第12話 集れ(3)
影山の部屋の空気は重く冷たい。同じメンバーの中から犠牲者が現れることは、いつか訪れることが分かっていたはずのことである。たった数日付き合っただけでも、病気でもない知り合いが目の前で死ぬというのは衝撃であろう。
彼らは外崎に哀悼の意を捧げた後、前の日と変わらない情報の整理、交換を行った。自分たちが生き残るためには、薄情に思われるかもしれないが、大した関係でもない人のために一々立ち止まっていられない。第一、遠回しに殺しているのである。
一段落したところで、影山が君島にアイコンタクトを送った。君島が小さく頷く。
「それで、誰が妊娠しているか……君島さん、何か分かりますか?」
君島はすぐに返事をせず、一拍おいてから口を開いた。
「正直、見ただけでは難しいです。腹部の膨らみだけでははっきりしたことは言えませんし、本人も自覚していないようですよね。野口さんが話題に上げたときの反応を見る限り。少なくともここに来る前から知っていたということはないでしょう」
君島が慣れた様子で一呼吸置くと、こちらも説明慣れしている猪鹿倉が体を少し前のめりにした。
「私たちみたいに100人目の姿がないことを知っていて、予想を立てていたのかもしれないですね。胎児、胎芽かもしれないと」
「どちらにしてもその所在は確かめる必要がある」
影山が言い切る。部屋の中を鋭く見渡している。
「この中にもしいれば、以前も話した通り、強みだった。見かけの人数よりも1人分多く行動することができると予想していたからだ。今日の反応を見る限り、それはないらしい」
影山はペットボトルのふたを開け、中の水を半分ほど飲むとつづけた。
「それでも弱みは残ったままだ。母親が死ねば当然100人目も死ぬだろう。無関係の参加者からしたら狙うメリットは大きい。一度に2人だ。自分の生き残る確率が上がる」
「憂慮すべきことは、今の状況は女を投票先にすることが数字の上で得になっていることだ。いつか当たる、当たれば得をする。これを解決する方法は1つ。先に100人目に投票することだ」
つまりそれの母親が誰であろうと、である。
「そして、その次は簡単ですね。今の話を投票前にして、その母親が女性全体を危険に晒したと言えばほぼ確実に票が集まります」
松葉がさらりと言った。影山は……特に反対することもなく、話を拾い上げる。何でも対立するというわけではないのだろう。
「そうだ、それがこの中の誰かなら、別の議題を上げて話を逸らす必要がある。そうでなければ投票先を決め打ちするのに必要だ。だから、調べる必要がある。この中にいるのか、いないのかを」
「妊娠されているのかどうかは検査薬を用いましょう」
君島が冷静に説明を始めた。
「『ににぉろふ』で取り出した検査薬は絶対に正しく反応するでしょう。それでも、これが普通の検査薬と同じ原理でできているのなら、別の要因で上昇したhCGに反応したという可能性も残ります。確定診断は……私が診察して診断するのが、この中では信頼性が最も高いですね。勿論、医学に精通している女性がいればよいのでしょうが、そうではありませんから」
他のメンバーの反応を見て君島は付け加える。
「もちろん任意で、あくまでも陽性反応が現れた後の話です。どなたか……妹尾さん、あなたの部屋でお願いできますか」
「待ってください。すり替えや結果の捏造は?」
松葉が割り込んだ。影山が素早く目を走らせる。他のメンバー、男性陣は――全く反対しているわけでもない。すぐに軌道をコントロールしようと影山が入り込む。
「それは信頼しなければならない。そうする」
「自分と一番大事な誰かの命がかかっているのに?」
松葉が薄く口元を歪める。影山は眉をピクリと動かし、いつもよりやや大きく口を開いた。
「ああ。そうだ。ただでさえ非礼極まりない頼み、精神的な負担をかけている。その上疑ってしまえば、もはや人道も何もない」
そう言いながら、影山の頭にこれまで行ってきたことは人道に則しているのかという問いがよぎった。影山は強く一度瞬きをすると考えを元に戻した。
「仮にそうしたとして、グループ内に亀裂が入ることは目に見えている。どこかで取り返しがつかなくなると俺は思う。反対なら出て行ってくれて構わない」
「そうですね。そのデメリットがありますね。分かりました。影山さんの言う通りにしましょう」
松葉が目元を細めて言った。誰かの考えが変わらないうちにと君島が話を進める。
「それでは、妹尾さん。妹尾さんの部屋で、お願いできますか。」
「ええ」
妹尾がやや声を固くして、すっと立ち上がった。
「じゃ、行きますよ。どこか掴んでください。……って、どこ触ってやがんですか!」
「あっ、すみません……」
別宮が反射的に手を離す。
「場所がなくって……」
「いや、こっちもつい……」
妹尾もバツが悪そうに「ごめんね」と小さい声で謝った。ただびっくりしただけで、怒ったわけではなかった。
「純夏ちゃん、こっち、こっち」
関口が小さく手招きすると、別宮はその近くにすすっと移動して、妹尾を弱く握った。妹尾はそれを確認すると「カードキー」を使って自分の部屋へ、自分に触れていたメンバーと共に姿を消していった。
「それじゃ、私たちも1時間後に」
君島が姿を消したのを皮切りに、他のメンバーも自分の部屋へ帰っていく。影山が独りになったところで、君島が再び姿を現し、少し遅れて東、鈴木が戻ってきた。打ち合わせ通りである。
「建設的なことを話すのは全員が揃ってからにしよう」
影山はそう告げると、話し疲れたのか、深く深呼吸をするとそれきり口を開かなくなった。
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