第8話 ホントに新時代の魔王ですね
「話を飛躍させるんじゃないよ。
「でも、ジノさんが居なかったら私は自分を抑えられる気がしません。死ぬしかないです」
その時、カフタがクシュンとくしゃみをした。気が付くと、今は春も真っただ中だというのに部屋の天井に青い霜が立っている。それを見たカフタは俺の横に近づき、震えて腕を抱えながらこそこそと耳打ちをした。
「ジノさん、マズいっすよ。エチュさんが昔みたいになったら、冒険者ギルドどころかホワイトウッド全体が氷河期になっちゃいます」
「確かにヤバいが、どうしてそうなるんだ」
「……これだからオーガは恋愛に不向きだとか言われるんですよ」
「おい、種族批判はよくないぞ」
俺が純血なら、揉めてもおかしくないトコロだ。まぁ、いいけど。
数年前、エチュがスプリングエンドからやってきて間もない頃。彼女はとある女性社員に因縁を付けられて喧嘩になり、業務部のフロアごと氷漬けにしたことがある。その時に彼女を説得したのが俺だった。因みに、俺がストークされるようになったのはその翌日からだ。
しかし、価値観の合わない者同士で働くというのは本当に辛い事だ。緩く働きたい者、ガッツリ稼ぎたい者。どちらも悪くないが故に、絶対に分かり合えない。きっと、エチュにはキツい職場になるだろう。
だから、ここで一つ訊いてみる事にした。
「……お前たち、人間の価値ってなんだかわかるか?」
「唐突ですね」
「まぁ、簡単な就職面接みたいなモンだと思ってくれ」
すると、まずはエチュが答えた。部屋の中は、まだひんやりと冷たい。
「徳とか、業とか。そういうモノは、死んだあとの世界にも関わるって言われてますよね。私は、思いやりとか優しさくらい分かりやすくて具体的な方が好きですけど」
続いて、寒さに震えながらカフタが答える。
「魔法の才能とか、生まれた家柄なんかも結構生き方に直結しますよ。それで追放される冒険者もかなり多いですし、貴族ですら息子を才能で追い出したりしますしね。客観的に見ればそういうモノなんじゃないですか?」
しっかりとデータに基づいた答えだった。本当に、頭のいいヤツらだと思う。だが。
「俺にとっては、金だ」
「……え?」
二人の声が重なった。
「人間の価値は、どれだけ金を稼げるかで決まる。俺にとっては、それが真実だ」
「でも……」
「言いたい事は分かるよ、俺だってお前らを否定するつもりはない。ただ、ここは俺の会社だ。いずれ、必ずその考え方を押し付けられる事になる」
返事がなかったから、俺は部屋の窓を開けて風の通り道を作り二人の髪に乗っかった霜を払う。
「大変だぞ」
これだけは、ここで働く上で必ず理解しておいて欲しい事だった。大変。口で言うのは簡単だが、実際は生半可な事ではない。迂闊に首を突っ込んで途中で辞められなくなってしまえば、それこそこいつらが壊れてしまう。同じ方向を見られない人間を部下にするほど、俺は厳しくも優しくもない。
そういう人間を、何人も見て来た。あの、無法者の集まる勇者不在の傭兵集団。バッド・カンパニーで。
「ま、まぁ僕はお金稼ぎたいですし。それに、もうあそこで働きたくないんです」
「私は……」
一瞬だけ目を伏せて、再び上目になった。
「ここで働きたいです。私には、お金以上にここで働きたい理由がありますから」
「……そうか、わかった」
だったら、もう止める理由はない。自己責任だ。あと俺がしてやれるのは、二人が窮地に立たされないよう金を稼ぎ続けるだけ。あぁは言ったけど、やはり自分の部下が辛い目に合うのは悲しいからな。
「それじゃあ、ここで
いつの間にか、霜は失せている。観葉植物の葉の雫が、ポタリと落ちた。
「デポート・マネジメントを、全冒険者たちの憧れにするんだ」
聞いて、二人は首を傾げた。少し抽象的過ぎただろうか。
「ファッションで言うところの、一流ブランドみたいになるって事っすかね?」
「おぉ、それ分かりやすくていいな」
頭がよくて助かる。
「今日、ウォルフの働き方を見て思ったよ。このビジネスは、必ず金になる。あいつらは、迷える子羊だからな。そして、勇者たちが実績を積んで俺たちの知名度を作り上げた暁には、若者が冒険者になる為の学校を作ってやるんだ。正しいやり方を学んだ、エリート冒険者を輩出する学校を」
念を押すように、力強く言う。
「俺は本気だ」
そして、もう二度とセノのような子供が出てこないような制度を設けてやる。それが、若い頃から俺が誓っていた叶えるべき夢だ。
「卒業した冒険者が実績を上げれば、それを見た若者が学校に入学してお金が増える、という算段なワケですね」
「その通りだ。学費も、将来払わせる」
「……はは。慈善事業じゃないところが、ホントに新時代の魔王ですね」
乾いていても、呆れてはいない。その笑い声は、スケールを理解出来ていないと言った様子だ。
「どうだ、着いてこれるか?」
最後にもう一度だけ、二人に訊いた。
「当たり前っす、むしろ燃えてくるっすよ。そんだけデカい夢なら、なおさら僕の手が無いと無理ですしね」
「私も、決めました。というか、ジノさんが居ないとダメなので」
「オーライ。それじゃ、気合入れて行こうか。改めて、よろしく頼むぜ。カフタ、エチュ」
かくして、俺たちのデポート・マネジメントは走り出したのだった。目下の目標は、ウォルフをAランクパーティの勇者にしてやることだ。明日から、忙しくなるぞ。
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