第7話 金だけはきっちり貰っておけ

 × × ×


 打ち合わせを済ませて、俺たちは会社へ戻ってきた。建物の1階では、依頼していた工事が始まっている。近寄って挨拶をすると、ドワーフのモルデが無愛想に「おう」と返した。10年ほど前に知り合った腕のいい職人だ。2階のリフォームも、彼がやってくれた。


「これ、何の工事をしてるんですか?」

「酒場を作ってるんだ、本業が軌道に乗るまでの小銭稼ぎの為にな。それに、戦う現場のニュースをホットなうちに収集出来るかもしれない。マスターは、開店準備が整ったら来ることになってるよ」

「へぇ、マネジメント一本で食っていくわけじゃないんですね」

「他にもいくつか、昔の知り合いに声を掛けて事業を展開する予定だ。リスクヘッジは大切だからな。……というか、それ先に渡した資料に書いてあったぞ」

「……てへっ」


 叱るべきなんだろうけど、ホント憎めない性格をしている。


「ところで、どうしてジノさんは昔のことを教えてくれなかったんですか?僕、ジノさんがSランクパーティに所属してたなんて知りませんでしたよ」


 デスクにつくなり、カフタは不満そうに言った。エチュは、静かにコーヒーを置いて「なんですか?それ」と呟いた。


「別に隠してたワケじゃないんだがな。あんまり、思い出して気持ちのいいモノではないんだ」

「なら仕方ないですけど。でも、黙ってられるとこっちは寂しいんですよ」

「……あ、あぁ。すまなかった」


 怒られてしまった。


 冒険者時代、俺は自分の過去を場末で偉そうに語るおっさんが嫌いたった。あんなショボいヤツには絶対にならないと心に誓っていた。だからあまり昔の事は話さないようにしているんだが。どうやら、話さな過ぎるのも問題のようだ。


 今度からは、気をつけるとしよう。


「現役時代のジノさんのAGはいくらだったんですか?」

「たしか、一番高い時が5億ゴールドだったかな」


 当時の平均的なSランクパーティの冒険者の中でも、かなり高い方だったはずだ。恥ずかしながら、それですべてが決まるわけでもないのにイキリまくってたしな。


「すっご!そんな額見たことないっすよ!?なんでそれで営業マンやってたんですか!?」

「膝に矢を受けてしまってな」


 その戦いが、年を取ってバトルの才能が枯れたんだと自覚した瞬間だった。多分、今冒険者になったところで精々Bランクまで行くのが関の山だろうな。


 ……やっぱ嘘。ホントは多分Dランクくらいだ。


「だからちょっと変な歩き方してるっすね」

「まぁ、そんなところだ。痛みはないが、もう走れないんだよ」

「それで、現場仕事は他人に任せて自分は楽にビッグマネーを稼ごうとしてるワケですか」

「エチュ、人聞きの悪い言い方をするな」

「尊敬してるんです、資料の内容を私なりに翻訳したんですよ?褒めてください」


 そして提出されたのは、頼んでいたリストと事業計画書をリワークしたモノだった。


「新時代の魔王である元Sランク冒険者プレゼンツ、勇者の資格、取り戻しませんか?……何だこれは」


 酷すぎる。このドSってのも、偶然にしては出来過ぎだ。


「ふはは!エチュさん、これやばいっすね!僕でも無理って分かりますよ!」

「笑えないぞ。なぁ、これを読んだ冒険者がウチの客になると思うか?」

「もう、ちょっとしたギャグじゃないですか。スタートの緊張に舞い降りた、ユーモアの天使エチュちゃんです。好き?」


 そして、ちゃんとした客向けの計画書をパサリとデスクに置いた。流石、彼女にとっては暇つぶしにもならない仕事だったみたいだ。


「……おぉ、これなら好きだ。よくやってくれた」

「えへへ、褒められちゃった」


 相変わらず、見た目と全く違う喜び方をするヤツだ。


「デポート・マネジメントは、事務員だって成果主義だ。こうして快適な環境を追求してもいいし、なんなら俺が留守の間ここに来た勇者から契約を取っても給料大幅アップだぞ」


 因みに、2人には今日の分の給料を払う事になっている。インターンみたいなモンだ。


「別に、そんなにお金は要りませんよ」

「いや、ダメだ。金だけはきっちり貰っておけ」


 すると、エチュはあの日の夜と似たような、切なそうな表情をした。


「……ジノさんは、お金の話になると少し恐いです。出来れば、その表情は止めて欲しいです」

「……すまん」


 また怒られてしまった。どうやら、今日はそういう日であるらしい。


「しかし、それならこの会社に入るのは勧められないな。エチュ、お前は大人しく冒険者ギルドで働いておけ」

「……イヤです、じゃあ死にます」


 おいおい。

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