第15話 俺は一児の親になった

 チケット・トゥライドの中へ入ると、操り人形パペットのシンデレラの膝を枕にして眠っている子供の姿を見つけた。女の子で、年は6か7くらいか。かなり幼く、獣の耳と尻尾が生えている。


「フォクスノイド(狐人族)だな」


 それに、体中が汚れている。気になって首の後ろを確認すると、そこには烙印が押されていた。


「奴隷の子よ。ずっと何も食べてなかったみたいで、スープを飲んだら眠ってしまったの」

「言葉は喋れるのか?」

「無理ね、文字も読めないみたい。どうする?」

「どうするって、憲兵に連絡するしかないだろ」

「待って」


 そう言ったのはシンデレラだ。


「なんだ、こいつ喋るのか」

「こいつって、ウチの事なんだと思ってんだよおっさん」


 ……む、俺が迂闊だったとは言え随分口が悪いな。


「この子、ウチが育てるから」

「なに?」


 カンパネラを見ると、バツが悪そうに目を逸らした。


「かわいそうじゃん、ずっと一人で迷ってたのにさ」

「そうは言っても、お前に親権は取れんだろう。カンパネラに任せるのか?」

「いや、あんたがこの子を売ってた奴隷商を見つけて、ちゃんとお金を払って、それから親権を獲得して」

「なんでだ」

「だってウチの給料ないじゃん。その代わり」

「カンパネラ、ちょっと来てくれ」


 店の隅に寄って正面から見据える。視界の端で、エチュかしゃがんで子供をの頬を撫でたのか見えた。

 

「どうにかしろ。なんで俺が親にならなきゃいけないんだよ」

「悪かったわよ。接客用に人格も作り込んだんだけど、まさかここまで人間らしくなるとは思わなかったの」

「それにしたって、こんなにギャルっぽくする必要あったか?」


 シンデレラは、服装はミニスカートのメイド服で金髪巻き髪の、気の強そうな顔とその通りの性格らしい。おまけに母性と根性が半端ではないらしい。らしいらしいって何だかバカっぽい感想だが、つい先日まで無口の無表情だったのが急にこうなっていたのだから、驚いて言葉が浮かばなくても仕方ない。


「かわいいかなって」

「お前なぁ……」


 しかし、言いながら俺はカンパネラに恩がある事を思い出していた。こういう時、余計なことを考えてしまう自分が恨めしい。


「なぁ、カンパネラはどうしたいんだ?」

「……あたしはシンデレラの事、人間だと思ってるかな」


 つまり、願いは聞いてやりたいって事か。


「……まったく仕方ない。役所になんて説明すればいいんだよ」


 そして、俺は店を後にすると城の諜報部へ赴いて直近の事故を探った。どうやら、予想通り奴隷を乗せた馬車が事故にあっていたようだ。その時に脱走したのだろう。


 次に、俺はその馬車を雇っていた奴隷商人の元を訪ねた。ラッキーな事に、ちょうどホワイトウッドにいてくれたようだ。


「406番ですね、10万ゴールドです。あれは見た目のいい愛玩用ですから、少し値が張りますよ」


 確か、相場は3~5万程度だったか。しかし、人の命に値段を付ける商売人も、こうして話してみると案外まともに見えるな。


「これから親になるんだ、あまりそういう事は言わないでくれ」

「道理で、ズルをせずにわざわざ買いに来たワケですな」


 商品登録されてるんだ、バレれば財布を拾うのと同じく横領でブタ箱にぶち込まれる。


「しかし、そうすぐに情にほだされていると、きっと大変な目に遭いますよ?あなた、起業家でしょう?」

「なぜ分かる」

「同じ匂いがするんです、いっひひ」


 こういう時、俺は商売人の嗅覚を恐ろしく思う。と同時に、どうにかしてこの奴隷商を仲間に出来ないだろうかとも考えていた。


「忠告、ありがとな」


 しかし、改めて考えてみると残酷な話だが、慣れてしまえば奴隷についても冷静に考えられてしまうモノだ。かくいう俺も、なぜ追放された冒険者が無学の奴隷を仲間にしたがるのか、それがよく分からないから。普通に戦えるヤツを使えばいいと思ってるんだ。着いて回ることしか出来ない奴隷より、自立して動ける人材の方がよっぽど効率的に稼げるしな。


「それじゃあ、また」


 と言うことで、俺は一児の親になった。人生ってマジで何があるか分からん。


「ありがと」


 意気込んだ一日目を丸々潰して頂いたのは、その言葉一つだった。まぁいい、早く仕事に戻らなければ。


 相も変わらずデータを見つめて、直近で起きた事件とクエストの道筋を立て、今度は勇者でなく顧客になりそうな商売人の目星を付けてみる。成功者が偉そうに語る下積みは、基本的に劣悪なほど美しく聞こえる。もし俺が何かを成し遂げるのならば、今がその美談になるのかもしれないな。


「……下らない」


 思わず呟いて時計を見ると、時刻は既に22時。エチュは大分前に帰っていて、カフタはしばらく直行直帰。俺もそろそろ切り上げて、酒の一杯でも煽りたいところだ。


「とはいえ」


 ここで止められないから、俺にはエチュの言うような結婚相手を見つける機会がないのだろう。どうせ明日やるならやってしまおうと思って片付ければ、またもう一つ別の仕事が見つかるモノだ。仕方ない、これもやってしまおう。


 そんな事を考えて経費の計算をしていると、突然オフィスの扉が小さく開かれた。カンパネラが様子を見に来たのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「あ……、あぅ……」


 俯いて目を伏せ声を漏らしたのは、例のキツネっ子だった。風呂に入って着替えたらしい、髪の毛が黄色と茶色でグラデーションになっている事に今更気が付いた。


「どうした」


 大きな耳は倒れていて、フラフラと足取りはおぼつかない。近寄って膝をつくと、キツネっ子は俺にしがみ付いて胸に顔を埋めてしまった。


「……マジかよ」


 参ったな、こういう時にどうしてやればいいのかが全然分からん。とりあえず寝かしつければいいのだろうか。

 というか、シンデレラは何をやってるんだ。パパみたいだとは言われたが、俺はパパではないんだ。イクメンなんて、多分俺から一番遠い場所にある言葉だぞ。


 ……なんて文句を言いに行けば、またキレられておっかない目に合ってしまう。耳を澄ますと、少しだけ下の階の慌ただしさが聞こえる。恐らく、盛況なのだろう。仕方ない、そこのソファに寝かしてやるか。


「すー……、すー……」


 眠るまでに、20分程度の時間がかかった。下手に触れれば泣かれるんじゃないかと少し離れて眺めていたのだが、中々どうして、こいつは時々俺に目線をを向けるだけで、泣きも喚きも欲しがりもせず、ジッと毛布を掴んでいるだけだった。


「……言葉も知らないのに、そういう風に躾けられたのか?」


 もしそうなのだとすれば、俺よりもかわいそうだ。お前も、きっと金が好きになるぞ。

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