第6話 あはっ、全然いいっすよ!
「ウォルフさん。僭越ながら、あなたのデータを調べさせていただきました。現在のご自分の
「いや、Cランクに上がった時以来確認してない、です。あの時は確か、2000万だった、です」
「そうですか。では、こちらをお渡ししておきますね」
言って、俺は彼に彼自身のデータをまとめた書類を手渡した。やはり、他の勇者の例に漏れず自分の事をあまり理解していなかったようだ。
「……1400万。こんなに下がってた、んですね」
「2ケ月前の件が響いていると思われます。主に、管理能力の欠如を評価されてしまったんでしょうね」
「チクショウ」
冒険者の強さを示す1つの指標として、冒険者ギルドと提携している国際銀行から借りられる金額がある。実力に比例して増加していくことから、これを『アビュリティ・ゴールド(AG)』という。ゴールドは、この世界の標準的な通貨単位。金の価値を問われると答えに困るが、一般的な会社員の平均月給は20~40万ゴールドだ。
基本的には、勇者パーティ内で選抜した4人の合計AGが高いほど上級のパーティランクへ昇格しやすくなる。そして、自分のAGは冒険者ギルドでも簡単に調べられるのだ。もちろん、いくら個人で勝手に実績を積んでも、冒険者ギルドにそれ報告をしなければAG上がらない。成り上がりたければまずは証明、当たり前だ。
ところで、最近の冒険者はあまりこの金を借りない傾向にある。借りて最高の装備を早く揃えればそれだけ早く強くなれるが、もしも自分の価値が下がった時に返す事が出来なくなってしまうからだ。
しかし、命は張るけど生存率をあげるための借金はしないというのはとても不思議な話だと思う。俺の時代は、みんな借りまくってガンガン強くなって、ゴリゴリと稼いでいたからな。会社を作る貯金を持っていたのも、そんなバブルがひっそりとあったからってワケだ。
「使える魔法も攻撃に偏ってますね。タイマン性能が高い反面、特殊な敵や多数の敵と戦うことには不向きだと言えます。ソロで挑んだクエストでは、討伐目標に辿り着くのが難しかったんじゃないでしょうか」
「……その通り、です。何とかならない、ですか?」
「いえ、何とでもなります。今のはソロの話ですから、尖ったステータスはむしろ好条件ですよ。それだけ、メンバーでフォローしやすいですからね」
聞いて、ウォルフは小さく息を吐いた。
「それでは、ここからが本題ですが……」
少しだけタメを作って、俺はゆっくりと口を開く。
「単刀直入に言います。ウォルフさん、あなたには弊社のビジネスモデルとなって、Aランクまで最短最速で駆け上がって頂きたい」
それを聞いたウォルフは持っていたカップを揺らし、2滴だけ紅茶をテーブルへ溢した。
「……俺が、ですか?」
「そうです。カフタ君、説明を」
バトンタッチをして、これからのプランを伝えて貰う。内容を聞いて、少しずつウォルフの表情に色が戻っていくのが分かった。仕事だと割り切っていてもバックレられた遺恨があるだろうに、さすがカフタだ。
「……以上となります。何か、ご不明な点はございますか?」
言われて、ウォルフは少しだけ考える素振りを見せる。
「なぜSランクじゃない、ですか?俺には、そこまでの才能が無いという事ですかね」
再び、俺がバトンを受け取る。
「いいえ、そうではありません。はっきり言って、あれはなろうとするモノではなく気がついたらなっているモノです。成り上がるためには、受注できるクエストの質や量に左右され過ぎますからね。運です」
「そういうモノ、ですか?」
そういうモノだ。嘗て俺はSランクパーティに所属していたが、あの時代は魔王が生きていて、今よりもモンスターが活発に活動していたからな。必然、壊滅的な危機を救う機会も多かったのだ。
強いヤツが冒険者になる時代は終わり、今はなりたいヤツがなる時代だ。数が多ければ、それだけ食い扶持も分散されるのだから仕方ない。
……あぁ。だから、AGを借りてないのか。
「事実として、ここ10年間はSランクに昇格した新規の勇者パーティはいません。加えて言うならば、改めてそこを目指す頃にはきっと我々の力を必要としていませんよ」
言葉には、ウォルフならそこまで行けるという未来を暗示させるニュアンスを含んだ。何せ俺たちの初仕事だ。気合いだって死ぬほど入っている。ここで契約を取ることが出来れば、会社もウォルフも士気はうなぎの滝登りだろう。
何せ、勢いでしかやれないこともあるのだ。時にそれは、綿密な計画と戦略を凌駕する。それを俺はよく知っているし、その時が今だって事も経験則で知っている。
ここは、押しの一手だ。
「ウォルフさん。この2ヶ月で受けた屈辱をバネに、周りを見返してやりましょうよ」
カフタが言う。
「信じてますよ」
更にもう一押し。瞬間、その目に炎が灯ったのがわかった。
「……あのジノ・ヒューストンが、ですか?」
「そうです。このジノ・ヒューストンが、です」
ちょっと照れくさい激励だが、こういうタイプはポジティブなプレッシャーをかけるほどパフォーマンスが向上するタイプだ。俺がそうだったからよく分かる。
「……わかり、ました。わかりました!そう、ですよね!もう俺にも後がねぇ、ですから!俺、死ぬ気でやります!やってやりますよ!」
かくして、俺たちは提携を結んで二人三脚でAランクパーティを目指す事となった。無事に契約を貰えて本当によかった。
その後は来る本番のために結束を高めるべく、歓談を続けていたのだが。
「……二人は冒険者ギルドで働いてた、んですか?」
「はい、辞めたてホヤホヤですよ!」
パンでも売るような文句でカフタが答える。お前はまだ辞めてないぞ。
「そう、ですか。あの、ここで言ってもどうしようもないんだろうけど」
「……?」
「ゴブリンロードの討伐、受けられなくてすいませんでした」
そして、カフタは笑った。
「……あはっ、全然いいっすよ!気にしないでください!というか、もう気にしてないっす!」
きっと事情を説明したって、ウォルフはなぜカフタがこんなに嬉しそうに答えたのか分からないだろう。でも、その一言でカフタがどれだけ救われるか。きっと、こればっかりは営業をしているヤツにしか分からないだろうな。
たった一言、それだけでいいんだよ。俺たちのやりがいなんて。その他の部分は、すべて金が補ってくれるからな。
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