第10話 禁煙ですよ

 × × ×


 あっという間に一週間後。


「おはようございます……うおっ!?エチュさん、何すかそのカッコ!?」


 カフタが驚いたのも無理はない。暑くなってきたからか知らないが、エチュは水着のような衣服に似非フォーマルな形をしたよく分からん、透けている素材で脇や腰回りを繋いだチェニックを羽織って出社して来たからだ。目のやり場に困る。


「アイスエルフは暑いのが苦手なの。どうかな?」

「最高っす!」


 まぁ、別に衣服の指定はないし好きにやってくれって感じだ。因みに、俺は一般的なワークパンツとボタン付きのフォーマルなシャツで、カフタはカジュアルなスラックスと明るいシャツに細いスカーフを巻いている。お洒落なヤツだ。


「……ふぅ」


 軽い仕事の後で一息ついてマグカップを持つ。中には濃く入れたコーヒーに、ハニーシロップと大量のシュガーを煮詰めた液体をたっぷり。ドロドロになるまでかき混ぜてゆっくりと飲みながら新聞を読むのが、俺の朝のルーティンだ。元々頭が悪く回転も遅い俺はこれを飲まないとまったく考えられなくなってしまうから、どれだけ忙しくても必ず30分は朝にこういう時間を作っている。栄養は大切だ。


「あっまいですねぇ」


 私物で溢れかえった自分のデスクに座ったカフタが、カップに口を付けてボソッと呟いた。毎日同じことを言うが、それでも飲み続けるのは俺と同じように効果を実感しているからなのだろう。


「しかし、お前らこんなに早く来なくていいんだぞ」


 時刻は8時だ。


「好きでやってるので、気にしないでください」

「僕もっす」


 そういう事らしい。これだけで、宣言した覚悟の強さが垣間見える。毎朝こんな調子だからな。


 さて、今日はウォルフのパーティがここにやってくる日だ。10時には到着する予定だから、色々と準備をしておかなければ。


「とはいっても、既に済んでるじゃないですか」


 エチュがファイルを俺のデスクに置く。


「資料だって出来てますし、目的のクエストが未受領なのも確認済みです。実力確認のモンスター討伐だって問題なかったんですよね?」

「甘いな、エチュ。冒険者連中が俺たちが提示したモノを受け入れて、はいそうですか、と思い通りに動いてくれるワケないだろう。それなら、この界隈はとっくに善くなってるさ」

「確かに」

「だから、彼らにはクエストの背景やキツめのマナーの講義を受けてもらう。その為の準備だ」


 言った時、新聞にふと気になる記事が載っていた。ホワイトウッドから少し離れた高原に龍脈(魔力燃料の源泉)が見つかったようだ。これは、近いうちに割高のクエストが発注されるかもしれないな。


「でも、普段はやってないだけでそれくらいは流石に分かってるんじゃないですか?」

「自分の常識が他人の常識だと思い込むのは危ないぞ。実際、冒険者ギルドに来た冒険者の所作や言葉遣いでイラっと来た事もあるだろ?」

「……あります」

「そういう小さな不和からしっかり潰していくんだよ、下らないことで躓きたくないからな。まぁ、そう焦りなさんな」


 言うと、エチュは俺の顔を見て目を逸らして、レースのチェニックを「チラ」と言いながら捲って太ももを披露した。多分、返す言葉が浮かばなかったんだろう。そういう時に素直じゃないのが、エチュのかわいさだと俺は思っている。


「まぁ、仕方ないんだよ。目を向けたくもない最悪のリスクと向き合い続けて、綿密な計画の元に一つずつ失敗の可能性潰しながらやらないと、終わった時に後悔するからな。それに、ウォルフはウチの広告塔なんだ。どうせなら、ホワイトウッドの冒険者で一番礼儀正しいパーティになってもらおうぜ」

「確かに、当たり前ですけど顔がいい方が印象もいいですからね」

「そういうことだ」


 と言うことで、今日のプログラムの最終調整を終わらせてカフタを見送ってから30分。約束よりもだいぶ遅くウォルフたちはやってきた。


「おはようございます、お待ちしてましたよ」

「いや、ほんとすいません、です。その、こいつらが言うこと聞かなくて」


 言われ、後ろをダラダラと歩く3人を見る。前衛職タンクの厳つい男オーガのドルと女キャトノイド(猫人族)のミャンリー、そして支援職サポーターの女ダークエルフのシャルル。しかし、一度顔を合わせているがシカトされてしまった。相変わらず無愛想な子たちだ。


「あの、ジノさん」


 案内したソファに座るより早く、ウォルフは俺のところへコソコソとやってきた。


「俺が言うのもなん、ですけど。ホントにこいつらで大丈夫なん、ですか?確かに実力はありますが、パーティに受け入れて貰えない問題児ばっかり、ですよ」

「安心してください、大丈夫ですよ」


 この時点でまず一つ、『ウォルフに責任感を持たせる』という目的を達成している。実際に彼らを連れてきてくれたからだ。こうして扱いづらい仲間を作れば、自ずとそれを管理する能力を発揮することになるのは当然のこと。


 勇者に必要な資格その一、リーダーシップの獲得は、既に始まっているのだ。


 さらに言えば、ウォルフは今自分の仲間のために俺に謝罪をした。勝手に仲間を追放していたあの時に比べれば、とんでもない進歩だ。


「つーか、なんでミャンたちは連れてこられたにゃ?」

「コンサルなんてワケ分かんねえビジネスに頼ってどうすんだよって話だよな。そーゆーのが嫌だから俺は冒険者になったっつーのによ」

「……ダルい」


 聞いて、ウォルフは小さく頭を下げた。


「気にしないでください。さて、改めましてジノ・ヒューストンです。余計なお喋りもつまらないでしょうから、早速クエストとパーティランクの仕組みからお話していきましょう」


 ということで、俺は彼らにクエストがどこから発注されて、どういう風に報酬の額が決められているのか。どのような基準で受注する為のランク付けがされているのか。そして、パーティランクはどうすれば上がるのかをエチュが作ってくれた資料を使って説明した。


「つまり、貴族や商人なんかの元請けが冒険者ギルドに依頼をしていて、報酬はマージンと運営費用を抜いた金額が俺たちに支払われてるってこと、ですね。クエストのランクは、命の危険度と目的の重要度が大きく関わっていると」

「その通りです」


 答えると、3人は口々に文句を言い始めた。


「ランクは、実力よりも実績の数かにゃ。ミャンは、人に分かってもらおうとするのってかっこ悪くて嫌にゃ。やりたくない仕事も多いしにゃ」

「それに、パーティランクを上げるのに効率がいいのが金稼ぎってホントにダルいしダサいわ。他になんか無いの?」

「つーか、マージンとか運営費用をなんで俺らから取ってんだよ。冒険者ギルドってマジでふざけた会社だわ。おっさんの言うことも都合のいい嘘に聞こえるしよ」

「おい!」


 ウォルフが立ち上がって怒鳴る。


「だってよ、リーダー。こいつ、俺らの報酬から中抜して儲けようとしてるって事だろ?現場で命張ってる俺らがこいつから金もらうってんなら分かるけどよ、その逆は普通に意味わかんねぇだろ」

「俺らじゃもうどうしようもねぇからジノさんに助けてもらってんんだろ!?」

「なっさけねぇな。一応言っとくけど、俺らは頼まれたからお前の仲間になってやってんだぞ。気に食わなかったら抜けっからな」

「お前らだってAランクに上がりてぇし金を稼ぎてぇって言ってただろうが!それにジノさんは……」

「そういう熱いの、ウザいにゃ」

「ダル……。帰っていい?」


 ブチギレそうなのを堪えて、ウォルフはソファに座る。集中して俺の話を聞いていたからか、エチュが出した紅茶に彼だけは口をつけていなかった。しかし、とんでもなくクセの強い子たちだな。


「つーか、こいつは何者なんだ?リーダーはすげぇヤツだって言ってるけど、ニヤケっ面の普通のおっさんじゃねぇか。歩き方もおかしいしよ」


 言いながら、ドルは懐からタバコを取り出すと火を付けた。


「ドルさん、ここは禁煙です。吸うなら外で」

「うるせぇな、タバコくらい……」

「禁煙ですよ」


 ひったくり、火を握り潰す。すると、彼は少し驚いてから立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んだ。

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