第9話 16歳よ!

 × × ×


 一ヶ月後。カフタとエチュが入社したと同時に、酒場のオープンとウォルフのパーティのメンバーが決まった。出来るだけウォルフの強みを生かせるように、前衛職タンクを2人と支援職サポーターを1人。何故パーティが4人なのかと言えば、それ以上の数で組むと充分に報酬が行き渡らないからだ。俺たちへの支払いもあるしな。


「かなりアンバランスなパーティですね。増やすなら攻撃職アタッカーな気がしますし、回復職ヒーラーもいません」


 資料を眺めながらエチュが呟く。彼女には、ウォルフのパーティに関わるファイルを作成して貰っているところだ。


「俺たちの目的は強力なパーティを組む事じゃなくて、彼らをAランクまで押し上げる事だからな。それを踏まえれば、これが一番効率がいいのさ。来週、ウォルフたちがここに来たら改めて説明するよ」

「分かりました」


 言いながら庶務をこなしていると、カフタが外回りから帰って来た。表情は割と明るい。


「どうだった?」

「検討が3人、改めて詳しい話を聞きたいと言ってくれたのが1人です。いずれもDランクパーティの勇者ですよ」

「いい感じだな、そのまま行けそうか?」

「行けます、まぁ任せてくださいよ」


 頼もしい限りだ。


 カフタには、ウォルフの案件が成功した際にウチに加入してくれる勇者を探すように根回しを頼んでいる。因みに、検討とは『あまり反応は良くないが、完全に否定する気はない客』の事だ。これも、営業マンなら常識だな。今は1人でも感触が良ければ、それだけで充分だ。


「そういえば、下の店はもう完成したみたいですね」

「ついさっきだよ、いい雰囲気だろ」


 シックで明かりの少ない、オーソドックスなスタイルのショットバー。コンセプトは、居心地の良さだ。

 既に水道と魔力菅(炎を燃やす魔力燃料を通すパイプ)を通して水と火を使えるように改造し、バックバーには何本かの酒を並べてある。まぁ、俺たちの疲れを癒す意味でも静かな方がいいだろう。


 店の名前はチケット・トゥライド。乗車券をもじった造語だ。命名はマスターで、高ランクパーティへの特急チケットの意味を込めたのだという。


「マスターはどんな人なんですか?」

「冒険者時代の知り合いだ。そろそろ来るはずなんだが」

「もう来てるわよ!」


 声は、カフタの頭の上から聞こえて来た。


「あぁ、そこにいたか。久しぶりだな、カンパネラ」

「他に言う事があるでしょ?このバカ!」


 そう言うと、羽ばたいて俺の目の前に停止し、腰に手を当てて怒り出した。


「あんた、いくらバッド・カンパニーが傭兵集団だからって、やめますの一言で勝手にどっか行ってんじゃないわよ!あたしがどんだけ心配してたと思ってんの!?もう死んじゃってると思ってたんだから!」

「悪い」

「悪い、じゃないわよ!おまけに急に連絡くれたと思ったら店のマスターをやれなんて、あたしの事なんだと思ってんのよ!」

「でも、あそこはそういう場所だし、お前はちゃんとここに来てくれてるじゃねぇか」

「う……。と、とにかく!許してないからね!?」


 そう言って、カンパネラは俺の顔面に正拳突きをお見舞いした。もちろん、なんのダメージもない。


「ジノさん、彼女は?」

「あぁ、紹介するよ。カンパネラ・ポズナン。バッド・カンパニーで仲間だったピクシーだ」


 ピクシーとは、森の妖精とも呼ばれている体の小さな羽の生えた種族だ。カンパネラもその例に漏れず、身長は12~13センチ程度の小さな体躯に透明の羽を生やしている。髪はピンク色の波打ったロングヘアで目はまん丸、キツイ口調とは対照的な甘ったるい声と幼げな顔。服装は、何故かヘソを出した露出の高いワンピース。客商売用に選んできてくれたのかもしれない。


 冒険者時代の役割は支援職サポーターで、得意な魔法は対象を操る催眠系だ。当時のAGは3億9000万ゴールド。

 はっきり言って、相当強い。俺みたいに何のクエストにでも首を突っ込んでいたワケでもないのにこの金額だし、何よりも彼女が居ると居ないとで戦闘の楽さが段違いだったからな。


「歳は……」

「16歳よ!」

「お前、まだそれ言ってんのかよ。俺が15の時からずっとじゃねぇか」


 すると、カンパネラはピッと俺に指を向けた。


「でも16歳だから。未来永劫、あたしはずっと16歳だから」

「……まぁ、こういうヤツだ。よろしくしてくれ」


 言って、しばらくは治まらない怒りの言葉を聞いていたのだが、やがて疲れたのかカンパネラはため息を吐くと俺の肩に座って足を組み頬杖をついた。ホント、何も変わってないな。


「エチュ・トロントです。よろしくお願いします、カンパネラさん」

「ちょっと、あたしの方が年下なんだから敬語はやめてよ」

「カフタっす。よろしくお願いします、カンパネラさん!」

「ちょっと!?」


 そりゃそうだろ、と心の中で思うだけに留めた。下手に口を挟めば、また俺が怒られるからな。


 普段はこうだが、意外にもカンパネラは面倒見の良さがバツグンだ。俺もそうだったが、若い頃に色々と相談に乗ってもらった。俺の知る限り、本当の意味で誰からも好かれるヤツってのはカンパネラを置いて他に知らない。だから、彼女に来てもらったのだ。二人の面倒も含めて、安心して任せられるからな。


「けど、ピクシーがどうやってお酒を提供するんですか?グラスも持てないじゃないですか」


 エチュが人差し指でカンパネラの頭を撫でながら訊く。どこか不機嫌な表情だ。


「人形を操るのよ。100体くらいまでなら自由に出来るわ」


 そして、「やめてよ」と言いながら俺の頭の上に逃げた。そんなにたくさん要らないけどな。


「まぁ、いざとなれば大きくなることも出来るしね。魔力もカロリーもたくさん使うからやらないけど」

「それ凄いっすね、見せてくださいよ」

「いいわよ、その時が来たらね」


 ピクシーは、その小さな体に似合わない凶悪な戦闘力を秘めている。大自然の魔力がそのまま具現化したような種族だから当然と言えば当然なのだが、知らなければ確実に見た目で騙されるだろうな。

 しかし、大多数はひっそりと暮らしているから実態を知る者は意外と少ない。彼女のように俗世に染まっている妖精はかなり珍しいのだ。だからこそこうして働いてくれるから、俺としてはありがたいけど。


 閑話休題。


「あの、カンパネラさん。一ついいっすか?」

「なに?」

「バッド・カンパニーって何なんですか?」


 すると、カンパネラは俺の頭をポカッと叩いた。説明しなくて悪かったって。


「バッド・カンパニーは勇者の居ない、正確には勇者が冒険者の集まりよ。その時に冒険者ギルドで募集されてる一番報酬のいいクエストを攻略するために、あたしとジノを含めた10人のSランクパーティ所属資格を持った冒険者で毎回最適なメンバーを切り替えてたの。だから、傭兵ってワケね」

「なるほど」

「そんな感じで高額クエストを受けてるうちに、周りが勝手にバッド・カンパニー悪い仲間って呼び始めたのよ。不名誉な称号だし、あたしはあまり好きじゃないわ」


 荒らし回っていた、と言ったほうが正しいしな。


「だから、ジノさんも話したくなかったっすね」

「でも、自分の仲間にちゃんと説明しないのはダメよ。ジノ、謝りなさい。あたしにはオーガだからなんて言い訳は通用しないからね」

「二人とも、悪かったな」


 多分だけど、カンパネラは優に100歳を超えてる。だからだろうか、彼女の言葉には意味のない妙な説得力があって、ついつい従ってしまうのだ。


「でも、それならジノさんが勝手にどっか行ってもなにも悪くないんじゃないですか?傭兵なんですよね?」


 エチュが火種を撒いたから、会話を遮って提案する。こういうのは男が悪者の方が都合がいいんだよ。それに、説明もなしに消えた事は本当に申し訳なかったと思ってるし。呼び出して駆けつけてくれた事に、頭は上がらないし。


 そのうち、恩を返さないとな。


「よっし、それじゃ下に行こうか。開店祝いだ」

「まさか奢りっすか!?」


 カフタもよく分かっている。ノリの良さがいつもよりいい。


「当然だ。エチュ、ふてくされてないでお前もおいで」


 そして、俺たちはカンパネラの操り人形パペット、シンデレラの作った食事と酒を楽しんで交流を深めたのだった。気がつけば、3人はいつの間にか仲よさげだ。心配はしていなかったとは言え、早く打ち解けられてよかったよ。


「これ美味しいです、えへ」


 俺のプライベートストックの高級酒がエチュに飲み干されたのは、少し残念だったけどな。カッコつけて飾らなきゃよかった。

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