第13話 グリム・リーパー

「なに?また支援職を追放してランクが降格した勇者が居たのか?」

「いえ、実は少し違う事情なんですよ。彼女は、ソロで活動している勇者なんです」

「なるほど」


 こういう勇者は、意外と少なくない。メンバーを追放した元高ランクパーティの勇者だったり、人間関係に嫌気が差していたり。理由は色々。

 もちろん、それではどうしてもAGが足りずに低ランクで細々とやっていく事が多く、仮にクエストを成功させたとしても命に信用がないからAGも上がらない。借りられたら、銀行はとりっぱぐれる可能性が高いからな。だからこそ、バッド・カンパニーのような集団があったのだ。


「どこの勇者だ?」


 ソロなら俺も名前くらいは聞いたことあるハズだ。


「グリム・リーパーです」

「なんだと!?」


 グリム・リーパー。ホワイトウッドではかなり名の売れた名前だ。その凶悪な戦闘力は他の追随を許さず、強さのみで例外的に信用を勝ち取って来たダンジョン攻略のエキスパート。黒い面に黒いマスク、黒いセットアップのウェアに身を包んでフードを被る、少しの肌も見せず声も発しないサイレントキリングの達人。通称、ダンジョンの無慈悲な死神だ。


「現在のAGは1億ゴールドです」

「Cランクだったか、ソロなのによくやるよ」


 護衛や調査はチームでの依頼がほとんどの為、ソロは必然的に採取かダンジョン攻略にクエストがしぼられる。前者は命の危険が少なく、後者は唯一顧客のいないクエストで信用が必要ないため。それでも発注されている理由は、放置しているとモンスターが外へ這い出てくるからだ。


 因みに、ダンジョンとはこの世界の地下に無数に広がっているモンスターの巣窟の事だ。何の前触れもなく突如出現し、明らかに自然にはない造形で、おまけに奥底にはレアなアイテムが眠っている不思議な存在。神が人類に魔法を与えた責任として、その力を試す試練も同時に与えているのだと言われている。相当迷惑な話だが、真相は謎だ。


 閑話休題。


 しかし、とんでもない大物だ。間違いなく、現在のホワイトウッドの最強候補筆頭だろう。彼女を知らない冒険者を探す方が難しい。そのレベルのつわものだ。


「今日の案件が終わった後、少し冒険者ギルドのホールに寄ってみたんです。それでしばらく流れを見ていたら彼女がウロウロしてたので声を掛けてみたんですよ」

「ほうほう」

「そしたら、どうやら彼女はソロでの活動に限界を感じて仲間を募集していたみたいで。なので、よかったら話を聞いてもらえませんか?って営業掛けました」


 カフタは大物喰らいだなぁ、本当に頼りになる。


 まぁ、いくらグリム・リーパーが強いとはいえ、これ以上のパーティとしての成長は不可能だろう。冒険者を続けるなら折り合いをつけて、仲間を集めた方が身のためだ。体を壊しでもすれば税金も払えなくなる。


「それじゃ、飯食ったら出かけようか。エチュ、留守番を頼むよ」


 そして15時より少し前、俺とカフタは冒険者ギルド付近のダイニングカフェにやってきた。この辺りで、ホワイトウッド名産の特濃コーヒーが一番うまく飲める場所だ。


「すみません、お待たせいたしました」


 そう言ったカフタの隣で頭を下げる。まだ約束の20分前だというのに、彼女はそこにいた。約束に余裕を持って現れる死神というのも変な感じだ。隠密のための服装も、町中だと目立つな。


「ジノさん、彼女がグリ厶・リーパー。まぁ、知ってると思いますがそれはパーティネームで、本名はグリム・ハーナウさんです」

「……す」


 ……ん?


「すみません、もう一度お願いします」

「……します」


 何かボソボソと呟いているが、声が小さくてよく聞こえない。訊いているカフタも同様の様子だ。


「すみません、出来ればさっきギルドで会った時と同じくらいの声で話してもらえると助かります」


 すると、グリムはフードと仮面を外し俺たちを見て、顔を真っ赤に染めると目線を逸した。


 顔よりも更に赤い目と少し暗めの白い髪。ショートカットで、右目の下にホクロがあり肌は白い。そして、頭には特徴的な山羊の角が二本小さく生えている。これはアスモディア(魔族)のモノだ。成長するに連れ、曲がりくねり太く大きくなっていく。しかし、なるほど。強さの秘訣はそういうことだったんだな。直接の関わりがなかったから知らなかったよ。


 顔つきは、輪郭もパーツもくっきりして凛々しくカフタと同じ頃の年に見えるが、赤面のせいでどうにも幼気だ。胸の前で自分を抱くようにしている腕も、弱々しさを強調している。


「は、はじめまして。その、よ、よ、よろしくお願いしまふ。……あっ」


 噛んだ。


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。はじめまして、ジノ・ヒューストンです」

「しゃ、しゃっきカフタさんに、は、話を聞きました。あの、すいません。せめてフードだけでも被ってていいでしょうか……」

「どうぞ。あぁ、紅茶のおかわりはいかがですか?」


 すると、彼女は顔を隠してから咳払いをして。


「……お、お願いします」


 自分の紅茶を飲み干した。要らないなら断ればいいのに、それすら出来ない性格らしい。


「まぁ、彼女はそういう感じなんです。極度の人見知りで、性格にも素顔にも仮面を被っていないと恥ずかしくて仕方ないみたいなんですよ」


 そう、小さく耳打ちした。つまり、彼女は自分の実力によって相手に気を使ったり尊大になったりして仲間を作らない訳ではなく、人見知りでコミュニケーションが苦手だからソロで活動していたのか。


「しかし、なぜ今になって仲間を欲しがっているのですか?割と長く活動してらっしゃいますよね」

「そ、その。別に元から一人でやりたいと思ってた、わ、ワケじゃないですし……」


 上目で俺を見ると、目線を隠すようにフードを引っ張った。


「あ、あ、あと、ダンジョン攻略は他のパーティに取られたりして、だからパーティじゃなきゃ受けられないクエストもやらなくちゃで。その、えっと……」

「もしかして、僕のハナシを断れなかっただけですか?」


 それは俺も思った。


「違いますっ!!」


 それは、とんでもない声だった。


 ボリュームを調節出来ないのか、いきなりとんでもない衝撃を放ってテーブルのカップを割った。コーヒーを楽しむ周囲のマダムたちが爆音に耳を塞ぎ、何事かと彼女を見ている。流石アスモディア、とんでもないパワーだ。


「は、はわわ!す、すいませんすいません!あのぉ……えっとぉ……」


 駆けつけた店員を見て更に目を回したから、俺たちはカップの代金を支払って店の外に出た。人がいないところがよさそうだ。ということで、少し離れた場所にある人気のない公園にやってきたのだが。


「す、すいません。この頃全然人と喋ってなくて。ひっく……」


 仮面を被っているが、その下ではシクシクと泣いているのが分かる。これは、かなり重症だな。あのサイレントキリングの達人が、まさかこんな小心者だったとは。

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