第18話 誤魔化せ(2)

 七里創は自分の部屋でお気に入りのフォークソングを聞きながら、からくり時計を組み立てていた。正確なサイズの穴や溝を開け、細かい部品にやすりをかけて、ピンセットではめ込むこの作業は彼にとって自然とリラックスしながら集中できるものである。ただし、これを仕事にするほどの情熱を彼は持ち合わせていない。清掃作業員として働き始めて数年、ただの息抜きでしかない。


 (誰かのせいで理不尽な目に遭うことは珍しくない。悔しくても社会は助けてくれない。置いていかれる)

 七里は歯車の一つに細かい紙やすりをゆっくりとかけていく。


 (復讐はそう簡単にできない。時間も労力も金も運も……)

 一旦手を止めて、歯車をライトの下にかざし、その偏りを慎重に見極めていく。彼はそれを同じように磨かれたパーツの入った箱に入れると、次の歯車に手を伸ばした。

 (大体、社会が許さない。弱いからだ)


 (先に人間を捨てた人間が正しいことになる。強いからだ。強い者が生き残るのが自然の摂理だから、生き残るものに寄りつくのは……正しいから……)

 七里は粗目の紙やすりを手に取り、注意深く歯車を観察して、表面のでっぱりを削っていく。


 (殺すと、やり過ぎだと叩かれる。唯一のシンプルな解決法なのに。自分にも起こり得るからか。理不尽も起こり得るのに……)

 再び光にかざし、指でなぞってその出来を確認すると、七里は別の場所に紙やすりを当てた。

 (起こったからだ。自分に起こったから、同じ目に遭わないとズルいということか。殺すのは、自分がしなかった手段を取ったから、ズルいということか)


 (ばれなければ、殺していたのか)

 七里は手を止めると細かいやすりに持ち替えて、歯車をじっと見つめた。

 (ばれない方法はないと思う。一番疑われないのは……無関係の人間を怨恨のようにすること)


 (交換殺人だ)

 彼は歯車の表面にあるわずかな突起に素早く平らにすると、それを箱に入れて、大きく伸びをした。何か大きな正解を見つけたような確信を覚えた七里は前髪を横に流すと今度はピンセットを持って部品を基板にはめ込み出した。


 (需要は莫大だ。人生が救われるならば会費は高くても気にならない。今の時代、全国レベルで交換し合うことができる。世界規模にするのは……難しいか)

 慎重に手慣れた様子で設置していく。

 (殺した人には動機がないように見える。疑われる人にはアリバイがある。証拠を処理するのはまた別の誰かがすればいい)

 順番を間違えないように次にはめる部品を確認して、設置していく。


 (Aが旅行の途中で夜、目標が外に一人でいるとき、例えば駅から家までの独りになったところを見計らって、後ろからナイフで首を狙って、あるいは車から降りた瞬間に、ライフル……は使えないからクロスボウで仕留めて、あるいは……。目撃者がいないところで、監視カメラは……Bがトラックを目の前に停めるなり、ガムで塞ぐなりする)

 カチャリと小さな音を立てて部品がこすれ合う。七里はピンセットでその位置を微調整した。

 (そして、凶器と衣類を全部、公衆便所に置いてそこで同じ服に着替え、そのまま旅行を続ければよい。Cが服を用意して、Dが回収して、Eが山の中や海の底に棄てる。BからEもその土地に縁はない。たまたま訪れて、たまたま通り過ぎただけ……。FやGが人のいない時間帯を調べて、地元の人以外分からないルートを設定して……。ものは全て分解されやすい素材にして、無理なものは……。強い証拠さえ残さなければ、疑われようがない)


 全てをあるべき場所に置いた七里は、その一端にゆっくりと力を入れた。いくつもの部品に抵抗なく力が伝わり、遠くの台座がくるくると動いた。

 (逆バタフライエフェクトだ。誰かの仇を処分すれば、巡り巡って自分の仇が死ぬ。会員同士が上手く噛み合って動いていく。この時計のように。ばらしてしまえば、再び組み立てることができたとしても、それがまともに扱われるとは思わない)

 彼は小さく頷いて片頬を持ち上げた。そして、自分の中にわずかに残るもやを吹きとばすために冷静に思考した。

 (……今、俺たちがやらされているこのゲームと同じだ。自殺やそれに近い手段もあるが、多分、誰もしていない。自分の生き残るための行動は他の誰かを殺すための行動だ。交換殺人はそのベクトルに手を加えただけだ)


 (理不尽に弱者が勝つためのただの手段だ)

 七里は胸を膨らませて、強く頷いた。

 (そうすれば、生きる努力をする善人の周りに悪人がいない理想の世界になる)


 彼はからくりの制作をそっちのけにすると、つい先ほど思い浮かんだ新しいビジネスの具体的な計画を立て始めた。

 (人数別にするのはどうだろうか。例えば10人コースなら、個々のすることが少ないからバレるリスクは低い。ただし計画が複雑な分高価で、やることも10人分と多い。どうだろう?)


 七里は「ににぉろふ」を立ち上げて「ノートとペン」と声に出した。その新品のノートの表紙を開き、浮き上がるページを手首で押して平らにすると、彼はその計画を思いついた端から記入していった。

 (あとは信用できる顧客を得る方法と、通信手段はTor、ダークウェブで……)

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