第11話 一生三流のまま死ね

「一つだけ、訂正させてもらいます。俺たちは、あなた方に食べさせてもらうワケではありません。対等です。持ちつ持たれつで、互いに足りない部分を補う関係です。それだけは、ご理解下さい」

「テメェ、なめ……」

「おい、クソガキ。あまりナメた事してんじゃねぇぞ」


 手首を掴んで捻り上げたのは俺じゃない。ウォルフだ。


「……あ?」

「ここは俺のパーティだ、恥かかせるんじゃねぇよ」

「な、なんだよいきなり」

「俺が頼んだっつったらそれがルールなんだよ。これ以上勝手なマネしやがったら殺すぞ」


 格付けは、一瞬だった。ドルはその迫力に怯えて目を逸らしてしまったのだ。なるほど、ウォルフはこういうヤンチャな連中を扱う術を心得ているらしい。


「……わ、悪かったよリーダー」

「おい、テメェらもだぞ。ミャンリー、シャルル。誰か一人でもさっき聞いた仕組みやランクの基準を知ってるヤツがいたのかよ。え?」

「いや……」

「なぁ、そんな事も知らねぇバカだから俺らはいつまで経っても三流なんだろうが。でも、もう嫌なんだよ、そんなクソみてぇなチンピラでいて周りから見下されんのは。テメェらもそう思ってるから、Aランクの称号欲しさに俺んトコに集まって来たんだろうが。あ?」


 誰も、応えることができなかった。


「俺はここで気合入れるしかねぇんだよ。成り上がるきっかけをくれるって言ってくれたから、ジノさんを信用してんだよ。するしかねぇんだよ!」


 握りつぶすような強さの手を開いて、落とすように離す。


「どうしてもやれねぇってんなら、とっとと出てって一生三流のまま死ね。これは、だからテメェらで勝手に決めろ」


 幾ばくかの沈黙の後、小さく「ごめん」という言葉が聞こえてきた。タバコはあまりの不意打ちで思わず手を出してしまったが、不信感を買ったり評判が悪くなるようなマネをしたくなかったから身内で解決してくれたことはありがたかった。


 俺が顧客に思うのは、それだけだ。

 

「ここから先は、本格的なコンサルタントの話になります。辞めるのならば、今のうちですよ」


 しかし、誰も席を立たなかった。ハラは決まったらしい。


「それでは、契約書にサインをお願いします。時間はありますので、満足行くまで読み込んで頂いて結構です」


 そこには、彼らのAGを担保にデポート・マネジメントが責任を持ってAランクまでサポートするといった内容が記してある。もちろん、簡潔に簡単に丁寧に。当然だけど、俺たちは詐欺まがいのビジネスをするワケじゃないから、後のイザコザを回避する意味でも都合がいい。


「ジノさん、全員終わりました」

「ありがとうございます。それでは、一緒に頑張りましょう」


 確認して、彼らに握手を求める。しかし、反応してくれたのはウォルフだけだった。


「冒険者ギルドへ提出するメンバー表の写しはお持ちですか?」


 訊くと、ウォルフはメンバー表の写しを見せてくれた。パーティ名はステイ・チューン乞うご期待か。洒落てていいんじゃないだろうか。


「契約したんだから、早いところミャンたちをAランクにして欲しいにゃ」

「ガンガン強力なモンスターを討伐して、冒険者連中に見せつけてやりてぇ」


 シャルルは口を開かず、資料を読んでいる。ウォルフの言葉が一番刺さったのは無口な彼女であるらしい。実は熱血なのだろうか。


「それでは説明しますが、先に言っておきます。同じ冒険者に慕われたって一銭の得にもなりません。今はその感情を切り捨ててください」


 強く言って、注目を集める。


「……は?だって」

「覚えておいて下さい。他の冒険者たちも、あなたたちと同じく上を目指してクエストを取り合ってるんです。むしろ、無暗に注目を集めてやり方を真似られてしまうと、それだけステイ・チューンの昇格が遠のきます。ですから、まずあなた方がアピールするのは同業者ではなく元請けなんですよ」

「……でも、元請けから直接冒険者に仕事を依頼するのは協定で禁止されてるって書いてある」

「はい、その通りです。しっかり読んでくれているみたいですね」


 褒められなれてないのか、シャルルは目線を逸して誤魔化すような仕草を見せた。


「最近ではあまり使われていませんが、実は元請けがオプション料金を支払い、冒険者を指名する事が出来る制度があります。この制度こそ、あなた方がAランクへ駆け上がる大きな役割を担っているんです」

「……どゆことにゃ?」

「つまり、元請けと良い関係を築き、指名制度を利用してくれるようなリピーターになってもらうんです。そして、その中でも狙うのは貴族や政治家ではなく、商人やシンクタンクの職員です」


 シンクタンクとは、魔法技術や経済について調査・研究を行う研究機関の事だ。


「どうやって?」


 疑問が湧いてきたようだ。興味を引き込むならここだろう。なるべく注目を集められるよう一呼吸置いて、わざとらしくコーヒーを飲む。甘くて、脳みそに栄養が行き渡った。


「簡単です。職員と直接関わりを持つ事ができる護衛クエストや調査クエストを多く受けて、彼らにあなた方の存在をアピールするんです。指名されればAGへの評価も大きくされますし、何より報酬がとてもいいです。それだけ、質も求められますがね」

「だから前衛職が二人、ですか」

「そうです、あなたたちは戦闘を目的として集められたワケではありません。言わば標的の護衛チームです。これであれば、馬車に大量のアイテムを積んでクエストに臨めますから、回復職のメンバーも必要ありません。他人に命の手綱を預けなくても済むんですよ」


 意識が途切れないよう、更に言葉を続ける。


「そして、晴れてAランクのキャリアを手に入れた時、各々が勇者となりパーティを組んで好きなクエストを受ければよいでしょう。その時には、今と違いあなた方を慕う冒険者も増えています。今のあなた方が、上を見ているようにね」


 これが計画の全貌だ。この案件は、1つのパーティを押し上げるのではなく、4人の中からAランク資格を持つ勇者を2人以上育成する計画だったのだ。もちろん、そんな直接的な言葉は使わないがな。物は言いようだ。


「どうでしょうか。リーダーの素質が備わっている方を集めさせて頂いたつもりなのですが」

「俺たちが……?」

「そうです。ドルさん、ミャンリーさん、シャルルさん。これは俺個人の考えですが、将来はあなた方にも勇者になってもらいたいと思っています。もちろん、そのままウォルフさんの元で働くのもいい選択だと思いますけどね」


 聞いて、明らかに彼らの目の色が変わった。具体的な目標と方法を知ったことで、漠然としていた働き方に予測が立てられるようになったのだろう。


 大詰めだ。


「しかし、今のままではあなた方は少し個性的過ぎます。悪い事だとは思いませんが、それでは顧客の好みに合う可能性も低くなってしまいます。そこで、元請けにリピーターになってもらうためのテクニックを身に着けてほしいのです」

「へぇ、面白そうじゃん。どんなことだ?」


 そして、俺は初めて営業スマイルを崩して白い歯を見せた。


「それでは、僭越ながらご教授させて頂きますね」

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