第12話 集れ(2)

 二瓶の部屋には何人かの少女たちが集まっていた。栗林は端の椅子に座って所在なさげに二瓶を見ていた。


 「じゃあ、その、100人目のことなんだけれどもね」

 二瓶は言いにくそうに話し始めた。


 (あれ?)


 「心当たりのある人は……いる?」


 (あ。先生、いつもと話し方が違う)

 栗林が気づいたように、二瓶は普段遣いの丁寧語ではなくタメ口で栗林たちに話しかけている。


 「その……もしかしたら、自分かなーって人はいる?」

 二瓶は上擦った声を放ち、チラチラと誰かの顔を見ては言葉にならない音を口から出している。


 (私がなんて、あり得ないし……)

 栗林はうつむきながらスカートの裾を摘まんだ。どうしても前を向くことができなくなっている。


 誰もはいともいいえとも答えない。目線を部屋のどこかに飛ばして居心地が悪そうに体を動かすほか、これといったジェスチャーも取らない。頭の中で何が起こっているのか、頬や耳の先が自然と赤らみ、吐息が仄かに熱を帯びている。


 「違う、よね?」

 二瓶の問いかけが語気を増す。誰かが頷いたのを皮切りに面々がコクコクと頭を動かす。

 「だよね! よかった!」

 二瓶は安堵の息を漏らした。

 「本当は笠原先生から絶対に分かるまでって言われていたんだけど、そうだよね、そんなことあり得ないもんね」

 教師を志しているわりには現実を見ていないのか、ここにいる参加者の人となりからあり得ないと判断しているのか、二瓶はそう言うと満足げに微笑んだ。

 「じゃあ、この話は終わりにして、ええと、今日もお疲れ。また明日、ね」



 1人ずつ自分の部屋に帰っていくのを二瓶は見送った。それから、自分の部屋に誰も残っていないことを確かめて、笠原の部屋へ移動した。さすがに自分がいないときに誰かに部屋を自由にさせるほど、心を許してはいない。何もしないと言われたとしても、難しい。それが相手を信用していないことのアピールにもつながりかねない分尚更である。


 「どうでした?」

 二瓶が到着するや否や笠原は椅子から立ち上がり、硬い調子で尋ねた。その勢いに二瓶は思わず「あ、全員違います。違いました」と口にした。


 「どうやって確かめましたか?」

 笠原はこわばった表情を変えないまま言った。意識的にゆっくりと呼吸しているのが見て分かる。


 「みんな違うって言っていました。あれは絶対に嘘ではありません。もちろん、私もそうですし……」

 二瓶は顔をわずかに紅潮させながらも、笠原を真っすぐに見ている。


 「しかし、それだと確実なことは言えません。自覚がないということもありえます」


 「でも普通に考えて、ないです。遊んでいるようには見えないですし、性格もそうですから、これ以上何かやっても意味がないです!」

 二瓶は引き下がらず、考えの客観性を失っていく。プロセスが正確でなければ結果の真偽は、例え当たっていたとしても、信用できない。


 笠原は悲しそうに目を閉じると、大きく息を吸ってから目を開き、ぎこちなく口を開けた。

 「そう、です、ね。分かりました。大役お疲れ様です。もう帰って休んでください」


 「はい。お休みなさい」

 「はい」


 部屋の空気は静かに冷たく流れていた。二瓶は手早くスマホを取り出すと、「カードキー」を使って自分の部屋へ帰っていった。





 水鳥の部屋に集まったメンバーたちは何とも言えない表情や仕草で水鳥が話し始めるのを待っていた。思春期にはセンシティブな話題である。それを憧れの水鳥が口にするのである。恥ずかしさと聞いてみたさがごちゃごちゃになっているようだ。大人たちはそこまでではなくても、興味津々であることは変わらない。


 「それじゃ……みんな、今日もお疲れさま」

 水鳥が話し始めると部屋の中が不気味なくらいに静かになった。関節の鳴る音も、衣擦れの音も、呼吸音も全員が最小限にして、水鳥から放たれる全てを脳に刻み込もうとしている。

 「それで……、今日の話し合いで出たことだけども……やっぱり、調べないといけないんだ」

 水鳥が唇をぎゅっと結んだ。


 「それって、誰が100人目の……ママか、ってこと?」

 丸橋が顔を真っ赤にしながら尋ねる。頭の中にはすでにモザイクがかかっている。要所を隠しているというよりも、想像でしか知らないことを想像しきれずにCPUの処理が追いついていないのだろう。他のメンバーもピンク色の煙を体から噴き出している。


 「そうだね」


 「あの、どうして?」

 本村が声に出した。水鳥と目を合わせずに瞳が小さく左右に動いている。

 「100人目が赤ちゃんだったのはびっくりしたけど、誰の……かは調べなくても……」


 「うん……。でもね、その人は2人分、自分と100人目の分の力を持っているよね。その人が投票を欠席すれば2人休んだことになる。それに、投票する権利もスマホも2人分なのかもしれない。それって……他の参加者から見たら多分、すごく、目を引くことになるんだ」

 水鳥はできるだけ直接的にならないような表現を使った。端的に言えば、狙われるということだ。つまり、死ぬということだ。

 「それにね……」

 話が止まる。水鳥は自分の手のひらをじっと見ている。そうやって少し経って、水鳥はゆっくりと顔を上げた。

 「こんなに重要なことを知っていたのに隠していたのなら、信用、できなくなってしまうよね。その人の言葉も、行動も、全て。そういう人がグループの中にいるのは、怖いよね?」


 「……」「うん……」

 頷く深さがそのまま水鳥を深く理解しているとアピールするように、あるいは単に同意するために、銘々が上半身を動かす。ここで、私あるいは私たちを信じられないのかと水鳥に突っかかる人がいたら、よっぽどお花畑で向こう見ずだろう。出会って数日の集団が、各々の命のためにこのゲームに参加している。盲信などはない。それに、表立って反対すれば、他の参加者に目を付けられる。


 「だから、言いにくいと思うんだけど、もし、自分がそうなら、そうじゃないかなって思うなら、みんなに打ち明けてほしいんだ。そうすれば、みんなで守ってあげることができるかもしれない。隠されていたら、庇いきれない……」

 水鳥が切なそうに微笑む。1人ずつ、ゆっくりアイコンタクトをする。ピンク色の蒸気は彼女たちが指先やつま先をもぞもぞとこすり合わせる度にどんどん濃くなっていく。

 最後の1人と目を合わせ終えた水鳥が体の向きを変えると、乙黒が顔を赤くして水鳥の方を見ずに手を挙げた。そして、ちらりと水鳥を見て、また目を反らした。

 「調べるって、妊娠検査薬、ですか?」


 「本当に……辛いことだと思うんだ……。調べさせられるのも、結果を話すのも……。本当に……。ごめんね……」

 水鳥は肩を落とし、覇気のない声で言葉を押し出す。このゲームにおいて、ここにいるメンバーの生存確率を上げるためにはやむを得ないことであるのに、自分にはこれ以上どうすることもできないと訴える。


 「あ、あの、恥ずかしい、です……」

 丸橋が縮こまりながらもぞもぞと呟いた。


 「そう……だよね。でも……みんなが生き残るには知っておいた方がいいんだ……。だから……陽性だったら、みんなに言ってほしいな……。お願いします」

 水鳥が優しく頭を下げる。心からお願いしていると誰にでも伝わるその動きは無駄なく滑らかで、男女区別なく引き込まれるもので、同時に有無を言わさないものだった。


 「話を変えるね……。今日、広間を観察していたのは加藤ちゃんと紅梨夢ちゃんだよね。何か変わったことはあったかな?」


 「じゃあ私からね。今日は――」

 すぐに中津が立ち上がる。いつもと変わらないミーティングが始まる。強いて言えばピンク色のガスがいつもよりも密になっているくらいだ。機械的に進行することは、それが自分と自分の一番大事な人が生き残るために他の誰かを生贄にする算段で、現実であるということを忘れさせるのだろう。




 微笑みを絶やさず最後の1人、大川に「バイバイ」と小さく手を振った後、水鳥はスマホをポケットから取り出して「ににぉろふ」を起動した。そして、「換気、水」と口にしてから硬い木の椅子に座った。それから息つく間もなくペットボトルの蓋を開けると、中身を頭の上からかけて、そのままじっと目の前の壁紙を見つめた。

 (次こそ、もう、次はない……)

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