第18話 誤魔化せ(1)

 柘植と瑞葉はいつものように合流してダイニングで夕食を食べていた。今日のメニューは2人ともアジフライ定食である。何度か柘植は瑞葉に何か食べたいものはないかと尋ねたのだが、『つげさんと同じ物がいいです』と返ってくるばかりであった。柘植は柘植で庶民的な物を思いついたが、それでもその味は格別であった。


 (これ、本当にアジなのか?)

 柘植の頭の中にある惣菜屋のアジフライとは見た目こそ近くても、箸で持っただけでその違いが分かる。サクッとした衣を噛むと中からふっくらとした白身が現れる。それなのに身がぎっしりと詰まっていて、噛む度に旨味がどんどんと口の中に広がっていく。臭みなど全くない。醤油を付ければ味が引き立つ。


 「美味しい?」

 珍しく柘植は問いかけた。瑞葉はこくんと味噌汁を飲むと、こくりと頷いた。

 「そうか。よかった。私もそう思う」

 柘植の返事に瑞葉は笑顔で答えた。


 柘植は舌鼓を打ちながらも、食後のディスカッションをスムースに進めるために頭の中を整理することにした。

 (今日参加者の目を逸らすことができたのは助かった。100人目の母親……鈴木の正体が読み通りのタイミングで明らかになった。明日以降は……グループ間の潰し合いは始まっているはずだ。あとで瑞葉にも聞いてみよう)


 続いて柘植は付け合わせのサラダに箸を伸ばす。無駄な水気はないのに瑞々しく、口の中でシャキシャキと音を立てる。ライムの風味が特徴的なドレッシングに野菜本来の味が合わさって、口の中を爽やかにする。再びアジフライを食べれば、仄かに残った余韻がその違った美味しさを際立たせる。

 (何となく私たちのことは忘れられていく……。そうであってほしいものだ。できるだけ表に出るのは避けたい。瑞葉の負担になる。私も得意な方ではないし、たった1つ計画を立てるのでさえあれだけの時間がかかった……)

 彼は食事を堪能しながらも、頭は別の事を考え続けている。


 (できるだけ水面下で動くとして、もう1つの問題は……)

 柘植が漬物と米を一緒に口に入れると、瑞葉も楽しそうに真似をした。

 (瑞葉の記憶だ。本人にとって思い出した方が良いのか……。思い出すのならば、そのタイミングはコントロールしたい。これまでの記憶が残っているとは限らないし……、瑞葉の一番大事な人が変わるかもしれない……。そうなったら……、いや、そうなっても……)

 柘植は何日か前とは違った考えを持っている。最早引き返せないからでもあるが、瑞葉と長くいたことも関係しているだろうと彼は自分を分析している。それは彼自身だけのためなのか、瑞葉の身も案じているのか、本人にも不明である。


 (参加者の一番大事な人はほぼ間違いなく、ゲーム中に変化する。そうでなければ、一番大事な人が一緒に死ぬルールの意味がなくなる。自殺や自己犠牲を抑制するためだろうから)

 料理は順調に片付いている。単品での味もさることながら、恐らく定食として出されたためだろう、それぞれの味が別の品のアクセントとなって飽きが来ない。


 (ルールにも、初日に頭に浮かんだ人とは書かれていない。自分がそのとき一番大事に思っている人と解釈できる。そして瑞葉の実例だ。私と初めて会ったのはここに来てから、つまり……、いや、いつゲームが開始されたと捉えるべきだろうか。それはともかく、ゲーム中に変化するのは間違いないだろう)

 柘植は味噌汁を飲むとふう、と小さく息を漏らした。

 (何にしても、できるだけ目立たないようにしなくては……)


 (それでも、やらざるを得ないときは必ず訪れる。そのときのために準備をしておかなくてはならない。瑞葉が優秀であるといっても、2人だけだ。集団と比べれば人手が足りないことには変わりない)

 つまり、彼らに余裕は全くない。ただし、息抜きをしなければ途中でバテることも知っている。

 (食事のときくらいは休もう)

 柘植は残りを片付けながらそう考えた。休むと言いながら頭を使っている。彼にとっては脳の運動、リラックスの一つなのかもしれない。


 「瑞葉、デザートに梨でも食べようか」

 柘植は彼女が頷くのを見て、こうすればよかったのかと思いながら「梨2つ」と声に出した。何か食べたいかと聞くと遠慮するが、一緒に食べようと尋ねると喜んで応じる。柘植がボリューム不足に感じるときは瑞葉も何となく物足りなそうにしている。それぞれが別々に食事をしても問題はないが、柘植は初日からの流れで一緒に食べなければならない気がしていた。


 梨は柘植の言った通り丸々2つが皿に乗せられて現れた。彼は洗わないまま食べるのにわずかに抵抗を感じたが、気にせず食べることにした。かじりつくと、硬い果肉から品の良い香りの果汁が染み出てくる。どの品種に近いのかと無意識に考えたところで柘植はやっと気が付いた。


 (瑞葉の分は……)

 切って皮を剥いた方が良かったのかと柘植が思いながら彼女の方を向くと、何のためらいもなくかぶりついているところだった。


 (今日日の子供の割にはヤワではないな……)

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