第12話 幸せです

 × × ×


「おはようございます!」

「おはようございます!!」


 2週間後の朝、ウォルフの挨拶に続いて3人が元気よくオフィスに入ってきた。


「おはようございます、みなさん」


 挨拶を返すと、全員が一斉に疲れたように装備を下ろして「どうですか?」と聞いた。どうやら、挨拶だけでスタミナを使い切ったようだ。


「バッチリです。その笑顔なら、どんな方とでも円滑にコミュニケーションを取れますよ」


 恐らく、彼らにとっては地獄のようなマナー講習が終了し、本日はとある商人が依頼した隣国までの護衛クエストだ。頻繁に海と農場を行き来している商人で、今回はホワイトウッドには加工食品を卸にやってきているらしい。

 期間は5日。Dランクのクエストだから、その間の食費や宿泊費は自腹だ。仕方あるまい。


「ちょっと緊張するにゃ」

「それくらいがちょうどいいですよ。頑張ってる方が、見てる側は応援したくなるモノですから」


 元から個人での戦闘力はそこそこ高かったこともあり、彼らのAGは平均1000万ゴールドと決して低くない。実際、ミャンリーが心配しているのは戦闘よりもしっかり人脈を築けるかどうかだろう。講習中、割と強めにプレッシャーをかけて怖がらせておいたからな。平和的な方法で。


 それから、少しの打ち合わせをしてこのクエストでどうすべきなのかを伝えた。全力を尽くした。あとは、上手くいくように祈るだけだ。


「では、行ってきます」

「ご武運を。困ったら、すぐに連絡してください」


 そして、ステイ・チューンを見送った。因みに、彼らの活躍のフィードバックを貰えるように、商人にはをしてある。ギルド職員時代に何度か顔を合わせていた事もあるが、チケット・トゥライドのサービス券をプレゼントする代わりに引き受けてくれたのだ。こういうのも、酒場を経営している強みだ。店の客も増えて一石二鳥だな。


「しかし、手を回してあるとはいえそんな簡単にリピーターになってくれますかね。少しくらいは時間が必要だと思いますけど」

「他の無礼な冒険者に比べれば、相対的に価値が上がるからな。下手に報酬をケチってストレスを抱えるくらいなら、少し金を多く出して円滑な仕事が出来るようにしたいって感じる経営者は意外と多いんだ」


 実際、この商人はそんな愚痴を俺に漏らしていたし。


「でも、大企業は経費をケチりますよ」

「最初のうちは、個人経営の中規模商店や少し緊急の調査を行うDランクのクエストを選ぶんだよ。ウォルフたちのAGは上がるし、何よりも商人は噂が大好きだ。こういう新しいビジネスの話は、あっという間に隣の国まで広がる。そうすれば、興味を持たれるようになるさ」


 だからこそ、彼らは大きく富める。自分たちの得になる事を、彼らは掴んで干からびる寸前まで離さない。


「本当に用意周到ですね。ジノさんって、ずっとそうやって仕事をしてきたんですか?」

「そりゃそうさ、やり方は冒険者時代から一貫してる。汚くて見損なったか?」

「そうじゃないです。私、ジノさんは天才なんだと思ってたんです。でも、違ったんだなって」

「ははっ、泥臭くてびっくりしたか」


 笑うと、エチュは立ち上がって俺のデスクに近付いてきた。相変わらず目のやり場に困る服だ。


「聞いてもいいですか?」

「なんだ」

「どうして、ジノさんはそんなにお金が好きなんですか?」


 訊かれ、一瞬セノの顔がフラッシュバックした。


「持ってると、安心するからだな」

「……安心、したいんですか?」

「したいな、ずっと安心していたいよ」


 正直なところ、他人からの評価とか贅沢な暮らしとか、そういうのはどうだっていいんだ。ただ、俺は安心したい。金が欲しい理由は、それだけだ。


「結婚とかしないんですか?誰かと暮らせば、安心出来ますよ」


 仕事中だと叱るべきだろうが、どうしてかその未来を想像してしまった。もしかすると、糖分が足りていないのかもしれない。そう考えて、俺はお湯を沸かしおやつのシュガーたっぷりのドーナツを一つかじった。うまいな。


「……金ってさ、掛け替えがあるだろ?だから、失くなっても稼げるよな」

「そうですね」

「でも、妻や子供には掛け替えってないから。手に入れるのが、少し怖いのかもな」


 別にトラウマで一歩を踏み出せないというワケではないし、単純に出会いが無かったり仕事が忙しかったりで機会を得られず結婚出来ないだけなんだが。セノを思い出したから、一応理由を考えてみたんだよ。


「コーヒー飲むか?それとも紅茶か?」


 口の長いヤカンからは、微かに蒸気が吹いている。


「紅茶でお願いします」


 言われ、俺はポットに茶葉を入れ沸騰する直前の湯を注いだ。いい匂いだ。


「せっかくだし、少し休憩にしようか」

「私はそのつもりで席を立ちましたけどね」


 言って、時計を指差す。なるほど、いつの間にか13時を過ぎている。そんなに時間が経っていたのか。叱らなくてよかった。そんなことを思い、コーヒーを淹れて、立ったまま一口飲んで再びドーナツをかじる。


「……おっさんが飯食うトコ見てて面白いか?」

「幸せです」


 微妙に答えになっていない気がするのは俺だけだろうか。本人がそう言うなら別に問いただす必要もないか。


「そういえば、エチュはどうして町で働くことにしたんだ?アイスエルフってのは、冷たい谷から出ずに魔法を極めて真理を追う求道者だって聞くが」


 その証拠に、彼女も強力な魔法を身に着けている。アイスエルフはドラゴノイド(竜人族)やアスモディア(魔族)に継ぐ才能を持つ種族だ。


「退屈だったからです」

「なるほど、分かりやすいな」


 エチュは、カップを両手で持って静かに口をつけた。なぜ退屈だったのかを訊いた方がいいと思ったが、その時ガチャリと扉が開かれてカフタが戻ってきてしまった。質問は、またの機会に持ち越しだな。


「お疲れさま」

「お疲れっす。ジノさん、悪いんですけど午後時間取れますか?」

「いいぞ、どうした?」


 すると、カフタはニンマリと笑って答えた。


「ビジネスモデルに名乗り出てくれた勇者がいるんすよ!」

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