるいは年下に指図されるのが嫌、あるいは……。

 しかし、待ってもそれほど増えることはない。


 「あれ?」

 野口の顔から笑いが薄らいでいる。わざとらしく首をかしげているのは余裕のなさをアピールしているようにしか見えないが、それも逆に演技なのかもしれない。


 (当然だろう)

 君島は静かに野口を観察しながらも周りを広く見渡している。

 (仮にそうなれば次に採る選択肢は3つ。1、抽選制。2、平等に時間を分配。3、発表回数が少ない者を優先。どの場合でも人海戦術を取るのが有利だ。つまり、表に出るのが苦手な人間を引きずり出すことになる。誰にとっても不都合だ)


 「誰もいない感じ?」

 笑いが硬い。状況は膠着している。手を挙げている参加者に不安そうな顔がちらつき始める。野口はこの状況を終わらせようとしない。


 (そこまで考えがつかなくても、リーダーに合わせればいいだけだ)

 君島は影山が自分の方を向いていることに気が付いた。

 (第三者が言うべきですね)

 「もうよいでしょう。これ以上時間をかけても結果は変わりません」


 「君島さんの言う通りだ」

 影山が言った。野口は今度こそ肩の力を落として座りこんだ。


 (そこそこの時間が経過した。あとはどの案で行くのかですが……)

 君島が影山に目だけを向ける。特に合図はない。


 「何にしても俺たちの決めたルールだ」

 「ところで、濱崎」

 その低い声は今までと同じボリュームのはずなのに、違う。名前を呼ばれた濱崎はポカンとしている。

 「お前、昔から何か疚しいことをしているだろう。……いや、疚しいと思っていないな、その顔は。何だ? 窃盗か? 恐喝か? 強盗か? 何をしていた?」

 影山が見せた表情はこのゲームが始まってから初めて人前に晒したものであった。初日にも近藤が宮本を殺したときにも見せなかった、鬼気迫る怒りのこもった敵意である。


 (強引に行った……確実に助けるためか?)

 君島はあらかじめ立てていた計画の中でもリスクが大きいもの選ばれたことに内心驚いたが、すぐに打ち合わせていた通り濱崎へ冷ややかな目線を送った。松葉も藤田も、冷たい視線を送っている。


 少し遅れて水鳥が分かり易く「僕も聞きたいですね」と言えば、察しの良いメンバーが頷いて追従する。吉野は……静観を決め込んでいる。


 「あ?」

 濱崎は口をぽかんと開けたまま何も返事をしない。しかしその顔は赤い。汗が吹き出し顎を伝ってポタリと落ちた。時田が吠えた。

 「いや待てよ! そういうの冤罪だろぉが!」


 「俺の勘に間違いはない」

 しかし影山は有無を言わさない。容赦なく濱崎の自白を待っているが、これでも普段に比べればセーブしていた。つまり、人目につかないところでは非合法にやるのが彼の組織では当然となっている。冤罪であったとしても人質司法の前ではまかり通ってしまう。

 「おい、濱崎。何をした?」


 「あ、お、れは……」

 濱崎は焦りのあまり何も答えることができない。言い訳も否定も彼の口からは出てこない。本人の出方が分からないうちはフォローも難しい。時田や野口は言葉が出てくるのを待っている。それに助け舟を出したのは――。

 「影山サン。そんなに睨んでいたら言いたいことも言えなくなるだろう?」

 吉野であった。宥めるように聞こえなくもない声で口の端を歪め、目を細めて影山を見ている。


 (吉野さんはそちら側に回った。関口さんに票を集めるつもりか)

 君島たちの予想した悪い方の流れに向かっている。

 (笠原さんは何も反応しない。子供相手にも覚悟ができたのか。あとは濱崎さんに票がどれだけ集まるか……)


 「言ってみろ。言えないことか?」

 影山の言葉とは裏腹にその目は変わらず濱崎を絶対に逃がさないと捉えたままである。すぐさま吉野が入り込んだ。

 「別に今すぐ話す必要もないだろう?」


 「あ、俺、うん……」

 何となく自分が有利だと分かった濱崎は何かを言おうとするが、適切な言葉が思いつかない。その迷いを突かれた。


 「なあ、お前のやっていることは一番大事な人に顔向けできることなのか?」


 その質問は濱崎の思考を一瞬のうちに崩した。大きく目を開いて息を呑んだ後に思わず言葉がこぼれてしまった。

 「あ? いや、それは別に――」


 「つまりやっているんだな。その人も同類か?」


 「……っ」

 濱崎の顔は相変わらず赤いが、今度は頸静脈が浮き上がっている。両手できつく拳を形作り、両足が細かく震えている。


 「人のこと言えるのか? おい!」

 中川が大声を出して噛みつく。威勢だけでも巻き返そうと立ち上がり、今にも殴りかからんばかりに肩を持ち上げ、背を丸め、影山を睨み付けた。


 「身内や本人に前科があったら警察になれると思うか?」

 しかし、冷酷に切り捨てられる。警察相手に素人の脅しが通じるはずがない。


 間髪入れずに猪鹿倉が返事を促した。

 「何も悪いことをしていないのならそう言ったらどうですか?」


 「あ、うん。俺、悪いことしてない、的な?」

 そして、ようやく言葉が出たのは、大半の参加者に真偽の見分けがつくようになった後であった。



 「投票の時間になりました」

 ニニィがそう言うと参加者たちは真っ暗闇の中に立っていた。先ほどまでの10分は何だったのかと自分の中で考えたのか考えていないのか、全員が揃うまでにかかった時間はその人以外知りようがないのだから、分からない。そして、パッと光が灯ったと思うと、透明なケースの中に誰かが入っていた。


 「今日の犠牲者は濱崎虎王さんです」

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