第17話 誤魔化すな(4)

 今日の話し合いのテーマは決まっているが、今日も何も起こらないとは限らない。参加者の行動は昨日と変わらないようで、違っている。1つは柘植と瑞葉に向けられる視線が増えていること、1つは昨日のように誰かが自分に言いがかりをつけてこないかと警戒していること、1つは、主要なメンバーの注意が、ある人物にそれとなく集まっていることである。

 つまり、6日目の、7日目の、そして最後に昨日の動きで、分かってしまったということであった。100人目の母親が。


 誰かが動くか、動かないか、沈黙とざわめきが交互に起こる。そして、時間が来た。広間が暗くなった。やけに元気な声がモニターから響く。


 「はいはーい! 今日も元気に『透明な殺人鬼ゲーム』、9日目の始まりでーす! 参加者はぜんいーん! だーれも休まないね。それはともかく、10分後に投票開始でーす。はじめ―!」

 ニニィの声が明るいのは、持っているボンボンと関係があるのかもしれない。しかし、何かを応援しているわけではないようだ。モニターが消えた。


 「それじゃ」

 吉野が言い出した。

 「もう今日の話は決まっているだろう? ――100人目の母親が分かったのさ」


 広間に大きなざわめきが起こり、いくつもの視線がキョロキョロと周りを探り、交錯する。


 「あんただろう? 鈴木雪子サン?」

 吉野が冷たく、どこか怒りを込めたように名前を呼ぶと、参加者の視線が一様に集まった。背中を丸めた鈴木が「えっ?」と小さく呟くのが聞こえた。


 1秒、2秒……。鈴木は固まったまま目だけを左右に動かして、何も言わない。松葉が前かがみになって眉をひそめると、間を埋めるように、親身になったような声を出した。

 「反論があるなら今のうちですよ」


 「えっ?」

 鈴木は壊れたラジオのように同じ音を繰り返した。

 「えっ?」

 体の硬直が解けていく。首、胴、手足が本来の役割を思い出す。

 「えっ? 違う、違うわぁ」


 「ふうん」

 吉野が片眉を上げる。

 「それなら、証明してもらおうか」


 「待って、違いますよぉ」

 鈴木はゆっくりと、無理に作った笑顔でにこやかに対応する。怯えているようであるが、会話は全く前に進んでいない。意図的に話を引き延ばしている。


 「だからそれを証明してもらおうかと言っているんだよ」

 吉野は特に苛立つこともなく、調子を変えずに同じことを問いかける。この程度のやり取りはごまんとある。感情的になれば話を逸らそうとする相手の思うつぼであると知っている。


 「ええと、吉野さんもみんなも、証明できないと思いますよぉ」

 自分に向かう注意を分散させようと鈴木がごまかしをかけたが、吉野は許さない。むしろ命とりだ。

 「アタシは証人が大勢いるよ。アタシの知る限り、誰かと一緒に確認した人は他にもいてねぇ」

 何人かが堂々と頷きはしないまでも、目を伏せ、口元をわずかに動かして同意をする。吉野の醜い口が大きく開く。

 「確認ができていない中で、鈴木サン、あんたが一番愕然としていたね。一昨日の投票の後に」


 吉野は、他の何名かと同じように、事前に得た情報と参加者のリアクションで母親の候補を複数立てていた。そして、一昨日の投票の後、100人目の入ったケースが床に消えていき、参加者の体が自由に動くようになった直後から「カードキー」を使って広間から姿を消すまでの間に、ほとんど特定していた。体に起こった何らかの現象に無意識に反応してしまった隙と、部屋に戻ることができると気を緩ませた隙を見逃さなかった。

 そして、昨日。全く別の話が展開されていくことにいつも以上に安堵していたその表情で、吉野は確信した。


 「私、実は調べていないんです。だから、可哀想だなって思ったけれど……、それくらいですよ。だから、そのときの表情で決めたのなら間違っています」

 鈴木が切り返した。彼女の言うことが正しいなら、吉野の判断した根拠は間違っていることになる。懸念すべきは……。鈴木の目が水鳥の方を向く。いつもと同じ表情をしている。


 「直感的に分かってしまったのかい? 事前に知っていなくても。え?」

 吉野が目を細くして追い込みをかけた。鈴木は立ち所に不利になった。

 「私じゃないですよぉ」


 「いや、鈴木さん。あなただ」

 らちが明かないとしびれを切らした影山が言い放った。

 「俺はこれでも嘘を見抜く目はある」


 鈴木は声のした方を向くと、わずかに前かがみになった。

 「そんなぁ、影山さんまでひどいですよぉ」

 眉を八の字にして、口元には笑顔を残しているが、影山は意に介さない。

 「ねぇ、ひどいでしょ?」

 鈴木は声に一層の色を乗せると、時田たちのいる方向に流し目を送る。その手のモーションに耐性のない参加者を味方にしようと、味方になれば何かよいことがあると思わせぶって、「ねぇ」と手助けを乞う。


 時田たちは一様にバツが悪そうな顔をした。野口も時田も中川も話さない。頼られても悪い気はしないのだが、自分の命を投げてまですることではない。お互いに知り合って間もないのだから尚更だろう。ついでに、隣同士で牽制し合っているのかもしれない。

 いつまで経っても援護は訪れない。鈴木は「私、違うわよ」と再度アピールをした。


 「いや、あんただね」

 吉野がきっぱりと否定した。

 「どっちにしろねえ、鈴木サンにできることは、自分がアタシたち全員の役に立つ人物であると説明することだけだ。そうでなければ今日の投票先は決定だよ」


 「こんなのおかしいですよ。そんな、どうして私が……」

 鈴木は弱々しく体を震わせる。しかし、誰もフォローをしようとしない。同じグループのメンバーでさえも、動かない。理由は極めて単純である。嘘や隠し事をする人を助けることはできないと水鳥が言ったからだ。


 このまま時間が来れば、死ぬ。鈴木はそう思った。何もしなければ死ぬ。

 「そもそも、こんなのおかしいですよ。赤ちゃんを見つけて殺すなんて」


 殺すという言葉にたじろぐ参加者の中で、君島が冷静に返事をした。

 「今更になって言っても意味がない。そう思ったのなら早く言わなくてはならなかった」

 全ては話し合いで決まったことであった。全員に発言の機会があった。


 「もう赤ちゃんは死んじゃったでしょ? それなのにママを見つけるのって可哀想じゃない?」


 「いや、そうはいかない」

 影山が鋭く否定する。

 「再三言うようだが、100人目が誰と共にあるのかはっきりしなければ俺たち全員が死ぬことだってありえた。それを隠したということは、全滅してもよいと考えているということだ。そいつを放っておくわけにはいかない」


 「そんなの、ないですよぉ。だってみんな出席していますよ」

 鈴木は内心を暴かれないように媚びつつ、生き延びる道を探っていく。

 「だから、ママはもう十分辛い思いをしたでしょ。心の中で泣いているのよ」


 「へえ。あれが、かい?」

 吉野は耳の後ろを軽く触りながら、珍しいものを見るような目をした。

 「それでもね、100人目が片付かないうちは、女を選んだ方が生き残る確率が高かったんだ。母親が死ねば100人目も死ぬ。母親が誰か分からなくても、毎日やっていればいずれ当たるだろう? 要はあんたは、女全員を敵に回していたってわけだ」


 「でもぉ――」

 鈴木が更に何かを言おうとしたが、影山が遮った。

 「もう十分なくらいに自分たちの価値を説明する機会を与えただろう。もはや本人だけになってしまったが」


 「おかしいよ、ねぇ、助けて」

 遂に鈴木は焦りを見せるとなりふり構わず隣にいた須貝の肩を掴んだ。周りに救いを求めて色を込めた視線を飛ばしていく。

 「赤ちゃんも女子の私も、か弱いのよ? 弱いんだから、殺しちゃダメでしょ?」

 沈黙が生じた。


 「はいはーい! 投票の時間でーす!」

 ニニィのやけに明るい声が聞こえると、暗い暗い世界の中に参加者たちは孤独となり、そこでどれだけの時間が流れたのか、再び明るい世界に戻ってきたとき、そこは全てが巻き戻った直後であった。


 「今日の犠牲者は、鈴木雪子さんでしたー!」





 君島は静かにその結果を見ていた。彼は、自分が人の命を救う立場でありながらも、目の前の誰かを助けられないことにどうしようもなさを感じた。


 (自分が生き残るためだ。情に流されてはいられない)

 それでも、すぐに心を落ち着かせる。それとこれとは別であって、自分が死んでまでして誰かを助けようとは思えない。

 (憤りは、このゲームに関しては、自分に向けても意味がない)

 彼はこのゲームそのものに問題があると理解している。システムがそうなっているのだから、その中で自分が生き残るためにはそうするほかない。それは、現実も変わらない。


 「はじめまーす!」


 鈴木は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、化粧が剥げかけていることも気にせず、四方八方を振り向いて、ケースの外にいる男性陣に救いを求めている。今や彼女にとって魅力的な男性ばかりに目を向けているが、それは全く無駄なことであって、ピクリと鈴木が何かに反応して、右手の甲を左手で掻いて、上を向いて、下を向いて、両腕を掻き毟って、頬を頭を腹を掻いて、その場で地団駄を踏みながら目を大きく開き、閉じて、大きく口を開けると、両腕を限界まで素早く動かして、体中を掻き毟り、血が出ても、爪に肉がこびりついても、腕は止まらず、歯を食いしばって、背中や足をケースにこすりつけて、顔をズタボロに裂いて、最後に首を掻っ裂いて、血みどろになっても両腕はすぐに止まらなかった。


 「みんな、また明日―!」

 モニターの中のニニィが手をブンブンと振ると、モニターが見えなくなり、透明なケースが床に溶けていった。吐瀉物の臭いが広間に漂い出す。


 君島は近くにいた影山にアイコンタクトを送るとスマホを懐から取り出した。

 (妊娠していたことが、このゲームにおいては不利だったのかもしれない。しかし、これまでの話し合いで何とかする機会は与えられていた。それを棒に振ったのは他でもない本人だ)

 彼はスマホを何度か操作すると姿を消した。


 このゲームは平等だ。腕力が、知能が、容姿が、どうであろうが立場は等しく、あとは自分の力でどうにかするしかない。不利だなんだと言っているだけでは何も変わらない。実際、昨日の彼らも他と比べれば難しい状況に置かれている。それでも彼らは生きることを諦めていないのである。



**



今日の犠牲者 鈴木雪子

一番大事な人 パパ(2番目の)


 100人目の母親。既婚。ところでこの人、旦那さんのことをパパって呼んでいるけれども、その他に専務が1人目のパパで、イケメンの医師が2番目のパパで、近所の鳶職が3人目のパパで、後は血の繋がるお父さんと育てのお父さんのこともパパって呼んでいるし……って、とーっても複雑なご家庭だね。あと、お向かいのパパも一回だけパパ? ニニィもうよく分かんない。ちなみに100人目は彼女と2番目のパパの子供で、鈴木は旦那にそのことを伝えない予定だった。第一子は鈴木と1人目のパパの子供。旦那は知らない。お金持ちやイケメンとなら誰とでもすっごーく仲良くすることから、職場では陰でレグホンと呼ばれている。すっごーく仲良く、って一緒にお山に登るのかな?

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