第17話 誤魔化すな(2)
古柿基実は焦っていた。昼前、彼女はリビングの椅子に腰かけながらスマホの「メモ機能」を開いていた。
(私、やっぱり仲間外れにされている……)
彼女の心臓が嫌な跳ね方をする。彼女の考えが正しければ、昨日彼女が吉野から聞いたことを基にすれば、死ぬ。
(メンバーを減らすために切り捨てられるのはそういう人だよね。味方だと思っていたけれど、もちろん味方だけど、そうじゃなくて、もう選ばれた後だった……)
古柿はもともと地味で目立たないところに、見栄えに金をかけるのがもったいないと考えている。そのため職場では空気のような存在になっていた。ごく普通に挨拶はされるし、全員参加のイベントにも呼ばれるから、無視をされているわけではない。ただどの職員からも、仕事以外のことになると、その他の人に分類されているだけである。
彼女はそれでいいと考えていた。出世は期待していないし、毎日FAXやハンコと向き合っていれば給料はもらえる。黙っていても昇級する。公務員だからクビになることはない。そうやって、競争のない世界に身を隠して生きてきた。だから、表に引きずり出されたときに何もできなくなっていた。誰も手助けしてくれない。
古柿は、架空のぬるま湯から抜け出そうと書き起こしたメモを見直した。そこにはメンバーの名前がいくつかの改行を挿みながら入力されていた。
(まず、吉野さんは吉野さんで――)
古柿は吉野が基本的に1人でいることを知っている。積極的に雑談に加わることはなくとも、話しかけられれば物怖じせずに真っ当な対応ができている。
(徳田さんと福本さん、それから政所さんと、……亡くなった河本さん。よくおしゃべりしているタイプ? そういう感じ)
古柿は胸が苦しくなった。次にグループから抜けるのは自分であるとどうしても想像してしまう。河本の死ぬ姿から連鎖的に、7日目、6日目……と犠牲者の最期が思い出されていく。古柿は椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がり、洗面所に駆けていった。
やがて顔を青白くした古柿がスマホの元に戻ってきた。彼女は「ににぉろふ」を開いて「水」と弱々しく呟くと、テーブルに片手を付いて寄りかかり、2割ほど飲んで口の中をさっぱりとさせた。
(それから、室賀さんと利原さん、依藤さん。仕事ができる人たち?)
倒れた椅子を起こしながら、古柿はそれぞれに勝手なラベリングを施していく。どこのサブグループならば自分が加わる余地があるだろうかと考える。
しかし、単純な話、相手方に古柿を仲間に入れるメリットは今のところないし、仮にどこかに加わったからと言って、そこでも社交的に振る舞えなければ、死ぬ。
(沼谷さんは吉野さんと一緒にいることが多いけれども、大浜さんや鰐部さんたちと一緒のときもある。ここは疲れそう。ずっとお菓子食べていそう)
そのくせ古柿は自分の方からグループを選別している。なまじ自分が中級国民だという驕りがある。
(お婆さんたちは固まっている。夏里さん、御法川さん、江守さんと谷本さん。私、そこまで老けていないけど、ここなら安心できる?)
古柿は自分の両手の甲を見た。年並みの皺とシミが入っているが、まだお婆さんの域には早すぎると思った。
彼女はペットボトルに残った水を飲み干すと、再びスマホに目を落とした。
(どこなら私が加わっても大丈夫だろう? もし拒否されたら、死ぬよね、多分)
古柿のカサついた両腕にゾワリと鳥肌が立った。それは肩を通って背中と脇腹まで広がった。
(死にたくない……)
(でも、どこかに加わっても死ぬときは死ぬし、独りでいても生き残るときは生き残るよね。今、私たちは16人だから……)
古柿は目をつむりメンバーを1人ずつ思い浮かべていく。
(周り……、他の参加者から嫌われていそうなのは、うーん……、徳田さん? あとは……)
その次を思いつくほど古柿はメンバーと交流していなかった。
(私たちの中で、その、味方から狙われそうなのは……吉野さんに文句を言っている人なら……、福本さんや谷本さん? それとも、あんまり考えたことを言わないお婆さんたち? 私?)
考えても分からない。彼女には今のところ全員がそこまで悪い人には見えていなかった。自分と自分の一番大事な人のためなら他人の命を犠牲にすることを選ぶ人たちであっても、ここではそれが当たり前である。
(やっぱり無理にどこかに加わらなくても、というより、私の性格的にそっちの方がいいかも)
古柿はこの考えに自分が納得したということにした。無理に慣れない立ち回りをするよりも、ひたすら潜んでいた方が生き残る確率が高いと考えた。ただ単に問題を後回しにしたとも言えなくもないが、自分で決めたことなのだからと自分に言い聞かせた。
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