第18話 誤魔化せ(4)
「鈴木さん、大丈夫ですか?」
東がなんとなく浮かない様子の鈴木を心配した。
つい先ほどまで、彼らは初日に集まったメンバーだけでミーティングを行っていた。東の部屋で内密に行われていたそれは、松葉や藤田に隠しておくべき情報を交換するために設けられていた。
東が鈴木に声をかけたのはちょうどそれぞれが自分の部屋に戻る途中のことであった。
「いえ、大したことではないですよ」
鈴木は不器用に笑った。そして、釈然としない東に理由を告げた。
「同じ苗字の人は多いですからそう目立つことでもないでしょうが、明日が怖いものですね」
「ああ、そういうことでしたか。鈴木さんと鈴木、さん……」
東は今日死んだ鈴木のことを思い出してしまった。ケースの中で血みどろになった姿はもはや魅力も何もなかった。少しばかり暗くなってしまうも東は一度瞬きをすると普段より明るい声を作った。
「それはないと思います。今はもうチーム同士の、その……削り合いが始まっていますし」
「あの、どうかしましたか?」
2人に声をかけたのは竹島だった。彼女が他のメンバーから少し遅れて「カードキー」を操作しようとしたときに2人の会話が始まったものだから、彼女はつい手を止めて聞いていたのであった。
「ああいえ、本当に大したことではないですよ。今日亡くなったのが鈴木さんですから、私の苗字と同じで、縁起が悪いと思っただけです」
鈴木は不慣れに笑った。話すうちに自分でも馬鹿馬鹿しいと思うようになっていた。
「そういうことでしたか。気になさらない方がいいですよ。私も名前、竹島喜乃ですから、あの吉野さんと同じですし」
.竹島はさらりと言ったが、内心嫌な気分になっていた。ちょうど車の窓ガラスに鳥の糞が落ちていたのを見つけたときと同じ気分だと彼女は思った。それも出勤直前に。
「ええ、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
鈴木は小さくお辞儀をすると、東と竹島もつられてお辞儀を返した。3人ともお互いを完全に信用してはいないだろうが、それでもお互いを慮るくらいの関係ではあった。
鈴木と竹島がそれぞれの部屋に帰った後、東は「ふう」と深く息をつき、冷蔵庫からペットボトルを取り出してリビングに戻った。冷たい水を何口か飲むと、彼はその冷たさが体中に染み渡って体が潤っていくのを感じた。
スマホが振動した。「7SUP」にメッセージが届いていた。
(何だろう?)
雑談をするにも夜も遅いし、ミーティングの予定もない。心配事を相談されるほどの器でも、仲の良い人物がいるわけでもない、と東は考えながらスマホを手に取ってその内容を確認した。差出人は影山だ。
『20103』
それはただの5桁の数であった。東の背中に冷たいものが走り、心臓が強く打ち出した。それは簡易な暗号であった。
(2、影山さん、0、できるだけ早く、1、集合……、足すと3、かけると0……本物だ……。緊急の用事……!)
東はすぐに「カードキー」を開くと、影山の部屋へ飛んでいった。
東が到着するや否や、理由を尋ねようとする前に影山が素早く反応した。
「時田の所が明日関口さんに票を集めるつもりだ」
部屋のやや奥で関口は泣きながら震えていた。竹島がその背中をさすっている。
すぐ次に現れた妹尾に影山が先ほどと同じ説明をしているのを聞きながら、東は胸が締め付けられるように感じながらも、どこか体の不必要な力が抜けていくのを感じた。
(僕ではなかった……)
それは薄情なようで、当たり前の事であった。自分が死なないことが第一の絶対条件であるからだ。それ以外は、強いて言えばの話である。死んでほしくない人が死なない、あるいは、死んでほしい人が死ぬ。それはあくまでも二の次三の次の話である。
彼らは早々に再び集合した。影山がいつものように堂々と、しかし低い声で前提を飛ばして話し出した。
「俺たちのグループから誰かが死ぬのは避けたい。欠けるなら後から合流した人たちだ。何か良い案はないか?」
影山の部屋の空気が張り詰める。案が出なければ関口は死ぬ。だから……違う。案を出さなければ、いざというときに用無しと見捨てられる。
東は、ようやく泣き止んで椅子の上で体育座りをする関口の姿を目にしながら、考えた。
(どうする……? 時田さんたちと野口くんは組んでいるから……14から18人だとして、松葉さんや藤田さんたちを入れても……倍率があるから何とも言えないし、全員が関口さんを守って、先ほど決めた濱崎くんに票を入れるとは限らない)
このゲームは単純な多数決ではない。個々の毎日の倍率が、投票先が完全に分からないことと合わさって、計算をほとんど不可能にしている。
「影山さん」
声の主は君島だ。腕組みを解いて片手を影山の方に出している。
「手を組むとしたらどこのグループが望ましいと思いますか?」
彼は冷静に答えを出した。彼が尋ねたのは本当に自分が冷静だったのかを確かめるためだった。
「水鳥か笠原のグループだが……水鳥だ」
わずかに迷う時間はあったが、影山は断言した。それは君島の答えと一致していた。
「同感です。やはり彼ら、というよりも水鳥さんと手を組むのが一番妥当でしょう。明日の投票先を合わせてもらう代わりに、これからこちらの投票先を教えて、利害が一致したら彼らの都合に合わせるわけです」
君島は目を光らせると落ち着いた声で全員に説明した。何とかなりそうな期待を持たせる説得力のある声であった。
「笠原さんの方が助けてくれるのではありませんか? 味方の子供たちを守りたい思いは人一倍でしょうし」
猪鹿倉は半分答えが分かっていたが、確認の意味も込めて尋ねた。
「その場合、笠原さんに過剰な負荷がかかります。関口さんを助ける代わりに濱崎さんを間接的とは言え、殺す、つまり子供同士の命を直に天秤にかけるのですから」
君島がすぐに答えると猪鹿倉は「確かに、そうですね」と柔らかく返した。
妹尾が「それなら、明日の投票先を濱崎くんから別の誰かにするのはどうです?」と提案した。全員真剣である。影山は一瞬視線を上にして考えると、すぐに自分の意見を出した。
「もう決めたことを覆すとなると松葉に付け込まれる。そうでなくても笠原は不安定だ。今日も抑鬱気味だった」
他に案が出ないことを影山はアイコンタクトで確認すると、始めの案に戻った。
「直にやり取りをするのは危険だ。水鳥のグループの沓内、彼女を通して水鳥に接触するのがよいだろう。関口さんが自分で連絡を取るのがよいな。年も近い」
「皆さん、私のために……」
関口の目に先ほどまでとは違う涙が蓄えられて、片頬を流れ、瞬きをした衝撃でもう片頬を流れた。
「前にも話していたように、遅かれ早かれどこかのグループと協力関係、他に気取られない程度のものですが、それになる必要がありました」
君島がアルカイックスマイルを浮かべてフォローした。
「そのリスクは元々あったわけで、関口さんが気にしなくてもよいことですよ」
話がそのまま終わりそうな空気をいち早く察した東は、ある懸念を伝えずにはいられなかった。
「あの、明日選ばれなくても、明後日以降も可能性は、……すみません」
ほっとしたばかりの関口が戦慄したのを見て東は途中で言葉を終わらせた。しかし、意味は伝わった。
「東さんの言うことは正しい。誰かが言わなければならなかった」
影山がややバツが悪そうにした。しかし、次に口を開くときには容赦のない、冷たい表情となっていた。
「上手くコントロールする必要がある。俺たちのグループではなく、松葉や藤田の方で人数を調整するように、だ」
この雰囲気だけは何度でも生じるし、慣れるものではない。誰かを殺す、誰かが死ねばよい、頭で分かっていても、音になったものはまた別格だ。
「では」
猪鹿倉が空気を払拭するために大き目の声を出した。
「早く決めてしまいましょう。関口さんの台詞と協力する条件です。沓内さんや水鳥さんが寝た後では連絡がつかない可能性もあります」
影山も同じく声を張ってメンバーに活力を与えた。
「それから、彼らの明日の投票先はすでに決まっているはずだ。それを覆す理由もこちらから提示するのがよいだろう。まずは――」
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見た目
猫は可愛い。可愛いは無敵。ということで、国会中継は参加者の姿を全て猫にしたらどうだろうか。モーションキャプチャを使えば簡単だろう。どうせ腹の出た脂臭いおっさんや(偏見)、セルロイドのごつい口の臭いおばさん(ド偏見)しかいないのだから(der偏見)、猫の姿にしてしまえば、醜い足の引っ張り合いも(?)、ほら、なんかほのぼの。その内音声も猫語に自動翻訳してしまえば、保育園でも老人ホームでも流すことができる。「みゃあ?」「にゃーにゃ―にゃー」って。
何を話しているか分からなくなる? 大丈夫、中身なんかスカスカで無駄ばかりだし、少しの大事なことでさえ、元から理解しようとしていないじゃない。ちなみにニニィは猫語検定1級だよ。すごいでしょ。
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