第14話 専属マネージャーと致します

「グリムさん。よかったら、仕事の話の前にあなたの事を教えてくれませんか?」

「……は、はい」


 カフタに目配せをして首を縦に振る。表情を見るに、俺の意志は伝わったようだ。


「グリムさんはどうして冒険者を?」


 数十秒の後、彼女はおもむろに口を開いた。


「わ、私、実は人と喋るのが苦手で」


 ……実は?


「だから、故郷ではあんまり上手く生活できなくて。それで都会に出てきたんです。みんなが無関心でいてくれたら、ら、楽かなって……」


 どうやら、仮面を被った事で少しはまともに喋れるようになったみたいだ。さっきよりも聞きやすい。


「でも、やっぱり普通の仕事は出来なくて。だ、だから冒険者になったんです。最初はクレマチの冒険者ギルドでパーティに所属してたんですけど、コ、コミュ障過ぎて追放されました」


 なるほど。実力があってもクビになるのは、そういうパターンもあるのか。


 クレマチは、ホワイトウッドから西の方角にある大きな国だ。あそこ、結構寒いんだよな。


「そ、その後もいくつかパーティを回っていて、どこでそう呼ばれ始めたか分からないですけど、いつの間にかグリム・リーパーって。そしたら、なぜか冒険者ギルドでもそう呼ばれるように……」


 まぁ、この性格で自分から死神を名乗るとは思えないしな。不憫だ。


「苦労したんですね」


 カフタの言葉を聞いて、グリムは一瞬だけたじろぐと少し嬉しそうな声色になった気がした。


「そ、そのうち疲れてきちゃって、ソロになりました。本当はモンスターも倒したくないんですけど、ア、アスモディアは他の種族よりたくさん食べないとダメなので……」


 アスモディアは、他種族よりもスペックの高い身体を有している代わりに、その消費カロリーもエゲツない。具体的には、種族の平均だと言われているヒューマンのおよそ6倍だ。食べる量も半端ではないのだ。


「だ、だから、一人で出来るクエストを選んでました」

「なるほど、グリムさんの実績はスゴイっすもんね。元から戦闘が得意だったんですか?」

「そんなこと……。故郷では落ちこぼれでしたし。倒し方を覚えたのは、モンスターが少しでも苦しまないようにと……」


 割とサイコな理由だが、食うために仕方のない彼女的には本気でモンスターに悪いと思っているのだろう。ダンジョンのモンスターは生まれ方も不明で純粋な生き物じゃないと言われているから、対処法はあながち間違っていないのかもしれないけどな。


 ここまでの話を聞いて、グリムはかなりの天然だと思った。店でだって別に仮面を取る必要はなかったが、恐らく俺たちに失礼だと思って素顔を見せたんだろうしな。悪い子ではないのは確かだろう。


「でも、私は自分をか、変えたくて。そのきっかけになるなら、一緒に働きたいって。そ、そ、そう思ったんです。デポート・マネジメントの人たちと……」


 動悸は充分だが、問題はどうすれば彼女の力を使って金を稼げるかだ。助けてやりたいと思わなくもないが、俺は金にならない事は出来ない。何か方法を考えなければ……。


「分かりました、じゃあ一緒に頑張りましょう」


 カフタが答える。思わず、俺は彼の顔を見てしまった。


「僕が、グリムさんをAランクまでサポートします。任せてください」


 その言葉は、彼女と同時に俺への宣言でもあった。……そうか、だったら任せてみようか。


「……そうですね、わかりました。それでは、カフタ君をグリムさんの専属マネージャーと致します」

「せ、専属!?」


 耳を塞いで言葉を続ける。カフタ、どうしてお前まで驚いてるんだよ。


「まぁ、ここで全てをお話しても困るでしょうから、詳しい事はまた明日にでも。一度、弊社のオフィスへお越し頂けますか?」

「わ、わ、わかりました……」


 いいじゃないか。この際、グリムの世話は全てカフタに一任して他の業務を俺が引き継ごう。幸いウォルフは5日は帰ってこない事だし、その間に別の勇者を勧誘しておこうか。


 これは、カフタへの試練だ。失敗すれば長い時間を無駄にすることになるが、どちらにせよ大きな糧になるハズだ。せっかく新天地で仕事をする事になったのに、俺のサポートばかりでは前とやる事も変わらず才能も宝の持ち腐れでつまらない。何よりここらでお前の力を見せて貰わなくちゃならないからな。


 だからお手並みを拝見だ。


「それでは、俺はここで。また明日お会いしましょう、オフィスの場所はカフタ君に聞いてくださいね」


 そして、俺は二人を残してその場を後にした。帰る前に、いくつか心当たりのある人を訪ねてみないとな。


 × × ×


「それでは、これで契約完了です。グリムさん、頑張りましょうね!」

「は、はぃ……」


 翌日、諸々の説明をしてからカフタとグリムは正式に契約を結んだ。カフタも最初は不安だったみたいだが、今では俺に一泡吹かせてやろうと気合が入っている。是非、いい結果を残してもらいたいモノだな。


「それでは、早速メンバーを探しに行きましょう」

「待て、カフタ」


 立ち止まって振り返る。


「これ、俺が目星を付けておいた冒険者のリストだ。もしメンバーの当てがないなら参考にしな」

「ありがとうございます。へへ、実はまだ何も考えてなかったんですよ」


 そう言って頭を掻いた。なんか、少し心配になって来たな。


「クロスアートという武器屋に俺の知り合いがいる。そこの店主が、営業の下積み時代の俺を助けてくれたんだ。もしかしたら、力を貸してくれるかもしれない」

「覚えておきますね」

「それと、グリム程の強さがあればメンバーを4人に固定する必要もない。最初は2人から始めて、採取クエストでチームメイトとの付き合いのリハビリをしてやれ」

「わかりました」

「何か困った事があったらすぐに連絡しろよ。別に全部一人でやれって言ってるんじゃないからな」

「でも、出来るとこでは自分でやってみます」

「それから……」

「ジノさん」


 言って、大袈裟なサムズアップを見せた。


「大丈夫っすよ!信じてください!」


 ……なら、信じるしかないな。まったく、カフタからすれば余計なお世話だってのに。マジでおっさんになっちまったんだな、俺。


「お待たせしました、グリムさん。健闘を祈っていますよ」


 そして、エチュと下まで二人を見送った。俺は、二人の姿が見えなくなるまでそこを動く事が出来なかった。


「パパみたいですね」

「……気持ちは近いのかもな」


 否定出来なかったからだろうか、エチュはいつものように軽口を叩かなかった。しかし、ここで突っ立っていても何も始まらない。俺は俺でやるべきことをやらないとな。


「なーにしょげてんのよ」


 思い立ったとき、いつの間にか肩に脚を組んだカンパネラが座っていた。


「随分早いな、店は夜だろ」


 現在の時刻は10時だ。


「掃除してたのよ。今朝、迷子の子が店に来たの。その報告」

「なるほど。それで、その子は?」

「そこよ、中で寝てるわ」

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