第19話 知るな(2)
藤田は集合時間よりも大分早くに広間へ向かった。目的は偵察よりも監視に近い。参加者の性格や所属しているグループ、その中での役割などは粗方調べられていた。従って今度は参加者間の関係、特に他グループ間の関係を探りに来ているわけであった。
広間には老若男女が十数人、壁際に座るか中央のブロックに腰掛けるかして、何かしらをしている。本を読み、音楽を聞き、誰かとぼそぼそと会話をし、ただ何となく広間に集まっている。藤田がキョロキョロとどこか空いている場所を探すような振りをしてその中に別宮を見つけると、彼女も藤田の事を見つけて姿を消した。
(特に引き継ぎはないということは、何も収穫がなかったんですね)
藤田は壁際に座って電子書籍を読み始めた。それは割と大きめの挿絵が各ページに入っている雑学の本で、彼の硬い印象を和らげていたのだが、内容は何でも良いのである。その証拠に大してピントを合わせていない。専らタブレットの外をさりげなく観察しているし、聞き耳を立てるのに集中している。
(北舛さんは私と同じ理由でここにいますね。佐野さんは……話し相手を探しているのでしょうか。小野くんは読書ですね)
藤田がそうやってしばらく、望月有道が現れた。何故か出現した場所から動かない。
(望月さんでしたよね……。話したことはないし、この時間に現れるのも初めてのはずですが……)
ぎりぎり目の端で捉えながら藤田は取り敢えず報告するネタにはなりそうだと思い、ページをめくった。足音が近づいてきた。藤田の方に。
緊張が走る。心臓は大きく跳ね、聴覚が一層鋭敏になり、空気のわずかな揺らぎでさえ鼻先で感じ取れるくらいに藤田の体が反応する。
(何だ? 偶然? 目的は?)
その2人の間だけ時間が重くゆっくりと流れ、周りの時間との間に揺らぎが発生しているようである。藤田が露骨に避ければ体よく人格を疑われる。とは言えもしかしたら、3日目のように凶器を忍ばせているかもしれない。1歩、2歩、3歩……。音の続く先は確実に彼の方である。
(どちらかに曲がって行け……行ってくれ)
「あの」
一瞬のうちに藤田の肩に力が入る。望月が話しかけてきた。手元のタブレットをとっさに強く握り何とか落とさないようにして、藤田が顔を上げると、そこにいた望月は曇り気のない目をしていた。童顔の割には肌艶が悪い。顔のどこにも力は入っておらず、3Dモデルのデフォルトの表情のような、何を考えているのか分からない顔つきだ。
「僕、今日どこに投票すればいいですか?」
それは何と言えばよいのか、初めてほおずきを見た子供が「あれ、なあに?」と尋ねるような純粋なイントネーションだった。
(え?)
藤田は質問されたということも内容も分かったが、頭が追い付いてこなかった。妙な間ができるが望月は気にもしていないようだ。焦点の合わない瞳で藤田のいる辺りを見ている。その異様な状況に藤田は飲まれかけていたが、何とか我を取り戻した。
「あの、どうして私に?」
「あー……。国家公務員ですよね? だから知っていると思ったんですね」
望月は笑顔になっていた。藤田は何かを言おうとして、再び言葉を失った。
(彼が何を考えているのか……、あの手のお仲間に違いありません)
しかしすぐに長年の経験から正体を見破った。彼は宇宙人だ。
「えーと、望月さんの思う通りに――」
藤田は言いながら違和感と共に確信を覚えた。望月が仮にも聞いたことを説明されているというのに、ポカンとしたまま明後日を向いている。
「されるのが良いと思いますよ」
無表情の望月は藤田の方に顔を向けると、一応のお礼を口にした。
「え、ありがとうございます」
「どういたしまして」
藤田は話をやや無理気味に切り上げると、雑学本に目を落とした。易しい文章が彼のズラされ始めていた脳を正常に矯正してくれるようであった。望月は動かない。
「あの、どこに座ればいいですか?」
彼はまたしても藤田に不可解な質問を投げかけた。TPOを足蹴にするようなその言葉に、藤田はうんざりよりも恐怖がウエイトを占める内心を気取られないようにして、素早く周囲を見渡した。
「向こう側、望月さんから見て右手の壁際なら空いていますよ」
「あ、分かりました」
そう言って望月は真逆の方向に進んでいった。
(ああ、早く帰りたいです……)
お役所仕事と非難されることもある通り、杓子定規で派閥争いがあって、入省当時と印象は全く違っているが、それでも、そこにいる人たちは概ね同じ会話の土台に立っている。最低レベルが保障されている。藤田は望月が自分から離れていく音を拾いながら切実に思った。
(別の意味で厄介な人たちもいますが、ね)
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