第5話 デポート・マネジメント

 × × ×


「すっげぇ、デスクも椅子もピカピカだ」

「高そうですね」

「どれも店で見て一目惚れしたんだ。かっこいいだろ」


 予算から足が出て身銭を切る事になったが、全然後悔はしていない。駆け出しの冒険者だって、いい装備で上級者の真似をするだろ?それと同じことだよ。


 現在は、冒険者ギルドを退職して2週間後。束の間の休息を満喫して、俺たちは新しいオフィスへと出勤していた。二階建ての二階にあるワンルームで、部屋の広さは15畳程度。柔らかい茶色の木製デスクが4つと、簡単な観葉植物を幾つか。パーテーションで区切ってソファセットを置いた簡易的な応接間。それだけの質素な場所だ。だから家具だけは高級品を、な。


 会社名は、『デポート追放・マネジメント』。意味は追放の管理。なんの捻りもない、単純な名前だ。


「立地もメインストリートの近くでいいですね、通勤しやすいです」

「だろ?」


 ここは元々住居として貸し出されていたのだが、人生の覚悟を決める為に思い切って建物ごと買い取る事にした。そこそこ古い建物だったから、外内装のリフォームを全て合わせ相場より少し安い4000万ゴールド。ちなみに、俺の借金も4000万ゴールドだ。


 貯金はすべて、会社の資金と先行投資に突っ込んでいる。こういうのは、本当にスタートダッシュが肝心だ。実際、アイデア勝負はここで半分以上勝負が決まる。デカい資本を持ってるヤツに目をつけられて、世に広がる前に盗まれたら話にならない。どれだけ早く一山当てて、企業ブランドを確かなモノに出来るかが成功のカギだ。


 ちなみに、しばらくの住居はここでベッドはそのソファ。そのうち、趣味のボトルシップをたくさん並べてやろう。


 ……勘違いするなよ。人生賭けてドラマティックな気分に浸って、だから成功するだなんてそんなバカげた事は考えちゃいないからな。その為の計画と先行投資だ。


「さて」


 言って、カフタに目を向けた。


「早速だが、アポを取っている勇者に会いに行く。カフタ、着いてくるか?」

「もちろんっす」

「なら、少し手伝ってもらおうか。資料を読んでおいてくれ。エチュ、まだ社員でもないのに悪いが、留守番とこの書類の整理を頼めるか?」

「いいですよ」


 紙の束を渡す。


「目星を付けている勇者とクエストのリストだ。粗削りだから、見やすくしておいてくれ」

「分かりました」


 という事で、俺はカフタと共に集合場所であるカフェへ向かった。


「ちゃんと来てくれますかね」

「どうだろうな。まぁ、バックレられても仕方ないし気楽に行こうか」

「……僕は、彼をあまり信用していませんけどね」

「そうだろうけどよ。まぁ、もう一回くらい信じてみようぜ」


 そんな調子で待つ事40分。少し諦めかけた頃に、その勇者は俺たちのところへと来てくれた。ラッキーだ。


「お待ちしてましたよ、ウォルフさん」

「あ、あぁ。すまん……です。その、少し迷った……しまって」


 ウォルフ・ベガス。先日、自分のパーティの回復術師にクビを言い渡し、パーティランクがCからDへと降格してしまった憐れな勇者だ。

 年齢は24で種族はヒューマン。真っ赤な髪とチンピラ風の顔立ちに、細身ながら高い身長を持っている。現在、彼のパーティに在籍している冒険者はいない。どうやら、魔法使いの女冒険者はメレンを追いかけて抜けてしまい、他のメンバーもその後を追うように雲隠れしてしまったようだ。


「どうか、普段通りの口調でお話しください」

「い、いえ。だって、あんた……あなたは、魔法を持たず己の身だけでSランクにまで上り詰めた、あの『バッド・カンパニー』のジノ・ヒューストンだから」


 バッド・カンパニー。随分と懐かしい名前だな。


「あなたは、俺が冒険者を目指すきっかけになった男……なんです。だから、ここに来たっつーか。その、あんま舐めたマネできないっつーか。そんな感じ、です」


 もう15年も前の事だし、活動していたのはこの町でもないし。そもそも俺は勇者ではなかったから、評判はとっくに風化してるモンだと思ってたよ。これは、予想よりも上手く交渉が進むかもしれないな。


「光栄です。あぁ、コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」

「じゃあ、紅茶で」

「分かりました、カフタ君」


 そして、カフタは店員に注文を付けた。ファーストネームで呼ぶのが、この世界の一般的な礼儀だ。


 紅茶が届いてから、俺たちはいくつかの世間話を交わした。それで分かったのは、ウォルフは現在パーティのメンバーを探しているがその進捗が芳しくないということ。理由としては、未だに自分の現状を認められず、あまり実力のない冒険者を仲間にする事に抵抗があるから。


 これが、落ちぶれた勇者が再び這いあがれない大きな理由の一つだ。彼らは元居たランクで周囲を測り、それに見合わない冒険者を仲間にしたがらない。


「もう、自分でもどうしたらいいのか分からなくて……」


 おまけに、再会した回復術師メレンとそのパーティにボコボコにされたらしい。俺がウォルフを見つけたのは、失意の中で飲んだくれている、深夜の酒場の中での事だった。あの落ち込みようは、どうやそういう理由だったようだ。


 ……果たして、そんな彼に俺が今からやろうとしていることは、救いの手を差し伸べる事なんだろうか。間に金が入ると、手放しでそうだとは言い切れないな。貰うモンは、ガッツリ貰って行くし。


 ただ、ウォルフは今の自分を変えたいと言った。だから、俺は彼を選んだんだ。

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