第12話 集れ(1)
早速、吉野の部屋にメンバー全員が集められた。投票後のショックを、あるいは、投票したというショックを独りで和らげる時間さえない。皆、大なり小なり暗さを引きずっている。この先の議題は決まっている。そのことを想像できるメンバーは余計に暗くなっている。
最後の1人、谷本が吉野の部屋に入室して柔らかいクッション付きの肘掛け椅子に腰を下ろすや否や、吉野は立ち上がった。
「もう何を話すか分かるだろう? 例の100人目だね」
吉野の目は静かに全員の顔を調べている。
「聞いておくけれども、この中に妊娠している者はいるかい? 可能性でもいいよ」
吉野は見抜く。嘘をつくときの表情、状況、仕草……。そうやってこれまで生き抜いてきたのだから、日常的に嘘をついている人物、あるいは吉野の圧を受け流すことのできる人物でもなければ、誤魔化しきれない。
たっぷりと全員を観察し終えた後で、吉野は言った。
「それじゃ、証明し合おうかねえ。今は――」
小さく手を挙げる姿が吉野の目に入った。依藤だ。
「そこまでする必要はあるのですか? みんな妊娠していないと言っているのですから、他のところにいる女性か、あるいは女の子の場合だって……」
「理由? 敵味方どちら側に100人目がいたとしても、確実に知っておくことはあたしたちが生き残る確率を上げるからじゃないか。それに、分かっていて隠している人がいたら、嘘をついているわけだ。そういう人間を信用できないだろう? そいつのせいで他の誰かが死んでしまったら元も子もない。そうなる前に見つけてここから追い出さないとね」
吉野は実に当たり前と頭を反らせて言った。
大浜がおずおずと手を挙げる。吉野が目で発言するように促す。
「検査はどうやるつもりなんです? エコー?」
「簡単、今は便利な検査薬があるじゃないか」
「……無論、あたしたち年寄りも全員やるさ。誰か、紙コップと検査薬を出してくれないかい? 1人ずつ、この部屋のトイレでやってもらおう」
なまじ、ある程度以上の年を取った女性だけの集団である分、そこに容赦はない。せめてもの救いは全員の前で使用するとまでは行かなかったことである。そうなったらもはや放送事故だ。
「それだと確定診断とまではいかな、かったような気がします」
大浜が追加の意見というより実質、質問をした。
「ん、確かにそうだねえ」
吉野は大浜の言葉を邪険にすることなく、受け止めた。自分の盲点が明らかになっても、動じずに考えて、答えを出した。
「『ににぉろふ』で取り出せるものは、特に指定しなければ最良品だろう? 偽陽性も偽陰性も出ないはず。それで、陽性が出たら」
ほんの一瞬、間が空く。吉野の視点はメンバーの頭上にある。話し相手を見ていないのではなく、半分独り言のようである。
「突っ込んで調べようか」
吉野が本気であることを全員に再認識させるには十分であった。もし嘘をついている者がいたら、今、言わなければならない。吉野も話を一旦止めて待っている。ダメージは受けるだろうが、それでも後からバレるよりは軽傷で済む。手遅れかもしれないが。
目線を上にして考える者、何かを指折り数える者、心配そうに近くを窺う者……。誰も名乗り出ない。吉野が最後に「うん」と小さく頷いた。
「言っておくけれども、終わるまで誰もここから出られないよ。そんなことしたら、裏切り者、当然2000万円の約束もなしさ」
吉野が念押しに釘を刺す。もう誰も逆らわない。
「そもそも生きて帰れるとは思わないけれどもね。さ、順番は五十音順、早く片付けて話し合いを終わらせよう。夕食時だよ」
吉野が言い終わると、沼谷と河本がそれぞれ検査薬と紙コップを「ににぉろふ」で人数分取り出した。そして江守がその一組を持つと、お手洗いの方へのっそりと歩いていった。
(昔も今も口減らしなんてやっていることじゃない。だいたい、中級以下なんていくらでも替えが利くでしょ)
吉野は100人目を他の参加者と平等だと考えている。弱ければ狙われて当然、守る必要はもともとない、切り捨てるときの基準を変えるつもりはないということだ。
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