第13話 捧げるな(3)

 室賀久美子は自分の部屋に依藤と利原を招き、昼食後のコーヒーを飲むところであった。照明を落とした室内には落ち着いた曲調のジャズが流れ、そこで何種類もの豆を焙煎しているかような香りが深く、しかし強すぎない程度に漂っている。


 利原が上品にカップを持ち上げて、コクリと飲んだ。

 「美味しいわね、やっぱり。この苦みがいいのよね」


 「あら、私のは酸味が強いわ。キリマンジャロがベースになっているのかしら」

 室賀はそう言うとミルクを入れて、もう一口飲んだ。

 「このくらいがちょうどいいのよ」


 2人がそれとなく依藤の方に目を向けると、彼女はその意を察した。

 「でも本当に不思議よね、『コーヒー』って言っただけなのに。私のはブルーマウンテンに近いわ」


 3人は再びコーヒーを飲んだ。1杯がいくらになるのか分からないその味や香りは室内の雰囲気と相まって3人の心を軽くする。毎日誰かが残酷に死ぬ様を見ているのであるから、その選択は自分たちがしているのだから、暗くて当然だ。

 ただ、ずっとそうしたアピールをしていれば、疎まれる。全員条件は等しいのに自分だけがかわいそぶっていれば、死ぬ。


 「ところで」

 室賀が口にした。

 「依藤さんは宝石のお店で働いているのよね? イメージなんだけど、やっぱりお給料って……いいの?」


 「ええと、宝石店と言っても、モールの一画に入っている所だからそんなにすごくないですよ」

 依藤は小さく笑いながら答えた。年収については、正直なところ割にあっているのかよく分からなかった。最も、正直に答える必要はないのだが。


 「色々な宝石がたくさんあるんでしょ? キレイで飽きなそうね」

 室賀が踏み込んで質問する。少し前のめりになっているせいで、腹の肉がだるんと重力に引っ張られている。彼女の贅肉が宝石になったら大層儲かるだろう。


 「ええ。でも、うちの店には、ほんと、大して置いてないですよ。ダイヤモンドがほとんどで、あとは皆さん知っているものがいくつかあるくらい」

 依藤は手を小さく振りながら否定した。そして、ほんの少し感じた気まずさをごまかすようにカップの取っ手に指をかけた。


 「そうなのよね。私の近所にもジュエリーショップがあるけれども同じ感じよ。珍しい宝石なんかはまた別の専門店があるのよね」

 利原は背筋を伸ばして依藤に同意した。依藤が「そうなんですよ」と答えると横から室賀が「へえーっ」と感心の声を上げた。


 「利原さんのところも? 羨ましいわ。うちの近所なんてそういうところがないから。いいわねぇー」

 彼女の頭の中では何かの動画で見た煌びやかな光景が広がっている。その想像に引用しているのは最上級国民の豪邸であって宝石店ではないが、とりあえず輝いていればそれでいいらしい。

 「ねぇ、そこって従業員割引なんかあったりしない?」

 室賀が両手を前で組んでテーブルの上に乗せ、目を光らせた。


 「ええと、ありますよ」

 依藤はためらいがちに答える。その質問が来たということは次の質問もだいたい予想できるからだ。実際、そうであった。

 「良かったら今度お願いできないかしら?」

 何をとは言わなくてもはっきりと分かることだ。依藤が割引で買って、それを室賀に店頭の値段よりも安く売ることを、である。


 「ええと……」

 依藤はたじろいだ。まず、まだ出会ってから今日で7日目である。さらに――。

 「そうね。もし、私たちが生きてここから出られたら、私もお願いしたいわ」

 利原の言う通り、この話はお互いが生き残ることを前提としている。


 利原も室賀も強く要求しているわけではないが、静かな期待の眼差しを依藤に送っている。依藤がほんの一瞬返事を遅らせただけで2人は前のめりになる。依藤は結局、期待に応えることにした。

 「そうですね。せっかくこうして仲良くなれたんですし、あれですよね、願掛けも込めてということで」


 依藤の会社は社内規定で転売を禁止している。しかし依藤はそのことをすっかり忘れていた。ただし、たとえ思い出したとしても何も焦ることはない。誰かと誰かのうち片方でも相手を覚えている気がなければ、ゲームクリアと共にお互いの存在を忘れるからである。

 それでも自分に新たな価値を付加することは、このゲームで生き残るのに有利だ。理屈の上では投票先に選ばれにくくなる。最も誰が誰にどの票を入れたのか、本当のところは分からないが。

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