第17話 誤魔化すな(1)

 竹崎は朝早く、スマホの着信音で目を覚ました。こんな時間に何事かと思い画面を見ると、「7SUP」に1件、メッセージが来ていた。


 「誰だよ……」

 何故わざわざ着信音付きで送ってきたのかと思いながら、竹崎は重い瞼を片方だけ持ち上げてアイコンをタップした。橋爪からのものだった。


 『ちょい気ずいたことあります。相談いいですか?』

 その具体的な内容を書かないことは彼が馬鹿であることを証明しているようなものだが、竹崎は深く考えるほど目が覚めていなかった。それ以前に平仮名を間違えている。


 竹崎には断る理由がなかった。『いいよ』と返信すると、すぐに橋爪から入室申請が届いた。

 (え、今から? ここに来られるのもなんか……)

 竹崎は、たとえ橋爪を呼んでも自分の身に危険が及ぶとは思っていないが、単純に自分の部屋に入れたくないと思った。白アリと同じで一度侵入されたら事ある毎に湧いて来るような気がした。


 竹崎は工場の作業着を着ながらどうしようかと考えて、試しに自分からも入室申請を送ってみた。すぐに承諾が返ってきた。

 「行くか……」

 橋爪のことが嫌いなわけではないし、自分の部屋に入られなければ話を聞くことを拒む理由もない。竹崎はスマホを何度かタップすると、姿を消した。



 竹崎が橋爪の部屋に入ると、「こっちよぉ」と声量のコントロールができていない声がリビングから聞こえてきた。覗くと、そこは無駄にごてごてと黒光りした家具で揃えられており、橋爪はその中央にある革張りのソファに座っていた。


 「朝飯、牛丼でいい?」

 テーブルの上にはつい先ほど用意したと思われる牛丼が2つ置かれていた。手前にあるのは彼自身の分だろう。すでに半分以上なくなっている。


 「うん、サンキュー」

 竹崎はあまり食にこだわりを持っていないし、何より空腹だった。彼は座って箸を手に取ると、橋爪の顔を見た。

 「で、話って何?」


 「いや、気付いちゃったぽくてさ。あ、食べながらで」

 橋爪は自分も箸を手に取ると、丼の中身をかっ込みだした。竹崎は眉をピクリと動かしたが、何も言わずに牛丼を食べ始めた。

 「このゲーム、防御の意味なくね?」

 いつの間にか朝食を終えていた橋爪が唐突に言った。目を大きく開いて、片方の口角を持ち上げている。


 「どゆこと?」

 竹崎には意味が分からなかった。言葉の意味は分かるが、そう考える理由を先の台詞から推測することはできない。


 「俺ら今、ていうか……7人じゃん?」


 「ん」

 竹崎は牛丼を口に運んだ。


 「でさ、毎日颯真クン守れないからさ、3人が交代で守ってるじゃん? でも、颯真クン狙ってるメンツって、同じだけいても7人じゃん? それが一気に来るわけよ。でも、俺らいつ来るか分からないから、数的にいつもヤバい、的な?」

 橋爪は意気揚々と言った。竹崎は少し考えた。一瞬納得してしまいそうであるが、おかしな話だ。

 「あれじゃね? 死ぬの、点数が一番高い人だけじゃん。だから、颯真クンに7人分票来ても、3人守っているから、3引いて4人分。で、俺らで他の誰かに7人分票入れればセーフっしょ。時田サンたちもいるし」

 竹崎は倍率や同一点などの細かいことを省いて橋爪の説を否定した。余分な情報を追加すると話が逸れていくし、何よりこの手の人間は一度に理解できる量が決まっていると竹崎は知っている。


 「あー確かに。じゃあ、やっぱ颯真クン守ってて正解かー」

 橋爪は自分の説が間違っていると言われても何とも思っていないように見えたが、一応の抵抗らしいものを示した。

「……逆にめっちゃ票入れられたら、死?」


 「そうそう。そんだけヤバいことしてたら、助けるの無理よ。だから颯真クン、票入れられないようにやってるのスゴクね? 的な?」

 竹崎は当たり前だと思いつつも、それらしくポジティブな回答をすると、橋爪は何も疑うことなく笑った。

 「だよな! 颯真クン完璧っしょ!」

 彼は謎の喜びを見せると、「湊斗クン、リアルに助かった、マジで。俺あんま賢くないからさ」と頬を掻きながら小声で言った。


 「いや、俺もたまたま気が付いただけで、基本、頭良くないからね。中卒だし」

 竹崎は咄嗟に謙遜した。しかし心の中ではある種の線引きをしていた。

 (まあ、2人とも虎王クンよりはマシだけど)



 竹崎は工場で働く中で分かるようになった。無知な者のアイディアが突出して優れているというのは稀であり、だから語り継がれていると。馬鹿の言うことが何でも優れているわけではなく、たまたまある馬鹿が優れたことを言っただけの話で、賢いものは何百、何千倍も優れたことを考えて、自分の中で選別して口にしているのであると。

 さらに、無知な者と言っても、違う分野を背景に持つ者は違う角度からものを見ているからこそ口を開く価値があるのであって、何も学んでいない馬鹿が同列と思い込むことは失礼であると。

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