第4話 出来れば、円満に退職したいと思っています

 × × ×


 1ヶ月後、拠点となるテナントやウチに加入してくれる勇者のあてなど、ある程度の下準備を終えて会社の方針が定まった。あとは、営業マンの確保だ。


「それ、めっちゃ楽しそうっすね。僕、絶対やりたいっす」


 と言うことで早速スカウトを始めたのだが、最初に話を持ちかけたカフタが二つ返事で了承してしまった。おいおい。


「ちょっと待て。ひょっとすると、お前の人生を決定付けるかもしれない重要な選択なんだぞ?持ちかけた俺が言うのも変な話だが、もう少しよく考えてから答えてもいいんだ。俺はちゃんと待つから」


 エチュもそうだった。新しく会社を作ると伝えたらあっさりと冒険者ギルドの退職を表明したのだ。いくらなんでも、そこまで生き急ぐ必要はないだろう。


「いえ、やりたいです。だって、ジノさんは僕の力が必要なんですよね?」

「それは間違いないが」


 実際、カフタの才能は素晴らしい。まだ若く成績はそこまで伸びていないが、明るい性格と思い切りの良さに加え、ここ一番を射止める胆力も持ち合わせている。ウォルフたちが受けていたクエストを見てわかる通り、ツメは甘いが物を売買するセンスが抜群なのだ。周りを超えていくのも時間の問題だと思っている。あと、個人的に彼の人柄が好きだな。諦めも悪いし。


「だったら、一緒にやらせてくださいよ。僕もジノさんと同じで、何かきっかけさえあれば辞めるつもりだったんです。それに、ジノさんがアクションを起こして失敗したことなんてないじゃないですか」


 今までがそうだったからと言ってこれからもそうとは限らない。思っていても、口にすることはしなかった。これだけ真剣な顔をされたら、今更俺が芋を引くワケにいかないから。


「……せめて、明日の夜までは考えな」

「意味ないっすけどね」


 そして、約束の夜。


「やります!」


 カフタの意思は、未だに目の輝きを失わないくらい固かった。


「わかった。それじゃあ、俺は2ヶ月後に退職するから、一度会社を見に来い」

「うへへ、やったぁ。あ、ちなみに給料はどうなんですか?」


 完全に辞める気でいるらしい。俺としては、ありがたいけどな。


「お前次第ではあるが、友達とは申し訳なくて金の話が出来なくなるくらい稼げるようにしてやる」

「ほら!やっぱりそういう目処めどが立ってるんじゃないですか!あとで色々教えて下さいよね〜」


 そんな訳で、仮のスタートメンバーはカフタとエチュに決まった。もしかすると、あの日に俺たちで酒を飲みに行ったのは運命だったんだったのかもしれない。2人は冒険者ギルドにとってかけがえのない社員だが、まぁこれも仲良くやってる俺の特権だ。悪く思わないでくれ。


 しかし、こうして仲間を集めていると冒険者時代を思い出して少しだけ若返った気分になるな。この気分のまま、部長に退職願を提出しに行こうか。


「いや、ダメだ。お前の退職は認められない」


 そう言って、エルフのハンチス総務部長は退職願を裏返してデスクの上に置いた。


「流石にその権利はないのでは?」

「でもダメだ。ジノ、お前が抜けたら営業部はどうなる?何もお前まで冒険者の追放ブームに乗る必要はないだろう」

「そういう理由ではないですがね」


 クビになってるワケじゃないし。


「なぁ、頼むよジノ。どうせお前の事だから、既にメンバーの確保や事業の見通しも立っているのは分かる。けど、それでもお前の事は引き留めなきゃならない。このままじゃ、ホワイトウッド支部は本当に潰れてしまう。本部からの期待が大きいのも、お前の存在がある事を否定できないんだ」


 ホワイトウッド支部は、オリーバーという巨大な国の王都にある本部に次ぐ規模を誇る。


「この前も追放ブームの波にのまれて管理職が一人辞めたばかりだ。そのしわ寄せがお前のところに来ているのは分かるが、もう少し辛抱してくれないか?」


 ……なるほど、確かにこうやって自分より上の人間に縋られるのは気持ちがいいな。もちろん、俺は長引かして楽しむほど悪趣味ではないが。


「部長、違いますよ。俺はその根本を叩く為に会社を辞めるんです。ここで受動的に業務をこなしていても、状況は何も変わりませんから」


 半分は本音だ。


「しかしだな」

「約束しますよ、必ず冒険者ギルドにとって利益が生まれると」


 食い気味に言うと、部長はため息を吐いた。


「……心配だよ、私は」

「俺は大丈夫です」

「違う、お前はどうせなんとかするんだからいいんだよ」


 心配してくださいよ。


「それなら、俺の後任はレッチルに任せようと思っています。前々から俺のポストを狙っていましたし、あのハングリーさと頭のキレは武器になりますよ」

「しかしなぁ……」


 やはり、こういう時に種族による考え方や価値観が大きく出てしまうんだな。エルフは長命で歴史を尊ぶ傾向にあるから、今あるモノを引き留めようとするのだろう。俺のやり方とは真逆だ。因みに、レッチルはダークエルフ。この会社は、エルフとヒューマンがかなりの割合を占めている。


「出来れば、円満に退職したいと思っています」


 言って見つめると、彼は座ったまま上目で俺を見返した。しかし、雰囲気に耐えられなくなったのか、ようやく諦めがついたのか、再び大きなため息を吐いて横に首を振った。


「わかったよ、私が諦める。なんとか、冒険者界隈をくしてくれ」

「ありがとうございます。部長、今まで世話になりました」


 かくして、俺は退職を確定させると2ヶ月の間を冒険者ギルドでやるべき事に費やしたのだった。ところで、その間に起きた勇者パーティの追放イベントは5件だったんだが。


 いくら何でも、追放し過ぎだろ。

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