第16話 僕は、本気で頑張っているあなたの力になりたい(カフタ視点)
× × ×
僕がジノさんの会社に入ってから約一ヶ月。そろそろ何か新しい事にチャレンジしたいと思っていたタイミングで、まさかの専属マネージャーを任されてしまった。とはいえ、最初は不安だったけど考えてみればあの人が何かをやって失敗した事なんてなかったし、そう思えばきっと僕の仕事も上手くいくんじゃないだろうか。……と、流石にそこまで楽観的に物事を見られる程、僕は幼くない。カッコつけたけど、ちゃんと不安だ。
「カ、カフタさん……」
「大丈夫です、まずは仲間を探しましょう」
こうして自分よりも不安げな人を見ると、何となく自分が頑張らなければいけない気になってくる。何はともあれ、僕自身も計画を立てる目的で現状とタスクをしっかり把握しておこう。
まず、顧客は人付き合いは苦手だけど多分ホワイトウッドで最強のグリム・ヤーナウ。歳は20で、アスモディア(魔族)の女冒険者だ。特徴はやはりその戦闘力で、特に力を発揮するのは
装備は銀と黒曜石の魔力合金を使ったダガーナイフに、町中では目立つがダンジョン内では隠密性の高い黒の装束。魔力による気配殺しを増幅させる効果を持つレアアイテムの『サーハンのマスク』。以上が、グリムについての情報。
次に、最終目標は彼女をAランクに押し上げる事。必要なのは実績、AG、人脈。他にも色々あるんだろうけど、僕に思いつくのはこんな所だ。
そして、恐らく彼女のAGは頭打ちだ。何かしらのブレイクスルーを起こさなければこれ以上伸びる事はないだろう。人脈に関しては、彼女の隠れファンとかは結構多いと思うけど、それが冒険者ギルドに何か影響を及ぼすかは不明だ。少なくとも、あの中で働いている間にはそう感じていた。
つまり、手を付けるべきタスクは実績だ。何をするにもまず証拠。それが無ければ、誰からも信用なんてされないから。
「募集活動は何を?」
「えっと、ギルドホールの掲示板に募集の張り紙を」
それを確認しに来たのだが、そこには真っ白な紙の隅っこの方に「メンバー募集」とちんまり書いてあるだけのモノだった。よく見ないと、何が書いてあるのかも分からない。
「……ごめんなさい」
まだ何も言ってないですけどね。
「とりあえず、付近を散策して情報を集めましょう。もしかすると、店員や憲兵なんかに愚痴をこぼしている冒険者がいるかもしれません」
という事で、僕たちは聞き込みを開始した。足を使っての調査は疲れるけど、大したコネも実績もない僕に出来るのはこういう地道な作業だけだ。
色々な人と話していて分かったが、グリムは本気で今を何とかしよう思っているらしい。何故なら、僕が話をしている間に口をパクパクして、後ろでわしゃわしゃと手を動かしている事に気がついていたからだ。なるべく見ないフリをしてあげたいけど、商人が目線を向けるモノだから振り返って意味を聞いたら。
「……ご、ごめんなさい。な、な、何でもないです」
こういう努力を知ってしまうと、無性に抱きしめてあげたくなってしまうのは僕だけだろうか。ジノさんなら、これを上手く利用して相手を崩しにかかるんだろうけど、あいにく僕にその技術はない。どうやら、ここにも有力な情報はないみたいだ。
一応言っておくと、人の前では一々マスクを取っている。その辺も、頑張っているんだと思えてしまう理由だ。
「まぁ、始まったばかりです。焦らずに行きましょう」
そうは言ったが、本当は一番焦っているのは僕だ。ジノさんは、スタートダッシュが何よりも肝心だと言っていたのに、ここで躓いているようでは何もかもがグダグダになって終わってしまう。それだけは、何としても避けたい。
しかし、そんな焦燥感をあざ笑うように時間だけが過ぎていく。東にあった太陽は既に地平線に沈もうとしている。辺りはオレンジ色で、ちらほらと白い街灯が灯り始めている。もし、明日も同じだったらどうしよう。そんな気持ちが、僕の中に芽生え始めた。
「……やっぱ、見つかりませんね」
悪い予感は的中するモノだ。二日が経った今になってもメンバーは見つからず、おまけにグリムにも諦めの色が見え始めてしまっている。
「まだです、今度は向こうのエリアを探しましょう」
そうやって歩き回っているうちに、何度目かの夕方。辺りも気分も暗くなってきた頃、僕たちはいつの間にかジノさんの言っていたクロスアートという武器屋に辿り着いていた。
「どうしたんですか?は、入らないんですか?」
「そういえば、もう一つ手掛かりがあるのを忘れてました。そっちから回りましょう」
「……?わ、分かりました」
僕にもプライドがある。これでも、冒険者ギルドでは若手のナンバーワンだったんだ。これっぽちの逆境でへこたれて頼るようじゃ、いつまで経っても追いつけない。諦めるな、僕はここで止めてヘラヘラ笑っていられるような人間じゃないだろ。まだ終わってない、たった三日何も得られなかっただけで止めるワケにはいかない。
考えるんだ。動いてもダメなら、考えるしかない。今、僕が持っているメリットはなんだ?他の事には一切触れず、グリムの事だけを考えていればいい事だ。だからこうして、無駄な時間を送れている。だったら、ジノさんには出来ない営業の方法があるはずなんだ。考え……。
「……そうだ」
思いついて、結果から逆算する。そもそも、現場は町じゃない。ダンジョン攻略による利点、レアアイテムの獲得。一番分かりやすい餌として使えそうだ。冒険者は、言わずもがなフリーランス。デポート・マネジメントは、副業を禁止されていない。だったら、やれるハズだ。
「カフタさん?」
「グリムさん」
言って、僕は彼女のマスク越しの目を真っすぐに見た。
「僕を、パーティに入れてください」
「……え?」
明らかに禁断の手だけど、ここでジノさんに頼るくらいだったら眠る時間を削った方が僕は幸せだ。考えてみればいずれは顧客に指名を貰えるようにしなければいけないんだから、こうして中から評判を上げて行った方が得じゃないか。
それに、初めて聞いた時すごく羨ましかったんだ。元Sランク冒険者って称号。だから、やるよ。
「二人になれば、仕事の幅も少しは広がります。僕はEランクからのスタートですが、小さいクエストでだって人脈は築けるハズです。それに、僕はあなたの専属マネージャーなんです。だから、一緒にやりませんか?」
戦う術は持っていないけど、リスクを取らなければ結果なんて残せない。きっと、ジノさんは半年以内にウォルフたちをAランクまで押し上げるだろう。その時、僕には何もないだなんて後ろ指を指されれるような無様な事だけは絶対にしたくないんだよ。
それに。
「僕は、本気で頑張っているあなたの力になりたい」
これが、ジノさんには出来ない僕の営業だ。
「……よ、よ、よ、よ」
吃音のような連続に首を傾げると、グリムは俯きながらゆっくりと仮面を外した。
「よ、よろしく、お願いします……」
言葉を聞いて早速冒険者ギルドへ向かい、僕の冒険者登録とクエストの受注を行った。明日に決まった僕たちの初仕事は、Eランクで受けられる最高難易度のモノだった。
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