第12話 集れ(4)
「ええと、雑談というほどでもないのですが」
東が遠慮がちに話し出した。こうした会話はこれが初めてではない。お互いのバックグラウンドを知るのに彼らは時たま自分の専門を紹介しあっている。
「僕、史学科で日本の歴史や風俗を調べているって、前にお伝えしたと思いますが、先夫遺伝の伝承があった村の話です」
「あ、先夫遺伝ってのは、再婚した女性と夫の間にできた子供が前の夫に似た所があるという説ですね。昔、その集落にどこからか酷い怪我をした青髪の男がやって来たそうです。村人たちがその男を介抱すると、男は見る見るうちに元気になって、恩返しをするのにそのまま村に居着いたのですが、いつの間にか村の既婚者と陰で関係を持ってしまい、村から追放されます」
東は記憶している話を幾分か噛み砕きつつ説明していく。彼の専門はニッチで、そのまま話しても他の人には伝わらない。かと言って細かくしすぎるとそれはそれで伝わらない。
「ほどなくしてその女が妊娠していることが分かりました。生まれてきた子供は青髪でした。女は、夫に知られることを恐れてその場で赤子を殺してしまったそうです。それから女は夫と何度か子供をもうけましたが、みな青い髪をしていました。その度に女は赤子を殺しました。実子を殺しすぎて、殺し足りなくなり、女は他人の赤子をさらって殺す鬼となってしまいました。そして村の衆に捕らえられて、冷たい川の底へ沈められました。そういう話です」
東は他のメンバーがどれくらいついて来ていただろうかと顔を見た。全員が大丈夫そうだと思った東はもう少し付け加えることにした。
「奇妙な点はですね、この話の訓辞が先夫遺伝、貞操であることです。青髪の男や鬼、あるいは魂や念といったところにはほとんど触れていない。だから、似た事実があったのではないかと著者は考えてですね、色々な資料を比較検討したというものでした。それで、お聞きしたいのですが、実際、今の医学的にそういうことはありますか?」
東が君島に話を振ると、君島はすぐに返事をした。
「テレゴニーですね。私も専門ではありませんが、精子や胎児のDNA、RNAは母体に残るという論文がいくつか出ています。それらが次の胎児に移行し得ますから、メンデルの遺伝法則とは違った形で母体を介して伝わっても不思議ではありません。どの程度形質に影響するのかは……どうでしょう、鈴木さんの方がお詳しいのではありませんか」
「いえいえ、私なんかは……。ただ、そのお話は興味深いですね。東さんのお話ももちろんそうですし、このテレゴニー、育種改良に応用できれば色々とできそうですが……、同じ精子で授精させた方がより目的に適う形質が得られますね。毛色や毛柄を操作できれば、付加価値になるでしょうか」
鈴木も何とか自分の知る範囲で答えを出す。君島がまとめた。
「ただ、まさにこれという有名な事例を存じませんから、あくまでも話の内、信じるも信じないも、といったところでしょうか。この答えで足りていますか?」
「はい。ありがとうございます」
東はこれ以上この話をしないことにした。全員の知識の範囲から少しずつ外れているからで、あまり盛り上がらなかったからである。
*
柘植はベッド裏のマグネットを動かしながら瑞葉に考えを確認してもらっていた。狭い面を2人で見ているから、というよりもそれにかこつけて、瑞葉は柘植にべったりとくっついている。寝室の空きスペースが少なくなったこともおまけの理由として挙げられるだろう。
「外崎が選ばれたのは予想外だった」
柘植はバツ印のついた外崎の顔写真を手に取ると、元の位置に戻した。
「まあ、これでグループ同士の潰し合いが始まったと考えてよいだろう。後は、タイミングだ」
「ところで、瑞葉は……違うよな?」
柘植が横を向くと同時に瑞葉も横を向いた。柘植がその顔をじっと見る。瑞葉はこくりと頷いた。
「うん、分かった。それで、これから私たちがやることは――」
**
藁人形論法
ニニィのお友達のお友達の話。みんなでカンパして部長の退職祝いを購入したが、代表で買いに行ったAがそれを黙って渡して、しかも何を渡したのか言わなかった。「黙って渡して、何を渡したのか言わないこと」をカンパしたBが疑問視すると、Aはそれを「Bが『プレゼントの中身』を『否定』した」と歪めて、「心のこもったものを否定するなんて最低!」と、反対しにくい一般論に落とし込むことで「B=間違っている、悪」のイメージを作った。
さらに取り巻きとともに「Bは人権、自由を侵害する危険人物」とそこら中に一方的に触れ回り、誰かが中立に立とうものなら「Bの肩を持つお前も悪か!」と喚き、その上Bが誰かに聞いてもらおうとするとAはあの手この手で妨害した、っていう話。というか今日本で起こっている話。一体中身はなんだったのか。どうでもいいけど、藁人形論法っていかにも忍者の技っぽいよね。
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