第15話 欺くな(1)
ここ数日、二瓶は自分の部屋に同じグループの小学生4人を呼んで、一緒に朝食を食べていた。彼らは、そうでもしなければ餓死するのではないかと思うくらいに活力を失っていた。
「……」
小学生たちの目の下にはうっすらとクマができており、全員、黙々とペレットを口に入れて、口を動かしている。口に入れたら動かす、何度か動かしたら飲み込む、と意識してようやく形になっている。
「みんな、よかったらデザート、……いりますか?」
二瓶は何とか少しでも子供たちを元気づけようと、無理に明るい声を出した。返事をする者はいない。そのかわりに日高が暗い目でゆっくりと二瓶を見つめた。
(ちょっとはノッてほしいけれど……、みんなが元気になってくれるなら、それでいいよね……)
二瓶自身も辛い。辛い中で、空元気を出している。誰か1人でもポジティブでいなければ、全員がずっと塞ぎこんだまま好転の可能性はない。ここでは暗くなろうと思えばいくらでも暗くなることができる。何も気にしていないのも問題であるが、あまりにも暗いままならただ死ぬだけだ。
「みんな、食べたら元気になりますから、ね。先生も辛いことがあったらそうやっているんですよ」
二瓶は暗示をかけるように「食べたら元気になる」と何度も説明しながら、彼らを立ち直らせる。実際のところ、ペレットには調子を良くする何かが入っていると考える参加者もいるのだから、間違いではないのかもしれない。そうでなくても腹が膨らめば多少落ち着くものだ。
「……」
小学生たちは二瓶の指示通り、袋の中身を口に移している。甘えている。彼らにとってみれば、苦しい思いをして自力で這いあがらなくても、このまま無限に二瓶の活力を吸い取ってい続けていれば楽に生きることができる。
「ごちそうさま、でした……」
やがて日高がぼそりと言うと、他の3人も同じ言葉を口にして、空になった紙袋を逆さにした。欠片一つ落ちてこない。
「みんな、ちゃんと食べ終わったんですね。えらいえらいっ」
二瓶も無償で行動しているわけではない。同じグループのメンバーだから、まとまった数で投票するのが生き残るのに有利だから、助けている。ただそれだけである。その証拠に、他のグループにいる小学生たちは、ここにいない。
「先生、ありがとう……」
渡辺がおずおずと二瓶を見て、小声で言った。他の3人も二瓶の目を見ることはないが、頷くことで感謝の態度を示す。
「いいんですよ」
二瓶は優しく微笑んだ。子供たちの頬や耳の先に血色が戻ってきたことが嬉しいと表情で語っている。たとえそれが一時的なものであっても。
「それじゃあ、今日は何の映画、見ます?」
一段落した後、二瓶は小学生たちに尋ねた。渡辺が少し経ってから答えた。
「なんでもいいよ、先生」
「それじゃあね、えーと……」
二瓶は自分の覚えている中で、できるだけ明るくハッピーエンドの物語を選ぶと、「ににぉろふ」を使って再生した。壁掛けのモニターからオープニングが流れ出す。
「ほら、始まりましたよ」
そうやって小学生たちをソファに座らせると、二瓶はその横に座った。彼らは、何も用事がないときはこうやって時間を過ごしていた。内容に集中していなくても、ポジティブな音や光を浴びることで効果があると二瓶は思っている。
(他の子たちは、大丈夫かな……?)
映画のワンシーン、主人公のアンドロイドが電池切れで倒れたのを見て、二瓶は思った。彼女は当初、同じグループにいる中学生たちも誘おうとしていた。しかし、その直前、佐藤に差し伸べようとした手を払われたことで、再び声をかけることをためらってしまった。中学生が全員同じ風に考えていると思うと、佐藤以外を誘うのにも抵抗を感じて、そのままにしていた。
(大丈夫だよね?)
二瓶は昨日笠原の部屋で見た彼らの顔を思い浮かべた。妙にぼやけている。
主人公はスタミナモードに切り替わり、電源を探してあっちこっちを動き回っている。機能が制限されているせいで、一つ一つの動作がコミカルである。周りの人たちには、変わった青年が何か演技をしているように思われている。
(私、今でも手一杯だし)
二瓶が小学生たちを見ると、全員モニターの方を向いていた。心なしか熱心に見ているように思える。主人公が加減を間違えて何かの看板をへし折ってしまい、焦っている。
(それに、佐藤くんの方が力、強いし……)
それは、二瓶の中で最も正しいことになっている理由であった。自分の部屋に他人を招き入れる、あるいは逆に他人の部屋を訪れることは、単純にそこで殺されるというリスクを孕んでいる。誰かに知られていなければ、証拠はほとんど残らない。自分が生き残る確率が上がる。ただし、失敗すれば確実に死ぬが、どちらにしても殺されることは変わらない。
モニターに何も映らなくなると、二瓶たちの気持ちも同じように暗くなった。これから誰かに投票をしに行くのである。どんなに怯えていようが、自分が生き残るために誰かを犠牲にすることからは逃げずに。
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