第11話 集るな(4)

 広間に参加者が集まる。大声で話すものはいないが、昨日よりもざわめきが大きい。周囲を警戒している者、気配を絶とうと必死になっている者、何人かで情報交換をしている者……。そして、部屋が薄暗くなった。

 「『透明な殺人鬼ゲーム』、6日目ですっ。全員参加で、10分後に投票が始まり始まりー? えーっと、始まりまーす」

 ニニィが紙芝居を始めるように両手で拍子木を打つとモニターは消えた。


 「なあ、さっきニニィに聞いたからもう知っていると思うけどさ」

 野口が話を切り出す。今日、これと言う話題がない以上、わざわざ対立する者はいないようである。

 「このゲームの参加者さ、最初は100人、今は94人だけどさ、ここにいる数を数えると93人しかいないんだ」

 野口がもったいぶる。小さくどよめきが起こる。


 「どういうことっすか?」

 橋爪がすでに知っているはずの話に無知な振りをして野口にアシストを送る。俄然、馬鹿が馬鹿の演技をしているわけだから、馬鹿だてらにやろうとしてまともにできていないのであるが、地が馬鹿だから一周回って見事に演じ切っている。


 「まあまあ」

 野口は橋爪に分かりやすいアイコンタクトを送った。

 「でも、毎回ニニィは全員参加しているって言うよな? その見えない1人、実は『投票箱』の名簿にもちゃんといたんだ。ほら、最後までスクロールすると1つ、空白がある……、それだよ」

 野口の説明を聞いた何人もが自分のスマホを取り出し、操作を始めた。無論元から知っていた者も、である。そうしない方が却って不自然に見える。


 「あっ……、ホントだ」

 「これ、設定ミスじゃないんだ」

 「でも何なの? じゃなくて誰なの?」


 「これさ……、赤ちゃんなんだってさ。ニニィがそう言ってた。ここにいる誰かの。それが100人目」

 ざわめきを耳にしながら野口は悦に浸っている。

 「で、さ。問題は誰の……っていうか、どうやって投票しているのかとか、一番大事な人は誰なのかとか、そういう疑問が残るってことなんだけど……。どう?」

 ただし、その続きは尻すぼみであった。明白に、その100人目をどうすると言いきる決断も、その結果を少しでも背負うことができないのである。


 「何だい、その100人目が誰かの腹の中にいて、参加者。それなら、平等じゃないかい?」

 吉野が言い切った。このゲームの根本、全員の権利も義務も等しいという事実、それを吉野は言い切った。


 「それよりもニニィが嘘をついているってことは?」

 鳥居が別の可能性を提案する。


 「どちらでもいいだろう」

 影山がその可能性云々を遮る。

 「ただ、ニニィの言う通りであるなら腑に落ちる。ずっと我々と一緒にいた。それなのに100人目の姿は見えない。なぜならば、……内側にいるのだから」

 影山はすでにニニィが嘘をつかない、少なくともこのゲームに関しては嘘をつかないと考えている。


 「ニニィに『ににぉろふ』で聞いてみたら? 嘘をつくのかどうか、って」

 鳥居が粘る。ニニィの言葉の真偽にこだわっているのではない。影山にきっぱり否定されたことが癇に障っただけである。


 「いや、それがさ、答えてくれないんだよ」

 野口が口を挿むと鳥居はむすっとした顔をした。しかし、次の言葉を口にしない。


 「透明人間ってことは? マントとか薬とか超能力とか、そういうので。だってここ自体が結構何でもありでしょ?」

 仁多見が妄想を口にする。ただし、このゲーム中においてはあながち妄想とも言い切れないと幾人かが思う。


 「いや、『ににぉろふ』で出てくるものは現実にあるものだけだったと思います。どなたかそういうの取り出せましたか? 『タケコ○ター』や『加速装置』や」

 藤田がまともに反応する。


 「……」

 誰も答えない。つまり、誰もその手のものを呼び出すことができなかったということだ。


 沈黙を破ったのは影山だった。

 「どっちにしろ、そういう道具を使っていたとしても『投票箱』に普通に名前が出るんじゃないか? 写真は……透明だから出ないとしても。そこにいるのなら、名前も写真もないのは納得のいくことだ」


 「写真と言えばエコーはどうなんでしょう?」

 松葉が不思議そうな顔をして誰ともなく尋ねた。影山がピクリと眉を動かして答える。

 「映るほどの週齢ではないのだろう、恐らくは」


 「それで……どうするんだい?」

 吉野が話を元に戻した。


 「シンプルな話になりませんか?」

 松葉が薄い笑いを貼り付けて言った。

 「全員の役に立つかどうか、尋ねてみましょう」


 「尋ねるって……」

 思わず口にしたのは依藤だった。松葉が依藤の方をゆっくりと、首だけを動かして、向く。

 「勿論、その母親にですよ? そう言えば、いったいどなたが母親で?」

 「わた、私じゃないわよ」

 依藤が慌てて否定する。


 「親が誰であっても、子供は社会が守るものです」

 笠原だ。その視線は遠くを向いている。

 「そうでなければ、社会は成り立ちません。そうでなければ……」


 「この危機的状況でもそう思います? 他人の子供を? 自分の命よりも?」

 松葉は追い打ちをかける。誰も口を挿めない。仮にこの考えが間違っていると思っていても、少なくても自分だけは例外と考えているのだろう。

 「どうして母親は名乗り出ないのでしょう?」


 「それは、自覚していないからでしょう」

 水鳥がさらりと誰かを庇うように口にする。

 「知っていれば、僕たちに相談しているはずです」


 「それなら、検査しませんか? 結果は全員に知らせるということでいかがでしょう?」

 松葉が大きく手を広げ、全員を見渡す。黙って賛成する者、激しく拒絶する者、周りの顔色を窺っている者……。


 「それは人権侵害じゃない?」

 徳田がヒスを起こした。いきなりスイッチが入ってエンジンがフル回転である。

 「だって! s――」「フッ」

 それを止めたのは……吉野の笑い声だ。


 「この状況でかい?」

 吉野の口が歪む。

 「何を今になって?」


 「それでは、どうでしょう? するもしないも自由。疑われないように検査をして、結果を全員に知らせるのも自由、疑われてでも黙るも自由」

 松葉がいかにも全体のことを考えたような言葉を口にした。誰も反論しない。

 「では、誰も反対しないということで、決まりでいいですね?」


 「誰も反対しないなら、それでいいだろう。今日、100人目が選ばれなければの話だが」

 影山がそう言うと、君島や吉野、他にも何人かが周りからも分かるように頷いた。


 「はーい、じゃあ、投票の始まり始まりー」

 その台詞の直後、参加者は暗闇の中で投票先を選んだ。その一覧の中には当然、100人目も含まれている。そして、明るくなって――。


 「今日の犠牲者は、外崎宗孝さんに決まりましたー」





 柳原は縮こまっていたままの体を伸ばすこともできないまま固まっていた。にもかかわらず、体は自然と透明なケース、そこに入っている外崎の方を向いていく。


 (え? あれ? 赤ちゃんの話だったよね? あの男の人がどうして……?)

 その問いに答えを出すものはいない。もし、誰か口が利ける者がいても正解することはできないだろう。このゲームの投票先は秘匿される。加えて倍率や守りの票もある。そもそも彼がこのゲームに参加することになった理由自体、誰も知らない。


 「はい、それじゃあ行きまーす。ってこれ、言い忘れがちだね」

 ニニィは茶化すように言うと、キュッと片手を握った。


 外崎はどこかから訪れることが決まっている死に対して大きく目を見開くことで対抗しようとしてい後頭部を何かで殴られて壁に激突して死んだ。


 (えっ、これだけ?)

 柳原の頭に無意識のうちに浮かんだのはそれだった。背中にひどく冷たいものが走る。


 (これだけ……って……。私、おかしくなってるよ……。どうしよう……どうしよう……)

 柳原は、この数日をここで過ごすうちに自分の感性が変容していたことに愕然として、動けない。


 「続きはまた明日ねー。さよなら、さよなら、さよなら」

 ニニィが話し終わると外崎の入ったケースが床の下に溶けるように消えていった。柳原は動けないまま呆然としている。

 (どうして……、ほんとの私はどっち……? どうしよう……)

 正しくは動けるようになったことに気が付けないまま、動かない。


 「――さん、柳原さん、柳原さん」


 「えっ、は、はいっ」

 柳原が自分の肩を揺する誰か――二瓶の存在に気付いたとき、彼女は途端に体の自由が元に戻るのを感じて、立ち上がろうとして、足がもつれた。いつも通りに動けると思っていたのは頭の中だけで、関節はそれまでの位置から動かなかった。


 しかし柳原が床に倒れることはなかった。

 「詩ちゃん、大丈夫?」

 水鳥が彼女の腕を掴んでそのまま抱き止めたからである。その自然で流れるような動きは彼が誰にでも優しく親切な人間であることを示すには十分であった。


 「わっ、わー……、はい……」

 柳原は頬を紅潮させた。すぐ近くに水鳥がいて、しかも自分に触れていて、端正な顔が目の先にある。それだけで、人生の幸運を使い果たしたと世の女性が思うくらいのことが現実に起こっている。柳原の頭はふわーっとなって体中の力が抜けていく。


 「じゃあ、また明日ね」

 水鳥はそう柳原に告げると、隣にいた二瓶に彼女の体を預け、見事なウインクを2人に放つと「カードキー」を使って姿を消した。



**



今日の犠牲者 外崎宗孝

一番大事な人 父


 このゲームに参加する前はアルバイト先の塾から帰る途中であった。真面目に物事に取り組む性格のため、学業も順調で就職先も決まっていた。反面表には出さなかったが決まった行動にこだわりがちだった。これは子供のときに、上級国民によって大勢の前で母と妹を轢き殺された(が当然のように最低限の罪(笑)&放免になった)ことが原因。彼の心配も最もで、世界は不平等で不公平であるのに、それを真っ白で真っ平らだと嘯く輩の多いこと。どうしてかって、そうしておいた方が、自分たちだけが得をするから。異議を唱えれば、平等で公平で自由な平和を乱す悪だ、ということにして吊し上げられる。こういう時の屁理屈武装、論点ズラしの庇い立ては本当に大人げない。

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